噂
「おいあいつら、昨日門の前で死体を持ってきていたパーティーじゃないか?」
「ああそうだな。なんでも、あの死体の正体は『毒蛇の導き』たちのものらしいぞ」
冒険者たちが、ギルドに依頼を受けに来た優斗たちのことを噂している。冒険者ギルドで噂話をしている者は少なくなく、彼ら以外の冒険者にも誰かの噂をしている者たちがいる。
「うぇ、あいつらだったのかよ。でもそうなると、例の新人冒険者狩りか?」
「たぶんな。あいつらが自分たちを狩ろうとしていた『毒蛇の導き』を返り討ちにしたんだろう。実際にあいつらが『毒蛇の導き』に誘われているところを見ていた冒険者たちがいたからな。
そいつらの話によると、あいつらは合同パーティーを組んで一緒に赤級の依頼を受けに行っていたらしいぜ」
彼ら以外にも『毒蛇の導き』に関する悪い噂はよく知られていて、『毒蛇の導き』はこの街で組みたくない冒険者のトップスリーには入ると思われるほど評判の悪い冒険者パーティーである。
「まじか!でもあいつらをやれるってことはあの四人、ただの新人じゃねえってことだよな?」
「だろうな。ただの新人があいつらをやれるとは思えない。もしそうならとっくの昔に返り討ちにされるか、冒険者ギルドなりに悪事の証拠をつかまれてたろうぜ。
つまり、少なくともあいつらはそこいらの黒級なんかよりももっと上の実力ってことだ」
昨日の今日で優斗たちのうわさがずいぶん広まってきているようだ。しかもこの男の得ている情報は正確で、優斗が思っていたよりもずいぶん早く正確に広まっているようである。
「(それでこそあいつらを選んだかいがある。もっと俺たちのうわさを広めてくれよ)」
優斗だってバカではない。優斗たちを誘ってきた『毒蛇の導き』が怪しいやつらであることくらいは当然わかっていた。それでも、優斗はあえて彼らと合同パーティーを組んだのである。
優斗が『毒蛇の導き』とパーティーを組んだ理由は二つ、名声を手に入れ自分の実力を手っ取り早く周囲に認めさせるためと、彼らから街の裏についての情報を手に入れるためだ。
優斗たちが倒した『毒蛇の導き』は、優斗たちよりも二階級上の緑級の冒険者だった。自分たちよりも上のランクの冒険者を倒すことで、自分たちがそのランク以上の力を持っていると周囲に示すことができるのである。
黒級冒険者が受けられる依頼は非常に制限されている。かといって無理やりほかの冒険者に挑んで自分たちの実力を認めさせようとすれば、その勝敗に関わらず最終的に自分たちの評判を落とすことになる。
都合よく強いモンスターなどがこの街を攻めてくれば、それを撃退することで自分たちの力を手っ取り早く示すことができるのだが、残念ながら現実はそうそう都合よく事が運ぶわけではない。
優斗はダンジョンマスターだ。DPを使って自分に忠実なモンスターを作り、それにこの街を襲わせて自分が活躍するという方法もある。しかし、今の段階でそれをするのは非常に危険な賭けだ。
このマッチポンプが成功すれば名声を得られるだろうが、それがばれればその名声は一気に地に落ちる。それに調査が進んでしまった結果、外部の者に自分がダンジョンマスターだとばれるわけにはいかない。
このマッチポンプをするには絶対他の人にばれないようにしないといけない。しかし、今の優斗たちはまだこの国やこの街の事情には詳しくない。そんな状況でマッチポンプをすれば、どこでぼろが出るかわかったもんじゃない。
優斗がマッチポンプをして名声を高めるには、それ相応の準備が必要なのである。
そうなると一番確実なのは、『毒蛇の導き』のような自分たちよりもランクが上でなおかつ黒いうわさが絶えないような冒険者を合法的に倒すことである。
そうすることにより優斗たちには緑級以上の力を持っているんじゃないかという評価と、悪い冒険者を正当防衛で倒してくれたといういい評判がつくことになる。
二つ目の理由は少し賭けに近いところがある。そもそも彼らがあまり裏に通じていなかった場合その目的が果たされないからだ。
幸いにも彼らが連れてきた仲間にいろいろ知ってそうな商人がいたため、今はダンジョンでそいつからいろいろと情報を得ている。
残念ながら彼はあまり大物ではなかったようだが、それでも裏に通じている商人であることに変わりはない。いやむしろ大物ではないからこそ、裏の世界で生き残るために様々な情報を収集していた。
大物ではないため重要機密などは持っていないようだが、それでもこの街やそれ以外の街の裏の勢力図などの情報は持っていた。
その国の裏組織に関する情報は、優斗たちみたいな半ば敵国みたいな立場の者たちにとっては欲しい情報の一つだ。
