伝言
「あんのクソガキ、次あったら覚えてろよ!って、やっぱこれ夢じゃないよな」
優斗が目を覚ますと、そこは見たこともない洞窟の中であった。優斗としてもこれで起きたら自分の部屋の中とかだったら夢で済んだだろうが、さすがにここまでくるとあれが夢だとは到底思えない。もしかしたらここが地球の洞窟で、あの少年を含めた人たちが変なことを仕組んでいる可能性はあるが、それをわざわざただのゲーム好きの会社員である優斗にする意味が分からない。
「イテッ!べただが、やっぱり頬をつねってみても痛いな。そうなると、ここは本当に異世界なのか?そんでもってなんで転移先が洞窟の中なんだ?まあ即死であろう海中とか溶岩の中とかじゃないだけましだが、一体ここはどこなんだ?」
「えっと、ここはこの世界のダンジョンのなかです。あなたはこのダンジョンのダンジョンマスターとなったのです!」
優斗が声がしたほうに振り向くと、そこには五歳くらいの幼女が元気いっぱいに立っていた。
「えー、君があのクソガキの言ってた、ここの詳しいことを教えるために用意しておいた人とやらかい?」
「はいそうです!より正確には、このダンジョンと呼ばれるものの説明を司る者といえます」
「ダンジョン?ダンジョンっていうのは一体どういうものなんだい?」
優斗がそう聞くと、その幼女は洞窟の奥にある一つの大きい球を指さしてから答えた。
「はい!ダンジョンというのは、そこにあるダンジョンコアが外部の価値ある物を取り込んで、その価値に応じたDPを得られるというものです。そしてそのDPによって、ダンジョンコアからいろいろなものを得ることができるのです!」
「(うーん、この子の話を聞く限りでは俺が漫画やラノベなどで見たことのあるダンジョンに近いようだが、念のためもっと詳しくいろいろ聞いてみたいな)」
優斗はこれまでの経験から、勝手に理解したつもりになって行動することの愚かさを知っている。それにここは向こうの言葉が正しければ完全に優斗にとって未知の世界だ。ダンジョンのことはもちろん、それ以外のことも聞いておきたいと考えていた。せっかくいろいろ教えてくれる人がいるのだ。優斗はさらにいろいろ聞いていくこととする。
「価値があるものっていうのは具体的になんだ?」
「はい!価値あるものとは、例えば金属とか農作物、あとは肉体とか魂とかそういうものです。それと地脈から得るエネルギーもそうですね。もっとも、今のダンジョンの広さではそれはないに等しいです。地脈から得るエネルギーは、その地脈のエネルギー量とダンジョンの総面積とに比例しますから」
この幼女は説明役という言うだけはあって、あの少年とは違って優斗の質問にはちゃんと答えてくれるようであった。
「他のはなんとなくわかるが、魂っていうのはどういうことだ?」
「えっと、例えば生物が死んだら肉体と魂に分かれますよね。つまりその魂のことです」
「生物は死んだらそれで終わりだろ?魂なんてもんが存在するのか?」
優斗は無神論者である。死後の世界とか魂とかの存在をまるで信じてはいない。そんな彼からすれば、魂なんて概念はよくわからないのである。
「とにかく存在するんです!それで死んだ生物をダンジョンコアに捧げる場合、肉体と魂は別々にカウントされるんです」
「それってつまりこういうことか?例えば生物の死体をダンジョンコアに捧げようとした場合、魂だけ捧げてその肉は食用にしたり、逆に肉体は捧げて魂は何かに使うといったことができるってことか?(まあ魂の使い道なんて知らないが)」
「そういうことです」
なぜか偉そうにする幼女を見ながら優斗は思う。
「(ここは異世界なんだろ?それなら、よくわからない概念があってもとりあえずそのことには突っ込まずに話を聞こう。この子の話をうのみにするわけではないが、それでも話を聞くこと自体に損はないはずだ)」
優斗は結構適応力や理解力はある。彼が幼いころからネットゲームにはまりまくっているのになんとか大学に合格して無事就職もできた理由は、この適応力と理解力のおかげでもあった。
「そのDPを使って何ができるようになるんだ?」
「DPを使えばいろいろできますよ。例えばモンスターを召還したり、ダンジョンの階層を増やしたり大きくしたり、あとは環境の変更とかもできますよ」
「環境の変更ってのはなんだ?」
「例えばその階層を極寒地帯にしたり、逆に真夏以上の温度にすることができます。ほかには階層全体を湖や森にしたりすることも可能です。もちろん、そういったものにするにはDPを多く使う必要があるのですが」
「そういえば俺のことをダンジョンマスターと言っていたな。だが俺はそんなものになった記憶はないぞ。いつの間に俺がここのダンジョンマスターになってたんだ?」
「はい。野村優斗様、あなたはわが創造主たるお方によって、このダンジョンのマスターに選ばれたのです」
幼女の雰囲気が大きく変わった。今までも外見とは不相応に落ち着いていたが、今のこれはその比ではない。優斗はその変わりように若干気押されてしまっていた。
「君の言うわが創造主とは、俺がここに来る直前に会ったあの少年で間違いないんだな」
「そうです。あのお方についての情報を教えることは禁則事項ですが、あのお方からあなたへの伝言は預かっております」
「ぜひ聞かせてくれ」
優斗はあの少年のことが好きではない。だがその少年が自分をこの地にやった張本人だと思われる以上、その張本人からの伝言なら聞いておいたほうがいいと判断した。
「はい。「このダンジョン、そして目の前にいる子をどうするかは君の自由だ。このダンジョンコアと君の命が繋がっているなんてことはない。ここから出て外に行くでもいいし、ここに籠もるでもいい。とにかく自由に生きて☆」だそうです」
「そうか(結局あの時言った内容とほとんど変わらねえじゃないか!まあ、ダンジョンコアと命が繋がっていないことは朗報だな)」
優斗には今すぐ目の前の幼女やここに来る原因となった少年の言うことを全面的に信じるということはできない。しかしそんなことばかり言って何も信じることができなければ、結局何の行動を起こすこともできないだろう。少年の目的は謎だが、優斗がここにいるのは間違いなくあの少年の差し金である。それならば彼らの言うことをある程度は信じよう、というかそうしないと何の行動も起こせないと考えていた。
「これであのお方からの伝言は伝えました。そして、私はダンジョンのこともある程度あなたに説明しました。あなたはこれから一体どうしますか?このダンジョンに住みますか?それとも、外に出ますか?」
幼女が優斗に対して問いかける。そして、その表情は真剣そのものである。
「俺はこれから……」