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噂2

  相変わらず依頼の取り合いで騒がしい朝の冒険者ギルド。しかし、その中に普段いる青級パーティーが一ついなくなっていた。

  優斗たち『インフィニティーズ』である。今日の彼らは指名依頼についての説明を受けるため、いつもより冒険者ギルドに来るのが遅かったのである。


「そういえばお前知ってるか?この街一番の冒険者パーティーである『ウルフファング』が最近めっきり姿を見せていないんだぜ。あの人たちに何かあったんじゃないかと、今ギルド中でうわさになってるんだぜ」

「でも結局は噂だろ?」


  冒険者たちが噂話をしている。冒険者が噂話をすることはよくあり、そういったところからもいろいろと情報を得ていくのだ。

  この世界は現代日本のようにネット環境とそれを見る機種さえあれば家にいながらでも様々な情報が手に入る世界とは違い、欲しい情報は自力で手に入れるか他の人から聞くかしかないのである。


  もちろん噂話にだって偽情報がたくさんあるが、それでもそれ以外の手段はなかなか個人だけでは難しいため、一般人になればなるほど噂話だけで情報収集をすることになるケースは多い。


  現代社会のように真偽問わずたくさんの情報にあふれていようが、反対にこの世界のようにそもそもその情報数自体が少なかろうが、どっちの世界だとしても結局は情報に踊らされず冷静にその情報の真偽を見極める目が大事ということだ。


  一つの情報を信じすぎるのは愚かな行動である。今噂話をしている冒険者たちはいずれもこの街では中堅冒険者といったところだ。彼らもさすがにその辺はわきまえながら会話をしているのだった。


「でも三か月も冒険者ギルドに姿を見せてないっていうのは気にならねえか?いくらなんでも三か月も姿を見せないのはいろいろおかしいだろ」

「それはこの街の冒険者ギルドでの話だろ?ウルフファングが拠点をここから別の街に変えた可能性だってゼロじゃないはずだ」


  冒険者が拠点にしていた街のギルドに顔を出さなくなる理由は何通りもある。二人が言っているように冒険者の身に何かあった時や拠点を別の街に変えた時、あとは冒険者を引退して隠居や転職をした時などがあげられる。

  どう転がるにせよ、その冒険者たちの中で何か変化が起きたことだけは確実である。


「ずっとこの街を拠点としてきたあの人たちが急に拠点を変えるなんてことがあるか?」

「ないとは言い切れないだろ?冒険者が拠点を変えるなんてことは何ら珍しいことじゃねえ。それに、あの人たちはこの街ナンバーワンの冒険者パーティーだ。こんな田舎じゃなくてもっと中央に近いところに拠点を変えたと言われても納得できる。

  俺からすれば、なんでお前があの人たちの身に何かあったと考えているのかが不思議だ。あの人たちの実力からすれば、お前の意見よりも俺の意見のほうである確率が高いんじゃないか?」


  『ウルフファング』はこの街ナンバーワンである銀級冒険者パーティーで、この街では冒険者以外の人たちにも広く知られているほどの有名人でもあった。今噂話をしている冒険者をはじめとする同業者たちはもちろん、それ以外の職業に就いている人間にも一目置かれていた。

 

  実力のある冒険者が、より競争の激しい冒険者ギルドがある街に拠点を変えたいというのはよくある話だ。そういう競争よりも田舎でお山の大将としてふんぞり返っていた方がいいという冒険者ならともかく、ある程度向上心の強い冒険者ならもっと競争の激しいところに行きたいと思うのは当然のことである。

  よっぽど地元が大好きでそこから離れたくないと思っている冒険者以外は、一度くらい都会にあるレベルの高い冒険者ギルドで一旗あげたいと思ったことがあるはずである。


  領都ルクセンブルクは、ここルクセンブルク領の中では当然都会の部類に入るが、ブルムンド王国全体で言えば田舎の部類に入る。ルクセンブルク領はブルムンド王国の東の果てにある領地であり、どこの国とも国境が接していない。

  国の中心からは遠く離れていて、その上他の国と自国を結ぶ交易都市になれるわけでもない。ガドの大森林が近くにあること以外はただの田舎であり、ここと比べてブルムンド王国の中央はもっと発展している。


  よって『ウルフファング』がもっと都会の冒険者ギルドに移っても何らおかしくはなく、自他ともに認めるこの街ナンバーワンの冒険者が都会に行きたいというのはある種当たり前のことなのである。


