初依頼
「冒険者の朝ってこんな感じなんだな。今日が特別っていうわけではないなら、これから朝はずっとこうなるってことだよな」
「せやなー。てかこれ、かなりひどいくらいの混雑具合やな」
優斗たちは今、リクエストボードの前で今日受ける依頼を選んでいる。
指名依頼のようにあらかじめ受ける冒険者が依頼人によって指定されている依頼以外の、既定のランクさえ満たしていれば誰が受けても構わないような通常依頼はこのリクエストボードに表示されている。
リクエストボードにある依頼は、当然冒険者がそれを受ければリクエストボードから消え、ほかの冒険者たちはその依頼を受けることができなくなる。
リクエストボードの更新は基本的にその日の朝、もっと言うと、冒険者ギルドの営業開始と同じ時間である。それ以外の時間にもちょこちょこ追加されることはあるが、その日受けられる依頼は基本的に朝出ているものだけである。
リクエストボードにその日の依頼が乗るのが朝早くと言うことは、好条件のいい依頼を受けたければギルドの営業開始時間と同時に来て、ほかの人にとられる前に自分の依頼を決めなければならないのだ。そうなれば当然朝は冒険者ギルドが大混雑する。一部の高ランク冒険者を除いたほとんどの冒険者たちは、ある意味朝が一番の勝負時なのである。
現に今も冒険者ギルドは大混雑している。優斗たちも一番下の黒ランクとはいえ、同じ黒ランクの冒険者たちと依頼の取り合いをしなくてはならないのだ。優斗やユズのようにゆっくりしていては、好条件のいい依頼を逃してしまうことになる。一番下の黒ランクとはいえ、依頼条件には当たりはずれがあるのである。
「おいみんな!ちゃんと依頼をとってきたぞ!」
依頼争奪戦に身を投じていたアシュリーが、依頼を勝ち取って優斗たちのもとに帰ってきた。
優斗たちはこの混雑のことを知らなかったのだが、「冒険者初日だし一丁張り切っていくか!」ということで、早めに宿を出たのだ。しかし、当然ほかの冒険者たちも早めに宿を出て依頼を取りに来る。
心の準備をしていなかった優斗たちは面食らったが、アシュリーはその中でも早めに立て直して一人冒険者たちの波に向かっていったのだ。
もう余り物でいいやと開き直って後ろから冒険者たちの様子を見ているユズと優斗、そしていまだにあわあわし続けているクルスとは違い、最初の気合が薄れていなかったアシュリーは頑張ったのであった。
「ありがとうな。それで、アシュリーはどんな依頼をとってきたんだ?」
「俺がとってきた依頼はだな……」
「ちょっと待った!そこの四人、一度俺たちの話を聞かねえか?」
優斗たちが声をしたほうに振り向くと、三人の男たちが下卑た笑みを浮かべていた。
「あんたたちは一体?」
優斗が素性を尋ねると、三人組の先頭にいる男が口を開く。
「おいおい、新人のくせに口の利き方がなっちゃいねえんじゃねえか?俺たちは先輩冒険者だぞ」
男が優斗たちをギロリと睨む。これが彼ら流の挨拶であり、目の前の新人冒険者がどう対応してくるか試しているのだ。
「それはすみませんでした。それで、その先輩冒険者の方々が自分たちに何か御用ですか?」
昨日登録したばかりの優斗たちからすれば、ここにいるほとんどの冒険者たちが先輩に当たる。優斗はめんどくさいからとっと要件を話せとも思ったが、一応冒険者としては彼らが自分たちの先輩にあたることも事実だ。
日本人である優斗には、年功序列の考えも少なからず染みついている。そのため、優斗は目の前の先輩をある程度立てておくことにした。
「まあ新入りだから許してやるよこれからは気をつけな」
男たちは優斗が簡単に謝ったことで、優斗への評価を心の中で数段階下げた。
男たちからすると、この状況で簡単に謝るというのは弱いということだ。仮面で表情が見えないのが残念だが、その下はさぞ自分たちにビビっているであろう、男たちは勝手にそう思い込んだ。
「まあ俺たちが言いたいことは一つだ。俺たちが直々に冒険者の何たるかを教えてやろうと思ってな。そこでだ、ここにある依頼を合同で受けねえか?」
男たちがそう言って見せた依頼は赤級の依頼書だ。
「自分たちはまだ冒険者を始めたばかりですよ。これから初依頼を受けるところなのに、いきなり一つ上の依頼をこなせるでしょうか?」
「問題ねえよ。俺たちは緑級の冒険者だ。これくらいの依頼なんて、足手まといを四人抱えても余裕でこなせるぜ」
冒険者たちが合同パーティーを組む場合、その合同パーティーはランクの高いほうのパーティーよりも一つ上のランクまでの依頼を受けることができる。この場合は青級まで受けられるのだが、男たちが提示したのはそれよりも二段階低い赤級の依頼であった。
「お気持ちはうれしいですが、新人の自分たちのためにあなた方がわざわざ簡単な依頼を受けるというのも悪いです。ここはお気持ちだけ受け取っておきます」
「何言ってんだ。新人育成は先輩の役目だぞ。俺たちだって初めは先輩たちの世話になったもんだぜ」
男はこういうが、その目はこの話を絶対に断らせないと告げている。場合によっては尾行してでもいっしょに行くつもりだと優斗は思った。
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
優斗がそう言うと男たちが再び下卑た笑いを浮かべ、優斗は仮面の下でにやりと笑った。