安全策
「俺はこれから……俺はこれからこのダンジョンに残るよ。ダンジョンマスターっていうのにも興味があったしな。将来的に心変わりする可能性はゼロじゃないけど、とりあえずはここでダンジョンマスターをしてみることにするよ」
「わかりました。それでは、これからよろしくお願いいます」
幼女が優斗に向けてその小さな右手を差し出した。
「ああ、こちらこそよろしく」
優斗はそれにこたえて右手を差し出して、二人は握手を交わした。
「でもよかったのですか?結果的にあの方の狙い通りの可能性が高いですよ?私としてはうれしいですけど、あの方に好印象を抱いていない様子のあなたとしては不本意ではないのですか?」
「だからさっきも言っただろ。俺は純粋にダンジョンマスターっていうのに興味があっただけだよ」
「それならいいのですが……」
無論優斗がここでダンジョンマスターをするといったのは、先ほど言ったような単純な興味からだけではない。もちろんそれも理由の一部ではあるが、主な理由はこの世界に関する情報と経験の不足である。
事前にちゃんとした説明もなくこの世界にいきなり飛ばされた優斗は、当然この世界についての情報をまるで知らない。しかし今のところそれを知るためには、目の前の幼女に聞くか自分でその情報を取りに行くことによって得るしかない。最初にこの幼女が自分はダンジョンについての情報を持っていると言っていたし、実際に持っていた。つまり、この子は俺がダンジョンマスターをすることを前提にして存在しているのだと考えられる。貴重な情報源であるこの子から情報を得るためには、ここでダンジョンマスターになったほうがいろいろと都合がいい。
そして次の理由として、何の策略もなく外に出ることが怖かったからだ。仮に(もうすでに限りなく可能性が低いと自分ではわかっている)ここが異世界ではなく地球だったとしても、外には自分の知らない世界が広がっている可能性は高い。外にいる危険生物などの情報がわからないうちはここから出るのは危険である。
最後に、ここのダンジョンの機能が本物かどうか確かめるためだ。優斗が彼女から聞いた話では、ここのダンジョンが持つ力は彼のいた世界の技術を超越している。ダンジョンの機能が聞いた通り働くのだとすれば、それはもう異世界で間違いない。
優斗はこうした理由から、とりあえずいろいろと目途が立つまではダンジョンマスターとして働くことに決めたのである。
「まあ当分はいることにするよ。それと、できればこの世界の知識を教えてくれないか?」
「この世界の知識ですか?」
「ああ。例えばこの世界にはどんな種族がいるとか、どこどこにはどんな国があるとかだ。それと大事なのは俺たちがいる場所だな。ダンジョンがどこに作られたのか、ダンジョンの近くにはどんな生物やコミュニティーがあるのか、こういった情報がないと、いざという時に危険を回避するのが難しくなってしまうからな」
幼女は少し申し訳なさそうな顔をしながら答える。
「それは知りません。私の知識はあくまでダンジョンに関することのみ。そのほかのことについては全く知っている情報はありません」
「えっ、マジでか」
「はいマジです」
優斗はそのことに落胆したが、すぐに切り替えて再び幼女に話しかける
「そうか……君は本当にダンジョン専用なんだな。だったらダンジョンについてもっと教えてくれないか?ダンジョンの設定はいろいろ複雑そうだから、時間があればさっきよりも詳しくいろいろ聞きからな」
「ダンジョンのことに関してはお任せください。一部話せない、もしくは私ではどうなっているのかわからないところはありますが、それ以外なら大体答えられると思います」
幼女は今度は自信満々に答える。
「ここを作った創始者じゃなければ少しぐらいわからないところはあるだろうし、君は自分の創造主たるあの少年によっていろいろ縛られているようだからしょうがないさ」
「ありがとうございます」
優斗はこれでもすでに成人している社会人だ。社会人として、そして大人として、答えられそうにないことを無理やり聞き出そうとはしない。
「つーかいつまでそのしゃべり方なんだ?最初会ったときはもう少し幼い感じだったと思うんだが。もちろん今のも前回のも見た目からは想像できないほど大人らしかったのだが、今もまだそのモードのままなのか?特にそれに対するこだわりはないが、できれば一つに統一してほしいんだが」
「じゃあ今のしゃべり方ですね。最初のしゃべり方はぶっちゃけ演技ですから。今のしゃべり方が本当のしゃべり方ですから」
「そうなのか?」
「はい。あの方から、元気いっぱいの幼女でいたほうが男の人を虜にできると聞きましたので」
笑顔でそういう幼女に対して、優斗はこの幼女の将来のことが少し心配になった。
「まあそれならそれでいいか(本当にあいつはクソガキだな)」
「それじゃあこれから一緒に頑張っていきましょう!」
幼女は満面の笑みを浮かべる。これは演技なのかそれとも素なのか、優斗としてはこの笑顔は素であると、そう思うほどのまぶしい笑顔であった。