表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/212

森の戦士

今日二話目です。

「まるでこちらの話を盗み聞きしていたようなタイミングだな。先ほどの冒険者たちに対する矢の数とその腕前と言い、向こうの人数と技術はこちらが想定しているよりもずっと高いのかもしれないな」


  ウッズは向こうの見事すぎる奇襲に半ば感心していた。


「今はそんなことを言っている場ではありませんよ!早くこの事態を治めないと。ここではあなたがリーダーなのですから、ちゃんと中心になってやってもらわないと困ります!!」


  ケインに注意されたウッズは、気を取り直して冒険者たちに指示を与えていく。

  冒険者側は完全に向こうに先手を取られたため戦力は減らされたが、それでも何とか冒険者たちをまとめて立て直すことができた。


「こちらが立て直したと見るや今度は攻撃をやめて気づかれないようにいろいろと動いているな。まったく、敵はどれだけ訓練されている部隊なんだ?」


  矢による攻撃がやんだと思ったら、今度は森の中で何やら準備をしているようである。しかもその動きもこちらに読まれにくくしていて、森で何かしてると感じとれるのは『フォレストレンジャー』の面々くらいで、後の冒険者たちは敵が何もしてこないので逆に不安になっている状態である。


「(完全に先手を打たれている今の状況では、こちらから動いていくことも難しいな。しかもあの混乱の間に、こちらは完全に囲まれている)」


  冒険者たちは自分たちの周囲を敵によって囲まれている。しかも、まだ彼らは敵の姿すら見ることはできていないのである。


  向こうがいろいろ動いていると言っても、当然常にこちらを矢で狙っている者もいるはずだ。

  正体のわからない敵に囲まれ、それらが常に矢で自分たちのことを狙ってくる。これは狙われる側からしたらたまったもんじゃない。


  冒険者たちの中には、この事実を理解したことによる恐怖で震え始める者も出てきた。


「(これくらいのことで恐怖するとは、こいつらには覚悟が足りんな。それに、冒険者なら恐怖を感じてもそれを押し殺すことくらいできないのか!?)」


  冒険者には討伐関係の依頼もあり、ここにいる冒険者たちだって獲物を殺したことくらいはあるはずだ。盗賊などの人を殺したことがあるものは少ないだろうが、それでも自分の手で何も殺したことのない冒険者はここにはいないはずである。


  他者を殺すのであれば、逆に自分が殺される覚悟をしなければならない。これは至極当然のことであり、ここにいる冒険者たちだってこの言葉を理解はできているはずだ。

  しかしこの言葉をきちんと理解しているにもかかわらず、いざ自分が死ぬかもしれないときには恐怖で冷静な判断ができなくなる者はいるのだ。


  恐怖は重要な感情だ。上官の命令により撤退できないことも多い兵士とは違い、冒険者は不利な形勢だとみれば逃げることもできる。

  恐怖はあくまで生存本能であり、恐怖を完全に殺してしまえば長生きすることはできないだろう。命の危機に恐怖を抱くことは決してマイナスではなく、無事に生きてさえいればいくらでもやり直しがきく冒険者にとってはむしろ正常であるといえる。


  ウッズも恐怖を抱くこと自体に怒っているのではない。問題は、その恐怖に完全に飲まれてしまっていることである。


  恐怖を飼いならすことができるのが一流の冒険者で、恐怖を押し殺すことができるのが二流の冒険者だ。

  目の前の彼らはそれすらもできない冒険者であり、覚悟すらも持っていない冒険者が今回の依頼に参加していることにウッズは苛立った。


「(冒険者の一部に、馬鹿どもの恐怖が移り始めた!これはまずいぞ。このままだと、こちらが勝手に自滅してしまう可能性がある!!)」


  恐怖は他のものに伝染する。集団の中に一人恐怖を抱いたものがいた場合、その者の恐怖が徐々に集団に広がっていき、先程までは恐怖を感じていなかった者たちですら恐怖を感じるようになってしまう可能性が高くなる。


  もちろん『フォレストレンジャー』やケインのような実力も経験もあるような冒険者なら大丈夫だろう。しかし、それ以外の冒険者は恐怖に駆られてしまう可能性がある。


  このまま恐怖が伝染して行けば、士気が下がるだけでなく恐怖に我慢できなくなって勝手な行動をする者も出てきかねない。

  この恐怖から逃れるために無謀な突撃をしたり、逆にここから勝手に逃げ出したりする可能性がある。

 

  もしそうなればこの班は勝手に自滅してしまうことになるだろうし、あれほどの相手ならそんな烏合の衆になり果てた冒険者たちを狩ることはそう難しくないだろう。

 

  ウッズを含めそのことを理解できた一部の冒険者たちは、必死にその解決方法を考え始めた。


「〈炸裂バースト〉」


  ケインが放ったその魔法が、瞬く間に森の木々を破壊する。


「どうしてそんな魔法を使ったんだ!ここは森だぞ!」


  金級冒険者であるケインに使っていた敬語も忘れて、ケインの使用した魔法に驚いたウッズが彼に詰め寄る。


「ならこのまま無抵抗でやられていろとでも言うのですか?」


  ケインは自分が正しいことをしたという態度で淡々と答える。


「だとしてもやり方と言うものがあるだろうが!?攻撃魔法を使うなとは言わないが、それでもせめて火を伴わないものにできなかったのか?金級冒険者ともあろう者が、森で火を伴う攻撃魔法を使う危険性が分からない訳ではないんだろ!?」