「確かに普通ならそう思うさ。でも、『ウルフファング』が依頼を受けてからその報告に戻ってきていないとしたらどうだ?」

「それホントか!?」

「たぶんマジだ。ギルド職員たちの会話がたまたま聞こえてきたんだが、確かにそう言っていた」

「ならホントのことなのか……?でも、あの人たちが帰ってこれないなんてそれはどんだけやばい依頼だったんだ?」


  依頼を受けておいて報告に戻らないというのは普通だとあり得ない。成功したときはもちろん、失敗したときもギルドに報告する義務はあるのだ。むしろ迅速に報告しないほうが不利益を得るため、冒険者は依頼を終えると成否にかかわらず早めに報告する。

 

  『ウルフファング』はこの街ナンバーワンの冒険者であるが、そこにたどり着くまでに数々の成功も失敗もしてきた。そんな『ウルフファング』が、基本中の基本である報告の義務を怠るとは考えられない。

 

  それを知っている冒険者たちは、ウルフファングに何かあったんじゃないかと本気で思うようになっていた。


「俺も『ウルフファング』が直前に受けていた依頼まではさすがにわからないが、多分銀級の難しい依頼でも受けてたんじゃないか?」

「それはわかるけど……いっそのこと、ギルドから直接捜索依頼とか出ればいいんだけどな」

「俺たちみたいな冒険者には来ないだけで、もう一部の腕利きには極秘に出てるんじゃないか?」

「ありえるな。わざわざこのことを大々的に広めるメリットもないしな。俺たちの知らないところでギルドがいろいろやっててもおかしくはないよな」


  捜索依頼とは文字通り何かを探す依頼であり、これには行方不明者の捜索も含まれる。

  普通なら冒険者パーティーが失踪したからと言って、わざわざ冒険者ギルドがそのパーティーの捜索依頼を出すことはない。その冒険者たちの身内や個人的に付き合いのある者、もしくはその冒険者たちを恨んでいる者ならばともかく、冒険者ギルドが直々に捜索依頼を出すということは基本的にない。


  優斗たちを襲った『毒蛇の導き』だって、それがわかっているからあんなことを平気でやっていたのだ。普通はそれで正しいのだが、今回の場合は事情が異なる。


  何度も言うようだが『ウルフファング』はこの街一番の冒険者パーティーであり、この街の冒険者ギルドの看板でもあった。当然彼らによって冒険者ギルドが受ける利益は大きく、それは単純な金銭面だけでは収まらない。。

 

  ウルフファングに憧れて冒険者になる若者は何人もいるし、事実今噂話をしている彼らだってそうである。それ以外にも、ウルフファングという戦力がいることによってこの街の冒険者ギルドの力も増す。

  このように強い冒険者がいるというのは、その冒険者が所属するギルドに対して有形無形の利益を与えてくれるのである。


  その彼らがいなくなったとなれば、当然冒険者ギルドにも不利益が生じる。彼らがほかの街に拠点を変えたというのならばまだ理解できる。しかし、彼らが依頼中にやられて失踪したとなると大問題だ。ギルドの力は当然落ちるし、他の冒険者だって不安になるかもしれない。


  これらの理由から、ギルドがすでに一部の腕利き冒険者に対して極秘に『ウルフファング』の捜索依頼を出していても何らおかしくはないのだ。


「ウルフファングの状況によっては、ルクセンブルクの冒険者の勢力図も変わるかもな」

「かもな。でも、そんなの今の俺たちにはまるで関係ないことだろ?」

「ハハ、確かに。俺たちは他人の心配よりまず自分の心配だな」


  これまでは『ウルフファング』がナンバーワンとして君臨していたが、それがいなくなったとなれば当然新たなナンバーワン争いが始まる。

  今ランク的に頭一つ抜けているところはどこにもない。青級に複数組いる状況であり、その彼らと一部の昇格間近の緑級冒険者たちの中でナンバーワン争いが起こるとみて間違いない。


  彼らもナンバーワン争いには興味あるが、そもそもその前に彼らはまだ赤級冒険者である。今は人の心配より自分のランクを一つでもあげることを考えるべきだ。


「そんじゃあ目の前の依頼を片付けるとこから始めますか」

「だな」

 

  二人はそれぞれの所属するパーティーに戻り、今日も赤級の依頼を一つ手に取って仲間たちと受付に向かった。




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