紳士
本日二話目です。
今日はけっこう濃いキャラが出てきます。
「何者だ!?」
ドノバンは後ろから来た男を問い詰める。疲れも見えるその表情にはまったく余裕がなく、彼は切羽詰まった顔をしていた。
「そんなに慌てないでください。そうですねぇ、それならクイズをしてみませんか?私が何者なのか当ててみてください」
ドノバン達は今急いでいる。本当ならこんな男は放っておいてさっさとここから離れたいのだが、目の前にいる男の雰囲気からそうすることができない。それをすれば背中から襲われて殺される、目の前の男にはそういう雰囲気があるのだ。
ドノバンはしょうがなく目の前の男の正体について考える。
身長は190センチくらいで自分より少し小さく、髪は黒色でその容姿は非常に整っているといえる青年だ。容姿だけでなく仕立てのいい服を着ていて、その上所作にもどこか優雅さがある。ドノバンには、彼がどこかの貴族でもおかしくないように感じた。
「もしかしてどこかの貴族か?」
「惜しいですねぇ。確かに称号的には貴族位がついてますが、私自身はどこの国の貴族でもありませんよ」
青年は笑いながらそう答える。その笑みは非常に魅力的であり、ドノバンも自分が女でこんな状況じゃなかったら心を奪われてしまうんじゃないかと思うほどであった。
「ならば侯爵や伯爵なりの執事か?」
執事には爵位を継げなかった貴族の子供が成る場合も多い。執事になるには教養も必要になるため、爵位は継げないが教養のある貴族の子供が執事をすることは珍しくない。
そして執事には当然上品さも求められる。執事によっては、それこそ雇い主の貴族と引けを取らないくらいの上品さを兼ね備えた者だっているのだ。
特にそういう者は高位の貴族家で働いていることが多く、ドノバンは目の前の青年が貴族でないならそういう質の高い執事だと思ったのだ。
「それは惜し、くはありませんねぇ。私はそういう存在ではありませんから」
青年はそう言って楽しげに笑う。
「だったらなんだと言うんだ!?」
心や時間に余裕がある時ならこの問答に付き合っていたのだが、さすがのドノバンもいい加減この問答にはうんざりしていた。
「まあ簡単に言うと、あなた方の敵ですよ。最初に言ったでしょう?『あなた方にはここで死んでもらわねばなりません』と。だからその通りにしてもらうんですよ」
その時の青年の笑顔は、これまでの笑顔とは違い邪悪さにまみれたものであった。
「奴らの親玉か!?」
ドノバン達は武器を構える。このタイミングで出てきた以上、先ほどの発言も加味すれば自分たちを襲ったモンスターたちの黒幕である可能性は高く、それならこのタイミングで自分たちの目の前に現れた理由も合点がいくからだ。
もし目の前にいる青年がモンスターたちの親玉なら、彼の配下たちに襲われて弱っている自分たちを見逃すわけがないし、そうでなくとも自分の配下を殺した自分たちを許すはずがない。
それに目の前の青年を倒せば安心して逃げることができる。ドノバン達はそう考え、残りのポーションなどを飲んで疲れた体を回復させ、最後の気力を振り絞って目の前の青年と対峙した。
「親玉とは恐れ多い。私はただのまとめ役、主曰く中間管理職ですから。まあでも、私さえ倒せばここにあなた方を狙う敵はいませんよ。もちろん私をあなた方が倒せれば、ですけどねぇ」
青年もそう言って戦闘態勢に入る。彼からは先程のモンスターたちとは比べ物にならないほどの強さを感じ、ドノバン達はより一層気を引き締めた。
「回復と心の準備はできましたか?あなた方には実験に付き合ってくれたお礼もかねて、戦いの準備をする時間くらいは与えますよ」青年はそう言って冒険者たちの様子を見る。
「どうやら準備はできたようですね。なら始めさせてもらいましょうか〈闇の手〉」
青年が魔法を放つと、彼の体から黒い手が表れて冒険者たちの首を絞めつけようとする。
「これくらいでやられるほど疲れてはいないぞ!!」
冒険者たちは黒い手から簡単に逃れる。
「そうでしょうねぇ。なら次はどうですか?〈氷の矢〉」
「それも無駄だぁ」
冒険者たちは迫りくる氷の矢も、躱したり防いだり叩き落したりして対処する。
「では次はどうしましょうかねぇ」
「次はこっちの番よ!」
キッカが青年に対して接近戦を仕掛ける。敵の攻撃に対処するだけの他の四人と違い、キッカは自分の得意な形に持っていけるよう冷静に敵の隙を探していたのである。
「さすがは金級冒険者、疲れていても他の方々とは違います。しかし、私はこう見えて近接戦闘もそこそここなすんですよ」
青年とキッカの拳がぶつかり合う。体格差から言うとキッカのぼろ負けだが、そこはさすがに金級冒険者の戦士だ。二人はほぼ互角に打ち合っている。
疲れた状態でも体格差のある男と互角に打ち合えるキッカをほめるべきか、それとも金級冒険者のキッカと互角に打ち合える男をほめるべきか。二人の近接戦は、冒険者たちから見ると十分高度なものであった。
