竜の里 22
「やっぱりこれで終わり……とはいかないか」
地竜王が大きなダメージを負っているのは間違いない。先ほどまでと比べると明らかに体がボロボロであり、ところどころ鱗がなくなっていたり割れたり傷ついたりしていて、さらに血も流している。
そのようにダメージを負ったことはまるわかりであるのだが、それでも地竜王はいまだに空中にいて、その眼にもまだまだ力が残っている。
つまりダメージは負ったが、まだギブアップするにはほど遠いということの表れでもあった。
「一応俺の切り札の一つだったんだが……」
優斗の使った魔法は神級魔法、つまり『インフィニティ』における最高位の魔法であり、使用する魔力量も多いがそれに比例して強力な威力を誇る魔法だ。
さらに優斗が施した属性付与竜殺しと魔法超強化を加えることによって、その魔法はさらに強力な威力を持つことになる。
優斗の使った属性付与は相性がよっぽど悪くない限りどんな属性でも付与できるスキルであり、敵の弱点にあたる属性を付与することによって与えるダメージを増加させるためのものだ。
例えば今回の場合は敵がドラゴンだったため、魔法に竜殺しの属性を付与することで与えるダメージを増加させた。その他にも悪魔殺しやエルフ殺しなどがあり、一日の使用回数制限があるもののうまく使って敵により大きなダメージを与えることができる。
そして魔法超強化はその名の通り魔法の威力や範囲を大きくするスキルであり、その強化は倍率によるものなのでより強力な魔法を使うほど効果が出てくる。つまり今回のように神級魔法に使うことによって、このスキルが最大限の働きを行うことができたのだ。
神級魔法にこの二つのスキルを重ね掛けするのは優斗の切り札の一つだ。うまく使えば250レベル以上の相手に一撃で勝つことも不可能じゃないほどのコンボであり、優斗も切り札の一つとして自信を持っていた。
「しかしこれだけで終わらないのは想定内だ」
優斗は敵が態勢を整える前に魔法でさらに追撃を始める。
「〈千本の槍!〉」
優斗の周囲に千本もの槍が出現し、それが一斉に地竜王のもとに向かう。最初の状態、つまり健康な状態の地竜王ならば自慢の鱗ではじき返せたであろう槍だったが、鱗も皮膚もボロボロになってしまった今の彼では普段以上にダメージを負ってしまうことは避けられなかった。
「まだまだいくぞ!〈水龍!《ウォータードラゴン》〉」
水で作られた龍が地竜王に正面からぶつかっていき、地竜王はその衝撃で少し後ろに下がってしまう。
「反撃の暇は与えん!〈二頭の雷龍〉」
今度は二頭の雷でできた龍が地竜王に巻き付いていく。ひとつ前に食らった水龍により衝撃だけでなくずぶ濡れにもされていた彼は、それを受けてさらに苦しみだす。
優斗も本当はもう一度神級魔法を、そしてできるなら先ほどと同じスキルを重ね掛けして地竜王にぶち込みたいところだが、それをするとなるとある程度の時間がかかってしまうため、今は超級以下の魔法を使い地竜王にダメージを与えていく。
皮膚も鱗も損傷が見られ、また優斗の攻撃によりその損傷がさらにひどくなっていくため、それに呼応して地竜王の受けるダメージは大きくなっていく。
「〈龍雷撃!《ドラゴンライトニング》〉、〈重力球!《グラビティーボール》〉、〈核爆発!《ニュークリアエクスプロージョン》〉……」
優斗は容赦することなく魔法を放っていく。雷や核爆発など魔法によって引き起こされる様々な現象がすべて地竜王に向かっていく。これはある意味爽快であり、優斗は自分がものすごい巨大で強大な、それこそ前世だったら自分はおろか車や戦車すらも容易につぶせるような存在相手に圧倒していることに快感を覚えており、自制しようと努力をするのだがついつい調子に乗ってしまい、今の状況ではあまり有効ではなく効率が良くない魔法もいくつか使ってしまっていた。
「次は……!?危ねえ!!」
優斗は急に地竜王から飛んできた石、おそらくは魔法によって放たれたであろう弾丸のような速度を放つ石を間一髪躱す。調子に乗って魔法を使いつつもその性から敵の反撃の可能性も考慮に入れていたため、魔眼やその身体能力も相まってぎりぎり躱すことができた。
「やるではないか!我をここまで追い込むとは!!」
優斗は魔眼により敵の残体力を読みとることができる。それはこの世界でも有効で、ゲームのころほどはっきりとは表示されないまでも、あとどれくらいで目の前の敵が死ぬのかは把握することができた。
「そういうお前は後もう少ししたら死にそうだな。あれだけ体力があったお前でも、さすがにこれほどの魔法を食らえばそうなるわな。
まっ、そこまでもっていくのに俺もけっこう魔力を使っちまったがな。でも、それもあと少しで終わりだろ?」
「フハハッ!よく見抜いておるわ!!」
地竜王はなぜかうれしそうに笑う。
「これから死ぬかもしれないのになんでそんなうれしそうなのか知らねえが、こっちだってダメージは負っていないとはいえけっこう命がけで厳しいんだ。そろそろ終わらせてもらうぜ」
優斗は再度魔法を放ち地竜王にダメージを与えていく。そして地竜王の体力がそろそろ切れそうだと判断しとどめにもっていこうとするが、その目論見は地竜王のある行動によって阻まれた。
「頃合いだな。〈脱皮!〉」