「森で火を使うときは十分に気をつけろ」これは冒険者など森で活動する事の多い者に関わらず、ある程度森について考える頭を持つものなら全員がわかるような常識である。

  森は木や草をはじめとしてそこかしこに燃えやすいものが置かれている。森の中で火を誤って使えば、その火が木や草に燃え移りたちまち火が広がって火事になるだろう。

 

  火事になれば森の恵みが焼失し、森に棲んでいる者はもちろんその近くにある村だって危ない。

  森で活動することの多い『フォレストレンジャー』のリーダーであるウッズとしては、ケインが森で火事になりえる魔法を使ったことが許せなかったのである。


「そんなの関係ありませんよ。どうせこの森は後で開発されるのです。むしろ少しくらい焼いたほうが開発しやすくなります。

  それに、俺は森に気を使って死ぬよりは森を破壊してでも生き残りたいです。森のことを考える気持ちもわかりますが、冒険者である以上あなた方もそうではないのですか?」

「それは……」


  ウッズはケインへの言葉に詰まる。今の状況ではケインの言い分が正しいことは明らかであり、それに対して何ら反論するすべがなかったからだ。


「異論はないようですね。では皆さん!魔法使いは私と一緒に魔法を使って敵をおびき出しましょう!魔法の属性は火でも水でも何でも構いません。とにかく、森に隠れている敵をおびき出すところから始めましょう!!」


  ケインの指示に従って、冒険者たちが次々と魔法を放っていく。ケインのように上級魔法を使えずとも、中級魔法で周りの木々をなぎ倒していった。


「敵も焦っているようですね。俺の読みは当たっていたようです。どうやら敵はこの森を大事に思っているようですね」


  ケインはそう言って笑う。

  ケインたちを囲んでいる者たちは、先程とは打って変わってあわただしくなっている。これは単に魔法を使われているからだけではなく、この森を壊されていることへの焦りもあるようにケインは感じた。


  ケインは自分たちを狙っているのがこの森に棲む者たちであると予想した。そしてこの森に棲む者なら、当然自分たちの棲み処である森を大事に思っていると予想したのだ。


  この森に棲んでいる者なら先程のウッズよりももっとこの現状に対して怒りを覚えるだろう。それで冷静さを失って焦ってくれるならよし、森が荒れるのを嫌ってこちらとの決着を急ごうとして飛び出してくればなおよしと言うところであった。


「しょうがないわね」


  ウッズの戦闘中により研ぎ澄まされた耳が、女性が呟くように放ったと思われるその一言を捕らえたかと思うと、そのあとすぐ森から放たれてきた矢がケインの眉間を貫いた。


「へ?」


  ケインはそれだけ言うと、すぐにこと切れてしまった。


「ど……どういうことだ……?」


  ウッズは驚愕をあらわにした。なぜなら、今放たれた矢にウッズはまるで反応できなかったからである。


  矢の速度は人間と比べたら非常に速い。これは日本だろうが異世界だろうが共通のことであり、ウッズだって当然そのことはわかっている。

  しかし、ウッズには森で活動するために鍛えた感覚器官とスキルがあったのである。この世界の人間の感覚器官は、地球の人間のものよりも平均的に上である。特に冒険者のような戦闘職についている者は、それこそ地球人とは比べ物にならないほど鋭い感覚器官と、それに問題なく反応できる躰を持っている。それにスキルや魔法が加われば、たとえ矢であっても反応して躱すこともできるのである。


  ウッズは普通の矢なら簡単にかわすことができる。その矢が特殊なスキルや弓で放たれたものであっても、今までまったく反応できないと言うことはなかった。

  しかし、今の矢だけは別である。ウッズが気づいた時にはすでに矢がケインの眉間に刺さっており、それに反応することがまるでかなわなかったのである。

 

  傍目から見ているウッズが反応できなかったのだ。狙われた本人であるケインが矢を躱すことができなかったのは当然のことであった。

  しかもケインは当然矢に警戒はしていた。比較的肉体能力の高くない魔法職とはいえ、矢を十分に警戒していた金級冒険者の眉間を打ち抜くと言うのは並の技量ではない。


  ウッズは自分にあの矢が飛んできたら躱せるとは思えなかった。そして金級冒険者が一撃で殺されたのを見たほかの冒険者たちは、すでに烏合の衆となり果てていた。


「撤退だな」


  ウッズはすでに自分たちが襲撃者に勝てるとは思っていない。戦力的にはまだわからないが、冒険者側の士気の低下と今の囲まれている現状を見ればすでに答えは出ている。


  ウッズは『フォレストレンジャー』の仲間と共に逃げ出した。そしてそれを見た冒険者たちは、『フォレストレンジャー』と同じようにパーティー単位で固まって別々の方向に逃げ出した。


「ここはもう包囲されているから無駄なのに」


  襲撃者たちのリーダーである美女がそう呟く。


「後は我々にお任せください。烏合の衆となり果てた奴らごとき、我々が簡単に葬り去って見せます」


  美女に対して、その部下の一人がそう進言する。


「そうしてもらいたいところだけど、一応私もここを管理する義務があるのよ。狩るのはあなたたちに任せるけど、打ち漏らしがないようにちゃんと監視はさせてもらうわよ」

「当然でございます。必ずやあなた様の期待に応えて見せます」

「じゃあ頑張ってね」


  その言葉を聞いた部下はすぐに行動を開始する。彼らにより、『フォレストレンジャー』の班は全滅した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