正当防衛
「先輩方何するんや!なんでうちらの仲間のノームに攻撃すんねん!」
ユズの焦ったような言葉に対し、それを聞いた男たちはにやにやしながら答える。
「そんなの当たり前だろ。なんたって俺たちは、世間知らずのお前たちを奴隷にするために来たんだからなぁ!」
「なんやて!」
「アキ、お前を含めた女三人は奴隷として売りがいがある。だが仮面をつけたこいつはダメだ。声を聴いた感じ男だろうし、身長だって大きい。売ってもあまり金になりなそうだからな」
男たちは優斗が倒れたのを見て武器を抜く。そして残った三人に武器を構えた。
「せやかてまだ三対三や。それにあんたらだって今のブラックベアー討伐で疲れとるはずや。うちらにだってまだ勝機はあるで」
ユズたち三人も武器を構える。
ユズたちの武器の等級はあくまで黒級冒険者にしてはちょっといいくらいであり、その構えを見ても男たちには彼女たちが自分たちよりも強そうには見えない。
そもそも彼女たちの実力は先のブラックベアー戦で見せてもらったのだ。そのため男たちは迷わずに作戦を続行した。
「馬鹿が。緑と黒の冒険者じゃどっちが強いかなんてわかりきっていることなんだよ。現に今の俺たちの戦いを見ただろ?お前たちが勝てなかった相手も問題なく倒せるのが俺たちの実力だぜ」
男たちはさすがに余裕の表情だ。自分たちの勝ちを確信していることと、これまで何度も同じシチュエーションを成功させてきたが故の慣れがある。
その余裕の表情からは、慣れと油断と言う二つの感情が見え隠れしていた。
「それ言わたかて、それではいそうですかとはいかんやろ。うちらかて奴隷になるのは御免や。あがけるだけあがかせてもらうで」
ユズは挑戦的な顔でそう言い放つ。
「いい心がけだ。確かにまだ終わりとは限らねえからな。だが、俺たちだってこれが初めての仕事じゃねえんだ。獲物がお前たちみたいに最後まで抵抗しようとしたこともある。
それに仮に捕らえたとしてもその奴隷たちを運ぶ必要だってあるだろ?それなのに、俺たちがたった三人だけでここに来ると思うか?」
男たちが手を上げると、その後ろから何十人もの武装した男たちが出てくる。全員屈強な男たちであり、外見だけ見たら優斗たちが勝てるような相手ではない。
「俺たちを含めりゃ合計で二十三人いる。お前ら三人だけでこの人数に勝てると思うか?痛い目を見たくなかったらおとなしくしてな。そうすりゃなるべく痛くないように奴隷にしてやるぜ。
ああ安心しな、ここには誰も助けが来ねえよ。そうするために、わざわざこんな人気のねえ場所を選んだんだからな」
二十人の男たちが笑いながらユズたち三人を囲い込む。
彼らの頭の中には、この美少女三人を売ったらどれくらいになるか、そして自分たちにはどれくらいの分け前が出るか、この二つだけが渦巻いていることだろう。
「おいユズ、敵の数はこれで全員か?」
彼らではない男の声が聞こえる。彼らはここが人気のない誰にもばれない場所だと考えて、先回りして上手くブラックベアーをこの場所まで誘導したのだ。
冒険者ギルドやルクセンブルク伯爵にこのことがばれれば、今まだ築いてきた地位や財産はすべてはく奪されるだろうし、今回のことはともかくこれまでのことがばれれば死刑は免れないだろう。そのため、このことを知った者は速やかに殺さなくてはならない。
男たちは裏の奴隷市の重鎮などではなく、ある商人と組んで奴隷を売っているだけの存在だ。捕まれば誰も彼らを助けてくれないだろうし、それどころか口封じですぐに殺されてしまう可能性の方が高い。
このことは絶対にばれてはならない。しかし、今聞こえてきた声が間違いなく幻聴じゃないのは彼らもわかっている。ユズという名前は知らないが、それでも男たちは敵の援軍になってしまうかもしれない男の正体を探った。
「せやな。うちの気配感知にかかっとった戦闘員はこいつらで全部や。あと一人隠れとるのがおるけど、こいつは多分戦闘要員じゃないと思うで。多分やけど、うちらを奴隷として売るための奴隷商人やないやろか?」
「わかった。ならそいつはユズが仕留めてくれ。俺はアシュリーとこいつらを捕らえることにする」
アキがユズと呼ばれているのに返事をしていることに疑問を浮かべながらも、男たちの頭は今もっと重大な疑問で覆い尽くされていた。
「なんで……なんでお前が生きている!?お前は俺たちにやられて死んだはずだ!仮に死んでいなかったとしても、どうしてそんなに元気なんだ!?感触からして、もし生きていたとしてもすでに虫の息のはずだ!」
優斗が何もなかったかのように起き上がるのを見て、男たち、特に優斗に自らの手でとどめを刺したと思っていた3人が非常に驚いた顔をしていた。彼らの中ではもうすでに優斗は死人であり、起き上がってくるはずがないのである。
「ここでかっこよく「逆になぜ俺があれだけで死ぬと思ったのだ?」とか聞きたいところだが、まあ俺のことを知らないあんたたちはあれで死ぬと思うのも無理はないよな」
優斗が食らったのは、常人では確実に死に至る攻撃だ。優斗の肉体が日本にいたころのままなら、この攻撃で死んでいたことは間違いないだろう。
「そんなことはどうでもいい!俺たちはなぜ生きているのかと聞いているんだ!!」
「まあ実力差としか言いようがないな」
優斗はそう言って肩をすくめる。
優斗と男たちとでは、天と地ほどの実力差がある。男たちの武器には微弱ながらも魔法がかかってたため優斗に攻撃すること自体はできたが、その攻撃はまるで効いてない。優斗からすればちくりとも痛みを感じず、もし男たちの姿が優斗に見えていなければ、やられたことにすらも気づいていないであろうだけの痛みしかなかった。
優斗が倒れたのはただの演技であり、実際はほとんど何のダメージも与えられていなかったのである。
「お前のような依頼を一つも受けたことがないような新人冒険者に、俺たち緑級のベテラン冒険者が劣るわけがない!もしかしてその仮面の下はアンデッドだな!