裏組織からその国のいろいろなやばい情報を入手することができるし、その組織を支配すればさらに有意義に使えることだろう。
反対に敵対すればしつこく狙ってくる可能性が高いのだが、だからこそ優斗たちはその情報を欲した。
優斗たちがこういった行動に出られるのは、森でいろいろな敵を倒したりダンジョンの訓練所でお互いに模擬戦などをしていくうちに、この世界における自分たちの強さを確認したからである。
特に銀級冒険者だという連中を捕らえたのは大きかった。彼らは優斗たちにとって敵と言えるような実力ではなかった。
そんな奴らがナンバーワンの街にある冒険者ギルドだ。そこにいる冒険者たちなど優斗たちの敵ではないことは明白である。
裏の組織だってそうだ。もしそいつらが強い戦力をそろえているなら、こんな辺境ではなく王都とかに行くはずだ。
国の中心にいけばいくほど権力や金、そして人が集まる。そしてそんな場所で裏の組織が生き残るには当然武力も必要になる。
決めつけやうぬぼれは危険だが、銀級冒険者が敵でなかった以上この街で一番の武力を持つのは自分たちである可能性は高いと判断したのである。そのため、少々危ないかもしれない賭けに出たのだ。
幸いにも今のところその賭けは成功しており、優斗たちの力は他の冒険者にも一目置かれ始めているようである。
「ほんで今日は何受けるんや?」
「今日は普通の黒級でいいだろ。そう何度も同じことが起こるわけじゃないだろうしな」
優斗たちは黒級の依頼を取りに行く。
黒級の依頼を受けるのは当然黒級の冒険者だけだ。そして黒級の依頼は一つ上の赤級と比べて非常に報酬が低い。
緑級の冒険者が赤級の依頼を受けることは普通にあるが、赤級の冒険者が黒級の依頼を受けることはない。それくらい黒級はほかの依頼と比べて報酬が悪いのである。
黒級の報酬の悪さは有名で、彼らには日々の宿代を払うので精一杯のため貯金はおろか武器を修理したりするのも難しいのである。
そのため冒険者たちはまず最悪の黒級を脱するのが一番の目標で、ギルドも赤級に上がるためのハードルは低めに設定しているのである。
「やったぜ。今日は昨日よりも簡単に取れるな」
アシュリーが快活な笑みを浮かべる。
アシュリーが昨日と同じように依頼を取りに行くと、それまでリクエストボードの前にいた黒級冒険者たちがアシュリーの前に道を開けた。
優斗たち黒級の新人が緑級冒険者パーティー『毒蛇の導き』を倒したことはそれくらいすごいことであり、上のランクの冒険者たちからは興味が、同ランクの冒険者たちからは畏怖が向けられているのである。
「おいみんな!今日の依頼を決めてきたぞ。今日はこの依頼を受けようぜ」
優斗たちはアシュリーがリクエストボードからとってきた依頼を確認し、その内容に何も問題がなかったため今日はその依頼を受けることにした。
黒級の依頼の報酬は低いが、それでも今の安宿で暮らす分には何ら問題はない。優斗には銀級冒険者たちを捕まえた時に持っていた金があるため、当分金に困ることはないだろう。
銀級冒険者たちは冒険者ギルドにかなりの額のお金を預けていた。いつ死ぬかわからない冒険者は金遣いが荒く貯金はほとんどしないといわれるが、さすがに銀級なだけあって使っても使い切れないほど稼いでいたのだろう。
彼らの貯金をもらえればかなりの資金が手に入る。彼らを殺した優斗とすればそれを欲しい気もしたが、それをどう説明しても自分にそれらが受け取れるような気がしない。
幻術で彼らに成りすましてだますことも考えたが、これは大事な金銭のことである。おそらくは相当厳重な警戒をしているだろうし、魔法のある世界なのだから当然本人に成りすますような幻術対策くらいはしているはずだ。
そして優斗たちには幻術のスペシャリストがいない。そしてもしそれが見破られれば犯罪者として追われることになる。追われてもダンジョンに隠れればやり過ごせそうだが、それだとこの街に来た目的も果たせない。
優斗としてもそんな金のために本来の目的を果たせないのは困るので、その金は泣く泣く諦めることにしたのだ。
そのため当分金には困らないとはいえ、できる限りはいい依頼を受けたかったのである。
「依頼も受けたことだし、とっととそれを終わらせに行こうぜ」
依頼を決めた優斗たちが冒険者ギルドから出ようとすると、冒険者ギルドの出入り口の前に若い男女二人ずつの四人組冒険者たちが立ちふさがった。
「ちょっと待った!この街ナンバーワン新人の座をかけて俺たちと勝負しろ!」
四人のうち先頭にいる少年冒険者が、優斗たちに向かってそう言い放ったのであった。