冒険者ギルド
「ここがこの街の冒険者ギルドか。周りの建物に比べてずいぶん立派なもんだな。さすがこの街、いやこの国一の武力を持つ組織だ」
ブルムンド王国では冒険者ギルドの力がかなり強い。単純な武力面はもちろん、交渉事なども強気にできるという意味の強さだ。
現状この国で多種多様な能力を持つ強いモンスターたちを相手にできるのは冒険者たちだけであり、国や貴族に雇われている騎士団では役不足であることが多い。
国からすると冒険者ギルド及びそこに所属している冒険者が強い力を持っている今の状況は好まないのだが、その冒険者たちがいなければこの国はモンスターたちによって滅ぼされるのだからある程度は仕方ない。
国や貴族たちも冒険者を自分たちの配下に組み込みたいのだが、高位の冒険者になればなるほどその収入は多く、その収入と同じ額を彼らが支払うことはできない。
また冒険者たちは自由を好む者が多く、安定しているとはいえいろいろと不自由なことが増える貴族たちの配下にはなりたがらない。もっとも、ブルムンド王国の貴族に傲慢な者が多いのも冒険者たちが国や貴族の配下になることを敬遠する理由の一つではあるのだが。
そういった理由から、ブルムンド王国の冒険者ギルドが持つ力は強い。
冒険者には荒くれ者が多いため、冒険者ギルドがあるのは一等地(貴族や大商人などの家が密集している場所)ではない。しかし、それでもこの冒険者ギルドの建物は一等地の建物にも負けないくらい大きいものなのである。
「じゃあ入るか」
優斗たちが扉を開けると、二十歳くらいだと思われる美人の受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者として登録をしに来ました」
「かしこまりました。冒険者登録用の窓口はこちらになっておりますので、そのまま席におかけください」
優斗が上を見ると、冒険者登録窓口と書いてある。そのほかにも報酬受け取り窓口や依頼発注窓口など、複数の窓口があった。優斗はたまたまだが、自分の行くべき窓口についていたようである。
「それでは冒険者ギルドについて説明させていただきますが、後ろの御三方はあなたの連れでしょうか?これからあなたと同じパーティーを組む方々と言うことでよろしいですか?」
「ええ、その通りです」
受付嬢はほかの冒険者からも視線を集めるこの異様な四人組に対して何も思うところがなかったわけではなかったが、そこは海千山千の冒険者を相手している受付嬢。そこには触れずに自分の職務を全うする。
「ではまずこの書類にサインをお願いします。この書類にサインをすることで、あなたたちは冒険者として認められます。もしも代筆を頼む場合は、銅貨三枚で承ります。書類にサインをした後でやっぱり冒険者をやめるといっても構いませんが、その場合は書類代として銀貨一枚をいただきます」
「わかりました。ですが、一応その書類を見せていたいただけますか」
「かまいませんよ」
受付嬢は目の前の冒険者志望に対し、さらに違和感を覚えた。
普通こういう場合はすぐにサインする。何しろここに来る者は全員冒険者になりに来ているのだ。
この後に行われる新人冒険者への説明では、受付嬢の言っていることがなかなか理解できなくて時間がかかることはあるが、この段階で時間がかかったのは初めてである。
仮に書類に不備があったとしても、それはこちらの不手際なので彼がチェックすることではない。ここには登録上必要なことが書かれているだけだ。
受付嬢は目の前の冒険者志望が冒険者ギルドに不信感を持っているために書類をチェックしているのかと思い、この冒険者志望への説明は長くなりそうだなと感じた。
「(書き方的には日本とあまり変わらないな。いや、こっちのほうが日本の時よりも比較的簡単にわかりやすく書いてあるか)」
優斗は別に冒険者ギルドを信頼していないわけではない。そもそも優斗はこの国の人間ではないため、書類に変なことが書いてあったとしてもダンジョンに逃げればそれで済む。優斗は単純にこの世界の書類はどんなものなのか興味があったことと、自分がちゃんと文字を読めることの最終確認をしたかっただけである。
