指名依頼
今日は二話です
その日、優斗たちはいつも通り朝早く冒険者ギルドに来ていた。当然その目的は今日受ける依頼を探すためであり、優斗たちはリクエストボードに貼られている依頼を吟味していた。
「今日はこの依頼を受けようぜ」
いつも通りアシュリーが青級の依頼を選んで持ってくる。今日もいつも通り街の外にいるモンスターを討伐する依頼であり、優斗たちはそれを普段通り早めに終わらせてしまおうと考えながら、さっそく受付嬢に依頼を受理してもらおうとした。
「依頼を受けに来てくださったところ悪いのですが、あなた方『インフィニティーズ』には指名依頼のお話があります。もちろん受ける受けないはあなた方の自由ですが、話だけでも聞いていきませんか?」
受付嬢はそう優斗たちに尋ねる。『インフィニティーズ』とは優斗たちのパーティー名であり、赤級に昇格した次の日に自分たちでそのパーティー名を付けたのであった。
『インフィニティーズ』と言う名前は、優斗たちのいたゲームであるインフィニティの名前からとってある。
もしインフィニティから来た者が優斗たちだけでなかった場合、この名前に何か感じるものがあるかもしれない。
もちろんこの名前だけでインフィニティのプレイヤーだと確信することができる者はいないだろうが、それでも自分がインフィニティからこの世界に来た以上、他のプレイヤーもこの世界にいるかもしれないというくらいは想定している可能性は高い。
優斗をこの世界に召喚した少年は、自分以外に地球からこの世界に送られた異世界転移者がいないとは言っていなかった。それにインフィニティからだけでなく、別のルートからこの世界に来ている可能性はあるし、あの少年が優斗たちの後に誰かを送らないと断言することはできない。
もしかしたらインフィニティを知っている者が優斗たちに接触してくるかもしれない。優斗も同じ地球出身だからと言って無条件に仲良くする気はないが、それでも同じく地球から送られてきた者の話を聞ければ何か収穫があるかもしれないと考えていた。
優斗は前の世界には未練はないし、この世界での生活も悪くないと思っている。
しかし地球に戻る方法があるのならば一応知っておきたいし、もしかしたら強制的に優斗を地球に送り返す技があるかもしれない。それを防ぐためにも、同じような境遇の者から話を聞くことはプラスになるはずだと思っていた。
優斗はこの世界に来てものすごく強い力をもらった。しかし、優斗と同じくこの世界に来た者もそれくらい強い力を持っていてもおかしくはない。その者とコンタクトを取ることで、可能なら協力か殺害を行うことも目的だ。
殺害とは物騒かもしれない。しかし、自分と友好関係や従属関係にない、もしくはこれからもそうなれそうにない者で、自分に届く牙を持つ相手には用心が必要だ。
まあ他には、それ以外にあまりいいパーティー名が思いつかなかったことと、優斗たちがインフィニティで名乗っていたパーティー名が中二臭くてそれを使う気にはなれなかったことも原因である。
ともかく、『インフィニティーズ』にとって初めてとなる指名依頼がついに来たようである。
「今のところ自分たちには急ぎの依頼や用事などがあるわけではありませんから、受ける受けないは別として話くらいは聞かせてもらいますよ。
指名依頼をもらうのは初めてですので、この機会にいろいろと体験しておきたいのも本音ですが」
優斗が依頼人と話をすることを承諾すると、受付嬢が文字の書かれた小さな紙を優斗たちに見せた。
「ここに相手から、集合場所と時間の指定があります。これが不都合なら今日中にギルドまでお伝えください。もしこれで異論がないのであれば、そのメモの場所に向かってもらえれば結構です」
受付嬢に渡されたメモの中には、明日の10時に冒険者ギルドに来てほしいと書かれている。
指名依頼には二つパターンがあり、一つ目は今回のように依頼主と直接会ってその口から依頼内容などが聞かされるパターンだ。もちろんギルドはあらかじめ依頼についてある程度聞き取りはしているし、依頼主と冒険者の交渉は当然ギルド職員が立会いの下で行われる。
これは冒険者が権力などで無理やり不利な依頼を飲まされることを阻止するためであり、少なくともこの国の人間で冒険者ギルドを敵に回しても問題ないという者はほとんどいない。そのため、ギルド職員が不正をしていなければ冒険者の身は安全であるということだ。
二つ目は通常依頼の形式とほとんど変わらず、直接依頼主と顔を合わせて交渉するのではなくあくまでギルドが交渉をしてくれ、自分はその依頼内容を見て受けるかどうかを判断するというパターンだ。
このパターンは特定の冒険者が指名されるということ以外普段と特に変わったところがないので、これについては特に言及することもないだろう。
問題は一つ目のパターンであり、この形式がとられるとなると依頼主には何か依頼以外の目的がある可能性が高いということにもなる。
よくある理由は二つで、一つ目は依頼内容を絶対に秘密にしてほしいから、二つ目はその街の有力冒険者と顔つなぎをしておきたいからである。
一つ目の理由は依頼人がかなり慎重であることが多い。
このやり方ならば二つ目のパターンよりも他の冒険者に知られることは少ないし、冒険者が依頼内容を他者に口外しないというのはあくまで暗黙の了解であり、そこらへんが絶対に保障されるとは限らないのだ。
普段の依頼ならそれでいいかもしれないが、一部のギルド職員はしょうがないとしても本当に他の者には口外してほしくないというときにはこの方法をとることも多い。直接話して冒険者に口外しないことも約束させれば、普段のやり方よりはずっと確実なのである。
二つ目の理由はコネクション作りの一環であり、その街の有力な冒険者と顔見知りになっておくことで恩恵を得ようとするためである。
冒険者の武力は非常に有用である。一軍を個が上回る時代において、強い人物とのコネがあるといろいろ有利なものである。
特に商人や貴族は有力者とコネをつなぐことに腐心する者が多い。優斗はこの街でも数少ない青級の冒険者なので、今回はそういう目的でもおかしくはないだろう。
依頼主にどういう思惑があるのかはわからないが、それでも指名依頼を断る者は少ない。
指名依頼を断れば当然依頼主には誰に自分の依頼を断られたということがわかるため、冒険者側からしても理由もなしに断るのはなかなか難しい。それに指名依頼は同じランクのほかの依頼よりも依頼料がかかるため、それを受ける冒険者の報酬もよくなる。
わざわざ指名依頼を出すのは大抵が貴族か商人などのある程度力を持つ者たちである。向こうもそうだが、冒険者側からしてもそのコネクションが大事と言う者もいる。
自由を求める冒険者の中には逆にそういった関係によっていろいろ縛られることを嫌う者もいて、それを避けるため指名依頼は極力断るという者もいるが、そうでない者は指名依頼の報酬につられて受けてしまうことが多い。
優斗たちに今回指名依頼を出した相手はまだ誰かわからない。しかし今回はそれが誰であったとしても、優斗たちは一度話を聞いてみるという方針に落ち着いた。