アンデッドには刺突や斬撃に耐性がある個体も多い。それに、アンデッドなら仮面で顔を隠していることも納得できる。アンデッドが街に入ることはできないからな!」
優斗は男たちの答えにため息をつく。そしてかわいそうなものを見る眼で彼らを見ていた。
「依頼を一度も受けたことがないような全くの新人だからこそ、ランクが低くてもお前たちより強い可能性もあると思うのだが……まあそれはいいや。お前たちにはDPと実験体、後は加害者の三種類になってもらうとするか」
今回優斗たちが彼らに襲われたという証拠として、優斗たちと現在合同パーティーを組んでいる冒険者三人は街に引き渡さなくてはならない。それ以外の敵は殺してDPにするかエリアスの実験体になってもらうかだろう。
DPはいくらあっても足りないし、エリアスは常日頃から実験体がほしいと言っている。幸いこいつらは紛れもなく犯罪者だ。こいつらがいなくなったところで、何か困ることもないだろうと考えられた。
「……いや、でも念のため尋問はしておく必要があるな。この世界の情報もそうだが、こいつらの組織がどんなもんかも知りたい。こいつらのことで何かちょっかいをかけてくるかもしれないしな。
そいつらが手を出してこない限りこちらも手を出すつもりはないが、もしそこが有益そうなら乗っ取りもありだ。わざわざ潰すのは面倒だが、乗っ取ることでいいメリットがあるならそれも一考する余地があるよな」
優斗は外にある組織のことをまったく知らない。彼らがそれを知っているかもしれないし、それに彼らだって何らかの組織に属している可能性もある。彼らからそういった情報を抜くことで、優斗たちも今後の行動をとりやすくなる。
それに外にある組織を乗っ取れればそこからいろんな情報が流れてくる。
今優斗たちが最も欲しているのはこの世界の情報だ。ダンジョン付近に来ていた冒険者たちから情報は取ったが、たった三人から仕入れただけではまだ足りない。もしその組織を手に入れることがこの世界の情報を手に入れる近道ならば、多少のリスクがあっても取りに行くだろう。
優斗は最近この世界における自分たちの強さに少し自信が待ててきたため、多少のリスクならとれるようになってきたのである。
「何ごちゃごちゃ言ってやがる!?お前がアンデッドだろうがなんだろうが、この戦力差は何も変わらねえんだよ!」
優斗が男たちの使い道を考えている間にも、優斗たちを取り囲んでいる男たちが迫ってくる。
「まあ後のことはまずこいつらを捕らえてからだな。〈気絶〉」
優斗が魔法を放つと、それを受けた男が気絶して動かなくなってしまった。
「この魔法が通じるってことはやっぱり弱いな。インフィニティなら弱いキャラでもこれくらいは抵抗力だけでどうにかなると思うんだが……全員がこれくらいで動けなくなる程度の実力だとすれば、所詮こいつらはただのチンピラということか」
優斗がもう一発、と手を向けると、男たちは優斗を警戒して一度距離をとった。
「あいつが簡単に気絶させられるなんて、いったいどんな魔法を使ったんだ?」
「(いやただの気絶状態にする魔法だけど)」
優斗に気絶させられた男は、冒険者の三人を除けば上から三番目くらいの実力だったのだ。それが魔法で簡単に気絶させられたので、ほかの男たちは少しビビっているのであった。
「あんな魔法!俺たちには効かねえぞ。あいつの放った魔法はおそらく中級魔法のスタンだ!中級魔法を使えるのは厄介だが、中級魔法なんて魔法使いなら誰にでも使える。俺たちならあんな魔法くらい簡単に抵抗できる。つまりお前の攻撃は俺たちには効かねえぞ!」
冒険者の三人のうちの一人が突っ込んでくる。
どうせ突っ込んでくるなら全員同時に突っ込むのが一番いい方法だろうに、優斗はそう思いながら突っ込んできた男にも魔法を放つ。
「お前は加害者として街に突き出すつもりだからな。こいつとは違って気絶では済まさないぞ」
優斗からすれば遅すぎる速度で突っ込んでくる男に対して、優斗は一言「〈死〉」と唱える。
この魔法は即死魔法であり、これを受けた男は音もなく死んでいった。
「おいちょっと待て……まさか死んだんじゃねえよな。笑えねえ冗談はやめろよ!お前がこんな奴にやられるなんてありえねぇだろぉ!?」
同じパーティーである男が呼びかけるが、当然即死魔法を食らった男はもう死んでいて、その声に返事をすることはない。
もう目の前で倒れている男は死んでいると悟ったのか、その男と同じパーティーの仲間二人が目に涙をためながら向かってきた。
「仲間思いなのはいいことだが、冷静さを欠いて仲間を簡単に殺した敵に無策で突っ込んでくるというのは冒険者として失格なんじゃないか?」
彼らにはまるで冷静さが感じられない。残りの男たちも戸惑っていて、二人に続く者はいない。
男二人の涙ながらの無謀な特攻は、当然優斗の前に敗れ去った。
優斗はせめてもの手向けとして、同じ即死魔法で二人を葬り去ったのであった。