ランクアップ
優斗たちがルクセンブルクに来てから一週間がたった。
最初の依頼で起こった『毒蛇の導き』との一件以外では特に大きな事件もなく、その間優斗たちは堅実に黒級の依頼をこなしていた。
黒級の依頼は報酬が悪いが、それでも当然ランクに応じた難易度を誇る。つまり優斗たちにとってはあくびが出るほど簡単な仕事ばかりである。最近少しずつ街や冒険者活動にも慣れてきた優斗たちは、今では一日に複数の依頼を簡単にこなせるようになっていた。
「ようやくここにも少しずつ慣れてきたな。最初はものすごくアウェーに感じたが、今はちょっとしかアウェーとは感じないな」
「せやな。この街にもようやっと慣れてきたわ」
優斗たちには最初、やはり初めてくる街への大きな戸惑いがあった。しかもその街は自分の過ごしてきた世界とは全く異なり、文化どころか星や生態系まで根本から違う異世界の街だったのだ。これにすぐ順応できるほうがおかしいというものである。
優斗たちはいまだ街に慣れたとは言い難いが、それでも最初に来た時よりはかなり気楽にしていられるようになったのである。
「なら今日もいつも通り依頼をするとするか」
優斗たちはこの一週間ですっかり習慣になった、朝冒険者ギルドに入ってすぐ行われる混雑するリクエストボードから、自分たちが今日受ける依頼を選ぶという行為を今日も行おうとする。
その日もいつも通り目の前にいる冒険者の集団の中に入って依頼を取り合おうとする彼らであったが、今日はいつもとは違いすぐ依頼を探すということにはならなかった。
「みなさん呼び出してすみません。しかし、皆さんにどうしても先に伝えなければならないことがあったのです」
優斗たちを呼び出した受付嬢がそう言う。
「かまいませんよ。それで、今回は一体何の用ですか?『毒蛇の導き』のことなら以前から何度も話していますし、もう話せることはすべて話したはずですが?」
優斗たちは思わずめんどくさそうな表情をする。
優斗たちはこの一週間、ギルドなり衛兵なりに呼び出されて散々事件のことを話してきたのだ。しかも衛兵や冒険者ギルドだけでなく、優斗たちと顔見知りやそうでない者たちからも事件のことを聞かれ、同じことを何度も話してきたのである。
優斗たちにとってあの話は、もう話したくないほど話してきたものなのだ。優斗たちも冒険者ギルドに逆らおうとは思わないが、それでもあの話はもうしたくないのである。
「みなさん嫌そうな顔をしていますね」受付嬢は優斗たちの顔を見ながら苦笑する。「しかし今回はその話ではありません。皆さんにとってはうれしいニュースになるはずです」
「そのうれしいニュースとは?」
「それはですね、皆さんの赤級への昇格が決まったんです!これはうれしい報告ですよね?それと冒険者ギルドの規則上昇格を断ることは可能ですが、皆さんはどうなさいますか?」
受付嬢が優斗たちにランクアップを告げる。
冒険者のランクアップは基本的にパーティー単位であり、昇格するための特別な試験などもない。優斗たちは昨日赤ランクへの昇格条件である黒級依頼十個の達成と、五回連続依頼成功を達成したため赤級へ昇格できたのだ。
「ランクアップを断るですか……」
「はい。極稀にですがそういう方もいらっしゃいますよ」
冒険者ギルドの規則では昇格を断ることもできる。
大抵の冒険者はランクアップを断ることはない。冒険者のランクが上がれば選べる依頼の幅が広がり、難易度が高くなるがその分より報酬のいい依頼を受けることができる。
そして当然高位の冒険者になればなるほど報酬だけでなく名声も手に入るため、ランクアップをするということは冒険者にとっては基本メリットばかりなのである。
しかし、極々稀にランク昇格を断る者たちがいる。その者たちの理由は大抵が自分の名が挙がることを嫌がる者たちであり、様々な理由で目立ちたくないのだ。
例えば冒険者になる前、もしくは現在進行形で暗殺者などの裏の世界の住人であり、その時に恨みを買った貴族や商人の目から逃れたい者、そういった者は場合によってランクを上げて目立ちたくはないだろう。
それ以外にも冒険者として名が挙がることによっていろいろな者に命が狙われることを避けたい者、ほかの冒険者などに挑戦を受けたりするのが嫌な者、そして恥ずかしがりで単純に目立つのが嫌な者などが、ランクアップを嫌がるのである。
しかしそういった者たちも大抵青級か緑級でランク昇格を止める。銀級以上になるといろいろ目立つことも多いため、目立ちたくない者は自分のランクをそれまでに抑えるのである。
ランクを黒級で止めるという者はさすがにいないといっても過言ではない。しかし、それでも規則上ランクアップをするかどうかを毎回冒険者に聞かなければいけないのである。これはランクアップを冒険者全員が希望するわけではないため、ギルド側が当人の了承を得ず勝手に冒険者をランクアップさせるわけにはいかないという考えからである。
それに聞かなければならないといっても、今のようにランクアップの話をするときにちょっと聞くだけなのでさほど手間もかからない。
ほとんどの冒険者はどうせランクアップするんだからギルドが勝手にやっておいてくれよと思うだろうが、一部そうでない人もいるため、ギルドではこういった配慮がなされているのである。
「なるほど。しかし我々は赤級への昇格をします」
優斗は当然のように赤級への昇格を受ける。
「かしこまりました。それではこれが赤級冒険者の証です」受付嬢はそう言って準備しておいたものを渡す。
「今お持ちになっている黒級の証は返していただきますので、これからはこちらの赤級のものをお付けください」
優斗たちは受付嬢に言われた通り、黒級の証を返して赤級の証を付けた。
「ではこれで昇格完了です。今日からは赤級以下の依頼を受けることができますよ」
優斗たちはリクエストボードに行き、今日は赤級の依頼を手に取った。
当然優斗たちにとっては赤級の依頼も楽勝であり、その日も今までと変わらず早めに依頼を終えた。