竜の里 15
「お主ら、ダリウスたちはどうしたのじゃ?」
優斗たちが竜の里に入ると、一人の老婆が優斗たちに話しかけてきた。
「ダリウス?それは俺たちをお出迎えしてくれた竜人の中の一人か?」
「そうじゃ。おそらくはお主たちを出迎えた中で、一番体の大きいやつがそうじゃ」
「そいつなら里の入り口付近でのびてるぜ。ずいぶん派手なお出迎えをしてくれたもんだから、俺のほうもついつい気合が入ってしまったんだ」
老婆は優斗の言い分を聞いて、里の入り口付近に向かったダリウスたちがどうなったか悟った。
「なるほど……、お主らはそれほどの腕前か。あやつは頭のほうは少し残念じゃが、その代わりずば抜けた肉体の強さを誇っておったはずなんじゃが……。仮にお主らが卑怯な手であやつを倒していたとしても、少なくともそれができるというだけでなかなかの力を持つことになる。
そしてもしもあのバカを正面から打倒したのじゃとすれば、お主らは要警戒に値するほどの力を秘めておるということじゃな」
老婆は目を細め警戒の色を強くする。体は老いていて先ほどの竜人たちほどの強さは感じなかったが、それでもその瞳からは老練な強さを感じ取れた。
「どうだったかはダリウスとやらに直接聞いてやってくれ。そいつだけでなくほかの竜人やリザードマンたちも生かしてはあるから、早いとこ回収してやったらどうだ?」
「ダリウスたちを殺してはおらぬのか?」
老婆は意外そうな顔をする。
「殺してはいない。もちろん四肢の切断や視力聴力を奪うなどの後遺症が残るようなダメージも負わせていない。もし負っていたとしてもわざとではないし、その数も重度も低いはずだ」
「ありがとう……とでも言っておけばいいのかのぉ?」
「確かに感謝はされてしかるべきかもしれないな。なんたって先に竜の里から攻撃を仕掛けてきたんだからな」
老婆はまた少し目を細めるが、すぐ元に戻し会話を続ける。
「お主たちとあやつらが外で戦った件は竜の里にとっては予想外のことじゃ。もちろん里の一員であるダリウスたちが迷惑をかけたことは謝るが、この件について里は一切関与しておらず、儂らからすれば予想外もいいところじゃよ。
今回収しているダリウスたちが意識を取り戻したら当然お主らに謝罪させるが、里にできることはそれが限界じゃよ」
「ダリウスとやらが里の一員である以上、彼のしたことは里のしたことでもあるのではないか?」
「里の者が里の方針や思惑に従わず行動することはよくあることじゃ。街や都市ほど大規模ではないとはいえ、さすがに里の者すべての言動を制御できるほどの体制は整っておらんからな」
しばしの間視線をぶつけ合ったのち、これ以上は平行線で終わると考えた優斗が話題を変更する。
「まあそのことは後からまた話せばいい。こちらも要件はあったんだが……、先ほどの様子からして受け入れてもらえそうもないな」
「そうとも限らんぞ。あやつらの言っていたことはあくまであやつら個人の意見であり、里の総意ではないのじゃ。お主の要件が何かは知らんが、内容によってはもしかしたらその要件が通るかもしれんぞ」
「なら言ってみようか。我々はもともと、この里と自分たちのコミュニティーの間で友好を結ぼうと考えて来たんだ」
優斗はわざとらしい笑みを浮かべてもともとの要求を話す。優斗としてはこの里と友好を結ぶことはおそらく不可能、仮に結べたとしても自分たちを含めて両方とも強い警戒を持って交流を行うことになるだろうと予測することができた。
「もちろん賛成じゃ。儂も竜の里も好んで戦争がしたいわけではないからのぉ。貿易などの話になるといろいろ煮詰めていく必要があるじゃろうが、友好を結ぶだけならば反対したりはせんよ」
「(このババア……一体どういうつもりだ?)」
ダリウスたちの態度からして、竜の里がそう簡単に友好を結ぶとは思えない。優斗の目にはダリウスたちが里の意向を全く無視した主張を行っているようには見えなかった。
百歩譲ってダリウスたちが本当に里の意向を無視した行動をとっていたとしても、そもそも訪問者が来たのにそんなことをする輩だけを寄こしたりはしないだろう。それにこの老婆はダリウスたちが向かったことを知っていたにもかかわらず、現場に誰も寄こすことはなかった。
おそらく竜の里は優斗たちと友好を結ぶことなど反対で、下僕扱いならともかく対等な立場にいるとは全く思っていないはずだ。
仮に優斗たちがダリウスたちを倒した現場を見ていたとしても、それだけで意見が簡単に変わるとは思えないし、そもそもこんな短時間で意見を翻すことはできないはずだ。
「そういえば聞いていなかったが、あなたのこの里における立場どれくらいのものなんだ?」
「儂か?儂は竜の里の長老であり、里長の相談役といったところじゃな。一応この里では一番の年長者であり、先代の里長という立場にあった者じゃ。今は息子に里長を譲って半分隠居状態ではあるが、これでもそこそこ影響力のある立場にいることは間違いないぞ」
「先代里長か……」
先代里長がこんな簡単に友好を決めてもいいのか?そしてこれだけの間話しているにもかかわらず、なぜいまだに誰もこの場に来ないのか?そもそもこの老婆は本当に先代里長なのか?など優斗は様々な疑問を抱えつつ、とりあえず老婆が本当に先代里長であるという前提で話を進める。
「では友好の証として、あなたの息子であるという今代の里長殿に会わせていただきたいのだが。我々はこれから友好を結ぶのだ。アポはとっていないとはいえ、できれば早く里長殿に会わせてもらう必要があると考えている。
もちろん里長殿にもいろいろと都合があると思うから、今日が無理ならば別の日でも構わない。とにかく近いうちに里長殿と会うための段取りをつけてはもらいたいのだが?」
「よいじゃろう。ついてくるがよい」
「!?ずいぶん簡単に決まるのだな」
優斗も言ってはみたものの、ここまで簡単に会えるとは思っていなかった。仮に老婆にその権限があったとしても、この場は一度断ってその間に竜の里の首脳陣同士でいろいろと相談するのが普通だ。
優斗たちのことを前から知っていたならともかく、竜の里の住人たちは優斗たちの存在、そしてすべてではないとはいえその力の一端を、さっきの戦闘で初めて知ったはずだ。
先ほどは帰れと言っていたにもかかわらず今度はすぐに里長に会わせるというのは、いくらなんでも方針転換が急すぎる。それに優斗たちはまだ圧倒的な力を見せたわけではない。老婆の様子からも優斗に恐れを抱いている様子はなく、あまりにも簡単に行き過ぎて余計疑わしくなってきた。
しかも相変わらず誰も来ない。もし老婆が本当に先代里長なら、人質にされて交渉に使われるということを考えないのか。彼女の息子が現里長であるというのが本当だとすれば、なおさら彼女には護衛をつけるべきだ。
「では里長のもとへ案内するから、儂にしっかりついてくるのじゃ」
「ああわかった」
優斗は目の前の老婆も竜の里全体もどこかちぐはぐとしていて怪しいと思い、これまでよりも警戒を強めはするが、それでもここでやっぱり行くのをやめたという選択肢はとれない。それをしてしまうとこの里との友好が完全に消える可能性があるし、そもそも自分が言い出した以上やっぱりやめるというのは相手からの信用も今以上に失う。
優斗たちはいつでも防御や回避、そして逃走ができるよう準備をしながら、警戒を解かず慎重に老婆の後に続いた。