地竜王がそう言うと、ボロボロであったはずの彼の体が、元通り戦闘開始のようなきれいで力強い体になる。
また脱皮に伴って体力も元通りになっており、戦いはまさに振出しに戻った。いや魔力の消耗がある分、むしろ優斗が不利な状態から再スタートしてしまった。
「脱皮か……、確かにドラゴンも脱皮することがあるみたいだから脱皮してもおかしくないが、体力は全快しちゃうんだな」
優斗はドラゴンには脱皮する個体があることを知っている。と言うのもダンジョンモンスターにいるドラゴンには成長過程で脱皮する個体とそうでない個体がいるからだ。しかし脱皮することで地竜王の体力が前回になったので、これまでしてきた努力がすべて無駄になったような気分になり、戦闘中にもかかわらずショックを隠せないでいた。
「そんなに落ち込むことはないぞ。我に〈脱皮〉を選択させるのだ。十分に誇ってよいぞ」
「その脱皮はスキルによるものか?それとも自然に脱皮したのか?」
「もちろんスキルによるものだ。一部の例外を除き竜王になれるのは完全に成熟した個体のみだからな。成長過程で脱皮が必要だった個体でも、大体竜王になる前に脱皮をする時期は終えておる」
「つまり脱皮することで体力を全回復させるスキルと言うことか……」
「その通り!我ながら素晴らしいスキルであろう?」
地竜王は胸を張って答えるが、戦っている優斗からすれば冗談じゃないと叫びたくなるようなスキルだ。さすがに使用制限がある、と言うか使用制限があると思わなくては戦えなくなるようなスキルであり、優斗はどうすれば打開できるのか頭をフル回転させていた。
「……やるには何とかして脱皮を使えないようにするか、もしくは脱皮する暇を与えないような連続攻撃や高威力攻撃で仕留めるしかないか」
「何をぶつぶつ言っておるか知らんが、安心してもいい!我がこのスキルを使えるのは一週間に一回なのだ!!つまり後一週間以内に我を倒せれば脱皮を使わせる暇もなくなるぞ!」
地竜王は冗談めかして笑いながら言う。自分が負けるとは思ってはいないが、仮に負けるとしてもさすがに一週間もかかるはずがないことくらい理解しているのだ。
「……それが本当ならいいがな」
優斗だって本当ならこんな相手と、それも一対一で戦うなんて御免だ。しかし今の状況ではそんな泣き言を言ったからといって、ここから逃げられるわけでも援軍が来てくれるわけでもない。
「……結局あれが嘘だろうが本当だろうが、そんなこと関係ないような戦い方をせざるを得ないんだよな」
「我もここからは本気で行くぞ!先ほどまではスキルも魔法もほとんど使わずに戦ってきたが、これからは全力で行かせてもらう!!」
地竜王には脱皮して体力を全回復する手段がある。そのため最初はスキルや魔力の消費を抑えて戦い、反対に優斗にはできるだけたくさんスキルと魔法を使わせることでその使用可能回数を減らそうとしていたのだ。
実際優斗はスキルこそあまり使ってはいないがその代わり魔力はかなり消費してしまっており、今のままだとこれからもう一度本格的に戦うには少し心もとなかった。
「覚悟せよ!!」
地竜王は息を大きく吸い込んだ後、優斗に向かって口から大きな岩を次々と放出する。
「……そう都合よく待ってはくれないか。しかし俺にはまだこれがあるからな。一応まだやれることはやれるんだよな」
優斗に限らず魔力を持つ者には魔力の自然回復が行われる。魔力が自然回復するには睡眠などのように休むことが一番効率がいいのだが、とは言え戦闘中でも時間とともに一定量ずつ回復していく。
優斗の魔力回復量は『インフィニティ』の中でも驚異的である。その理由は二つあって、まず一つは単純にレベルが高いことだ。レベルの上昇とともに魔力量は増加していき、それと比例して魔力回復量も増加していくのだ。
そして何より大きいのが優斗の持つマジックアイテムだ。それは優斗が装備しているIRの腕輪であり、この腕輪が優斗の魔力回復に対し非常に大きなサポートをしてくれるのだ。
この腕輪の能力は二つある。一つは魔力を自然回復するときやポーションを飲んで回復したりするときに、この腕輪をつけていることによってその回復量が段違いに上昇すること、特に魔力の自然回復に関してはものすごい効果を誇っていることだ。その能力によって、優斗は普通の魔法使いとは一線を画すような速度で魔力が回復していく。
そして二つ目の能力は余分な魔力を保存しておけることだ。戦闘中はともかく平時では魔力を使う機会が少ないので、その時に余っている魔力を腕輪に保存しておくのだ。例えば魔力の自然回復量が100だとして、普段から身を守るために使っている魔法の維持に50、そして残りの50を腕輪に保存しておけるのだ。もちろん腕輪に保存しておける魔力には限界量があるのだが、IRであるためかその量が非常に多い。
腕輪に保管しておいた魔力はいつでも使用することができる。もちろん腕輪の魔力を普段使いにするはずがなく、こういった緊急時などに使用するのだ。現在腕輪には魔力が限界まで保存されているので、不安はあるがその魔力を使えばまだ魔法で戦うことはできた。
「……さすがにこのままやられるわけにもいかねえよな」
優斗はそう言いながら、自分に向かってくる岩を躱したり魔法で防いだりした。