竜の里 18
「……お前たちか、我々と友好を結びに来たという者たちは」
開けた場所に出た優斗たちに話しかけてきたのは、人間でいう三十歳前後の見た目を持つ、おとなしそうな男の竜人である。
優斗たちを案内した老婆の言うことが嘘でなければ、彼こそが竜の里の現里長であることに、疑いようはなかった。
「あなたが竜の里の里長……、ということであっているか?」
「ああそうだ。君たちを案内してきた先代里長から、三百年近く前にこの立場を譲り受けたよ」
「それならよかった。どうやら俺たちの要求もすでに伝わっているようだから、早速話し合いといこうじゃないか」
優斗はそう提案するのだが、肝心の里長のほうはゆっくりと首を横に振る。
「確かにそういうのもありだとは思うが、恥ずかしいことに私はあまり辛抱強くないほうでね。下手な演技で油断を誘うというのも面倒だし、そもそもあの方がもう我慢できないようなんだ。
だからわざわざここまで来てもらったところ悪いんだが、君たちと友好のための話し合いなんて言う、無駄な茶番を行うつもりはないよ」
里長の言葉に対し、優斗たちにはいくつもの疑問が出てくる。しかしそれを一つ一つ聞き出そうとしても、里長はそれに答えてくれるような雰囲気ではないので、優斗は代表して唯一理解できたと言っていい答えが、正しいかどうか目の前の男に確認する。
「一つだけ確かめさせてくれ。つまりお前たちは俺たちと敵対する、ということでいいんだな?」
「その通り。私たちは君たちと敵対すると言っているんだよ」
里長は迷いのない目でそう答える。
「お前の言いたいことはよーくわかったよ。しかし俺が見たところ、この場にはお前一人しかいないようだ。お前は一人で俺たちに勝てると思っているのか? それとも実はこの場にたくさん竜人がいて、いつでも俺たちに襲い掛かれるよう準備でもさせているのか?」
優斗は魔眼を使って周囲を見るが、その眼にはこの場に誰かが隠れているようには見えない。
念話でシルヴィアたちに確認してみても、彼女たちの目にもそういった存在は見つからないようなので、もし隠れているのだとすれば、自分たちの目を掻い潜るほどの、よっぽど隠れるのがうまい者が潜んでいることになり、それほどの存在が複数名いるなら、場合によっては優斗たちでは対処できない可能性もあった。
「安心してくれたまえ。この場には、私以外の竜の里の民が隠れているなんてことはないよ。先代里長が君たちに言っていたかどうかわからないが、この洞窟には入れるのは基本的に里長である私だけで、君たちを仕留めるためだけに、特別に住人たちをたくさん潜ませておくようなことはしないさ。簡単に言いうと、この場にいる里の民は私一人だよ」
「つまり竜の里の住民以外の強者を潜ませているのか?」
優斗たちを案内してきた老婆は、里の外部から来た優斗たちが洞窟に入るのは大丈夫だと言っていた。
「ああ! それも先代に聞いていたんだね。でもそれについても心配することはないよ。私は誰もこの洞窟に連れてきてはいないし、もちろん後から時間差で洞窟に入れるなんてこともしないさ」
「だとしたらなんだ? もしかしてお前一人で、俺たち全員を殺せると思っているのか?」
優斗は里長を鋭い目で睨むが、どう見ても一人で自分たちを皆殺しにできるようには見えない。それどころか、自分との一対一でも里長のほうに勝機があるようには見えなかった。
「それもないね。君たちを直接見てわかったよ。君たちがダリウスたちを倒したのは、まぐれでも卑怯な手を使ったからでもない。純粋に君たちの実力によるものだとね。
生きている時間が倍以上なだけあって、僕は一応ダリウスよりも強いんだけど、正直戦いの才能という点では僕のほうが劣っていてね。差はほとんどないし、このままだと後百年もしないうちに抜かれちゃうんじゃないかな?」
「まさかこの洞窟ごと崩壊させるのか?さすがその程度では死んでやれないぞ」
「それも違う。もっと言うのなら、そもそも僕が君たちと戦うわけじゃないんだよ」
「全員気をつけろ!!」
優斗は大声を上げ全員に警戒を促す。里長と話した結果優斗の推測では、この洞窟には何か罠が仕掛けてあり、それを発動させることで、里長は優斗たちを殺すか捕らえるかしようとしている。
当然甘んじてその罠を受けるわけにはいかないので、全員いつでも逃げられる準備だけはしていた。
「逃げられるものなら逃げてみてください。入口に向かって走るなり、転移魔法で逃げるなりしても構いませんよ。もちろんそれができればの話ですがね」
里長が挑発するように言ってくる。
「だったら試してやろうじゃないか」
優斗はダンジョンモンスターの一体に、転移魔法を使いここから脱出するように命令する。その命令を受けたダンジョンモンスターが転移魔法を使うのだが、どういうわけか転移魔法は発動せず、その者もその場からまったく動いてはいなかった。
「転移魔法が使えないのも本当か……。だったら話は簡単だ。事情を知っているお前から、強引にでも聞き出せばいいんだろ? さすがにこの戦力差だ。お前も勝てるとは思っていないんだろ?」
「ええ、さすがに私があなたたちに勝つこともできなければ、反対に自力で逃げることも難しいでしょう。どうやらそちらも、敵の転移魔法を封じることができそうですしね」
「そうだな。お前を捕まえて、強引にでもここからの脱出方法を聞き出すつもりだ。だから今のうちに聞いておくぞ。今すぐ俺たちをここから出すか、もしくはここからの脱出方法を話すか、どちらかを行えば痛い目を見ずに済むぞ」
優斗の脅しに対し、里長は屈するでも歯向かうでもなく、先ほどよりも穏やかな目で返答する。
「私は逃げも隠れもしませんが、残念ながらあなたたちは、もう私とは会えなくなる運命にあります」
里長がそう言うと、優斗たちの体が光り、どこかから吸い込まれているような感覚に陥る。
「好きにやらせてたまるか!!」
優斗たちはその吸い込まれるような感覚に抵抗する。しかしその抵抗もむなしく、優斗たちの体は何かに吸い込まれてしまった。
「……ご健闘を祈りますよ。まあどれほど健闘したとしても、それであなた方の運命はまるで変わらないでしょうが」
一人になった里長は、さっきまで優斗たちがいた場所に向かって、静かに両手を合わせていた。