「お前ら何やってんだ!俺たちも早く援護するぞ!!」
疲れからか、ボーっと青年とキッカの打ち合いを見ていた冒険者たちをドノバンが奮い立たせる。
青年とキッカと互角に打ち合っている以上数で勝る冒険者側が有利であり、今それを生かさなくては勝てないといえる。
キッカはモンスターたちとの疲れているため、体力的にはやはり青年の方が有利だ。先の戦闘で疲れている冒険者側は、持久戦よりも短期決戦にした方が勝率が高いのである。
「それは困りますねえ。あなたたちには黙っててもらわないと。〈ダーク「それはやらせない」まあそうきますよね」
青年が魔法を放とうとするのをキッカが防ぐ。彼が魔法を使おうとすればキッカが攻勢に出てくるのだ。そうされれば、彼もさすがに魔法を放つことはできなくなる。
「キッカさんを援護するぞ」
冒険者たちが魔法や弓、そして近接戦闘への参加などでキッカを援護する。彼らはまだ組んで日が浅いが、それでも全員ある程度実力のある冒険者だ。とっさにキッカに合わせて動くことは可能であり、冒険者たちはそこそこ連携が取れていた。
「主の言う通り、手数の多さや連携と言うのは厄介ですねぇ。力の差が開きすぎていなければ、数と言うのは非常に重要になってくるですか……その通りになりましたね」
戦況は冒険者側がわずかに押している。しかし、どこか余裕のある青年とは違い冒険者側は焦っている。
「有効打が入らない!」
冒険者側も攻めてはいるが、それでも一向に有効打が入ることはない。青年はうまく躱し続けており、冒険者側はいまだ手傷程度しか与えられていない。
そして疲れの残っている冒険者側は、徐々にその疲れと焦りを見せていった。
『ドンッ!』
「グハッ!」
青年の攻撃がキッカにまともに食らった。やはり疲れと焦りによる冒険者側のパフォーマンスの低下は著しく、冒険者側の主戦力であるキッカにまともなダメージが入ってしまった。
「純粋な近接戦闘ではあなたのほうが格段に上でしょうが、魔法を使えばそれなりに差を縮められるのですよ。残念でしたね。疲れてさえいなければ、きっとあなたの快勝で終わっていたでしょうに」
「まだ負けてない」
キッカには疲れが見えるが、それでも彼女の眼はまだ勝利を諦めているようには見えなかった。
「確かにその通りです。しかし私としてもずっとあなた方と戦っているわけにはいきませんからねぇ。こんなことで主に失望されたくもありませんから、お遊びはこの辺でしまいにさせてもらいますよ」
青年はキッカがやられて動揺した冒険者たちから距離を取って、今までよりも強力な魔法を放つ。
「〈竜巻〉」
青年の生み出した竜巻が冒険者たちに迫る。疲れている冒険者たちはもはやこの竜巻から逃げ出すこともできず、全員が必死にこの竜巻を耐えようとした。
「うーん、やっぱりこれは森で使うような魔法じゃなかったですねぇ」
竜巻のせいで森の一部がズタズタである。いくら竜巻の移動範囲が小さかったとはいえ、竜巻を食らったところは完全に荒れ地になってしまっている。
「木々に燃え移るかもしれない炎や雷は論外とはいえ、結果的にこれもあまりいい選択ではなかったですねぇ。ですが、これ以外に使えそうな上級魔法もなかったですのでしょうがありませんね」
青年は自分の魔法の結果を見て、森を荒らしてしまったことに関して反省した。
「とにかく冒険者たちの死体を回収して早く帰りましょう。今の魔法を見て冒険者が寄ってきたら厄介ですしね」
青年は死体を回収していく。彼の魔法で死体の一部は回収できないくらいだめになったが、それらは燃やして回収できそうな死体だけを回収した。
「おや?あの少女がいませんねぇ。まさかあの状態で魔法に耐えていたのでしょうか?だとすればさすが金級冒険者ですねぇ」
青年が周囲を見渡すと、よろよろと歩いてここから逃げ出そうとしている少女がいた。
「そこですか」
男がその少女に近づくと、やはり予想通りその少女が彼の探していたキッカであることが分かった。
「こんにちわ」
男は満面の笑みでキッカの前に立つ。
「あっ、ああ……あぁぁ……」
キッカは男の姿を見ると絶望した顔になる。これまで受けてきたダメージでボロボロになり、腕も一本とれていた。その上肉体的及び精神的苦痛によって疲労がたまったその体は、とても以前のキッカのものだとは思えなかった。
「その顔はいいですねぇ。自信満々だった少女が浮かべる絶望の顔ですか。これは生かしておいて何度も見てみたいものです」
「なっ、なら……」
キッカは僅かな希望に顔を上げるが「しかしごめんなさいねぇ。あなたは殺さねければいけないことになっているんですよ!」という男の声によって再び絶望した顔になった。
「いい顔です。ぜひともそのまま死んでください」
青年は躊躇なくキッカにとどめを刺す。
すべての死体を回収し終えた青年は、意気揚々と自分の住処に向かった。