竜の里 19
「くそっ、ここはいったいどこだ?」
いきなり正体不明の何かに吸い込まれた優斗は、周りを見て自分が現在どんな場所にいるのか情報収集をしようと試みる。
「ここは我の住む特殊な空間の中だ。勝手だがお主たちを案内させてもらった」
「誰だ!?」
声をしたほうに顔を向けると、そこには巨大な一体のドラゴンが存在していた。
「我は見てわかる通りドラゴンだ。普段ならどうせこれから死ぬのだからその者に対してわざわざ名乗ることなどせんのだが、神のおもちゃであるお主には特別に教えてやろう」
ドラゴンはそう言うと、一度大きく息を吸い力のこもった声で答える。
「我が名はアース!誇り高き地竜にして、竜神様から地竜王の称号をもらいし竜王の一角である!!」
巨大なドラゴンであるアースの大声は普通の人間の比ではなく、その声の大きさとドラゴンだから出せるであろう威圧感は今の優斗ですら少し気圧されるほどであった。
「気になることはいくつもあるが……、とりあえず今一番大事なことを聞いておこうか。ここはお前が住む特殊な空間だと言っていたが、具体的にはどのような空間なんだ?」
自分の配下たちがどうなったか、自分が神のおもちゃとはどういうことか、竜神の存在や竜王と言うのはどれほどの地位なのかなど聞きたいことは多々あったのだが、とりあえず優斗は今の自分が置かれた状況を把握することを最優先にしていた。
「そう警戒することもないぞ。我の住む特殊な空間と入ったが、この空間自体には何ら特殊な効果などは発生しておらん。我がお主をこの空間に呼ぶメリットとしては、我が全力で暴れても外には一切影響が出ないことと、お主をここから逃げられないようにすることぐらいだ。それ以外には我にもお主にも有利な条件は一切働かんぞ」
「そうか……」
もちろん優斗は敵である存在が言うことを全面的に信じることはしないが、それでも今のところ目の前のドラゴンが言うことは正しいと言わざるを得ない。
この何もない空間から何らかの特殊効果を受けている感じはほとんどせず、唯一感じるのは転移魔法などを使いこの空間から脱出する手段が封じられているような感覚だけだからだ。
「つまりここから脱出するには、俺をこの空間に引き込んだお前に出してもらうしかないということか?」
「それか我を殺すかだな。我を殺せばお主がこの空間から出ることができる。我が殺されてしまえばこの空間が維持されることがなくなり、この空間にいるすべての存在が外に押し出されてしまうことになるからな」
「空間の消滅と同時に死ぬわけではないのだな?」
「そこまで厳しい条件ではない。もっとも、お主がここから出るには我を殺さねばならんがな」
「だろうな。でないと、わざわざ俺を無理やりこの場に呼び出した意味がねえ」
優斗は地竜王の存在を確認してから、もっと言うとこの空間に放り出された時点から警戒を絶やしていない。敵がこの空間に放り出された自分に対し、いきなりのことで混乱している隙をついて攻撃してくる可能性を考慮した警戒だ。
この警戒は当然地竜王と話している最中も行っており、いつでも目の前のドラゴン、もしくは潜んでいたり後から来るかもしれない敵の援軍と戦う準備はできている。
しかし優斗にもまだまだ地竜王から聞き出したいことがある。そこで優斗は敵が何らかのアクションを起こし戦闘が始めるまで、できる限り目の前の存在から情報を得るという方針を定めた。
「まだ聞きたいことがあるが構わないか?」
「いくらでも構わない、と言ってやりたいところだが、それだと際限なくなってしまいそうだ。お主には特別に三度、今一つ答えたから後二つまでは質問を許すぞ」
「そうか。だったら、お前の弱点や能力を教えてもらおうか。もちろん、地竜王の誇りとやらの誇りにかけて嘘はつかないでもらいたいが」
優斗は笑いながらダメもとで質問する。普通なら自分の弱点を問われて答えるなんてことは絶対にしない。しかし相手は自分とは価値観が違うであろう存在であり、また態度の節々にどこか驕ったところも見える存在だ。
もし仮に本当のことを言われたとしても完全に信じることはできないが、それでもこれから始まるであろう殺し合いにおいて参考の一つになるのは間違いない質問であった。
「面白い挑発だ。しかし我にも質問に答えない権利というものはあるからな。これから戦う相手にそんなことは教えられんよ」
「(やっぱだめだったか)だったら俺の仲間や配下たちが今どこで何をしているのか教えてくれないか?これは今から戦う相手にも答えられる質問だろう?」
「当然だ。お前の配下たちは現在この空間にはおらず、元の空間、つまり洞窟の中にいるぞ。今は……、自分たちの身に何も起こっていないこととお前がいないことに混乱しているようだ。残念ながらお前にこの映像は見せてやれないがな」
「洞窟の中に!?あいつらも一緒にこの空間に吸い込まれたはずだ!?」
「その質問は四つ目だが……まあいい、二つ目の質問に答えてやれなかった代わりに教えてやろう。お前の配下たちは確かに強い。特にあの三人がお前と協力して我と戦ったなら、竜王の我でもさすがにかなり苦戦してしまうだろう。竜王として情けない話ではあるのだが、勝つために彼女たちはこの空間に引きずり込まなかったのだ」
ドラゴンは少し恥ずかしそうに訳を話す。その答えを聞いた優斗は、いよいよもってやばくなってきたと焦燥感を募る。
もしかしたらシルヴィアたちが援軍として後から来てくれるかもと少し期待していた優斗だったが、この答えを聞きその可能性は限りなくゼロに近いことを悟る。
『おい!聞こえるか!?』
『…………』
「ちっ!やっぱだめか」
優斗は〈念話〉での連絡も試みるのだが、残念ながら通信も遮断されているようである。この空間が外部とは一切の接触を断たれている場所だと思い知った優斗は、覚悟を決めて目の前のドラゴンを鋭く睨む。
「ほう。ようやく我と戦う気になったようだな」
「他にも質問したいことは山ほどあるんだがな。どうやらこれ以上は答えてくれそうにねえな」
「左様。お主との問答の時間はすでに終了した。もしもまだ知りたいことがあるのなら、これ以上は我に勝ってから聞け。我も死の間際となればいろいろ口が軽くなってしまうかもしれんぞ」
「そうかい。なら、とっととケリつけてやろうじゃねえか!」
この会話を皮切りに、優斗対地竜王の戦いが始まった。