優斗たちはこの世界の人たちとも問題なく話せている。だが、文字を見る限りでは日本語とはまるで違う言語扱われていることもわかる。それなのになぜか相手と会話することができ、書いてある文字の意味もわかるのだ。
さすがに文字を書くことはまだ無理だが、それ以外は問題なくできているのである。
優斗は一通り書類を読み終わると、それを受付嬢に渡して代筆を頼んだ。
「わかりました。それでは四人のお名前教えてもらえますか?」
受付嬢は散々書類を読んでおいて代筆を頼む優斗を奇異の目で見たが、彼らのすることにいちいち突っ込んでいては日が暮れてしまうと思い、素直に優斗の言うとおりにした。
「俺の名前はノームだ」
「なら俺はリアで」
「うちは……ほんならうちはアキちゃんにするで。ああもちろん登録名はアキやで。アキちゃんで登録しんといてな~」
「なら僕はムーでおねがいします」
「かしこまりました。それではそのようにさせていただきます」
受付嬢は何人か、下手したら全員が偽名なのかなと思ったが、それを口に出すことはない。なぜなら偽名で登録するものは珍しくなく、優斗たちのように冒険者は様々な理由で登録名に偽名を使うことがある。
冒険者ギルドは基本的に冒険者個人個人の事情には踏み込まない。ギルドからすれば仕事さえちゃんとやってくれればかまわないのだ。犯罪歴などは念のため調べさせてもらうが、それに問題がなければどんな名前でもギルドは何も言わないのだ。
「それではこれで登録完了です。では次に、冒険者ギルドと冒険者について説明いたしますね」
受付嬢はこれまで数々の新人冒険者にしてきた、もはや忘れたくとも忘れられないといえるほど覚えている、新人冒険者への説明を行った。
まず報酬についてはギルドがあらかじめ依頼料から二割を依頼内容に関する調査費と仲介料としてとっており、冒険者には実質残りの八割が支払われることになる。
ギルドを通さずに受けた依頼ならその二割を取られなくても済むが、その場合依頼者とトラブルが起こった場合でも冒険者ギルドは一切関与しないということだった。
次に依頼に失敗した場合だが、失敗したからと言って何も請求することはない。そして当然、怪我したりしたからと言って何か手当が出るわけでもない。
しかしもしギルドによる調査ミスなどがあった場合は、依頼の成否にかかわらずギルドが迷惑料としてふさわしい額をいくらか支払うということだった。
最後にランクの話だが、これは事前に知っていた通り黒<赤<緑<青<銀<金<白金の七段階であり、ランクはパーティーの功績などによって上がる。
受けられる依頼はランクによって決まっていて、登録したばかりの優斗たちは当然黒ランクであり、受けられる依頼もそれ相応に難易度の低いものに限られているということだった。
受付嬢はマニュアル通りに長々と話していたが、すべてを要約するとこういうことである。
「何かわからないところはございませんでしたか?」
「今のところないですね。冒険者をやっている中で何か疑問が出るかもしれませんが、そういう場合は後から聞いてもよろしいんですよね?」
「もちろんでございます」
受付嬢は前にいる優斗を見るが、仮面によってその表情がわからない。表情によって本当にわかっているかどうかは経験からある程度判断できるのだが、それがわからないのではどうしようもない。
受付嬢は「まあわからないことがでてきたら後で聞くと言っているんだしいいか」と思い、優斗たちにそれ以上確かめることはなかった。
冒険者は自己責任だ。受付嬢はちゃんと説明したし、彼らにわからないところがないかもちゃんと聞いたのだ。それで死んだのならそれまでだったということだろう。冷たいようだが、それが冒険者と言うものなのである。
「じゃあ最後に、おすすめの宿なんてありますか?」
「ありますよ。あなたたちはもうパーティーメンバーが決まっているうえに女性が多いですから、こちらの宿がおすすめですね」
「わかりました。ではそこにさせていただきます」
優斗は受付嬢に書類代と代筆代、それに登録料を払った後に自分の冒険者カードをもらい、冒険者ギルドから出た。幸いと言うべきか冒険者ギルドで絡まれることもなかった優斗たちは、受付嬢に教えてもらった道順をたどり無事彼女に紹介された宿につくことができた。