竜の里 10
一度行ったことがあるので、転移魔法を使えばダンジョンからだろうが竜の里にはすぐに着く。問題はアポすらとっていない、と言うより取れない状態でどういう風に接触するかだ。
いろいろ考えた結果小細工を弄したとしても正面から行ったとしても、どっちみち警戒されることが予想できたので、小細工がばれて関係が悪化するよりはましだと思い正面から正々堂々と竜の里に入っていくことにした。
「一つ言っておくぞ。もし竜の里の住人がこちらに警戒を向けてきたり、場合によっては武器を向けてくる可能性が十分に考えられるが、そうなった時にこちらから攻撃を仕掛けるのは禁ずる。こちらは友好の使者としていくのだから、当然相手が攻撃してこない限りこちらから仕掛けるのはおかしなことだ。
もちろん向こうが攻撃を仕掛けてときは防御したり躱したりするのはオッケーだし、それこそ反撃しても構わない。とりあえずはこちらから仕掛けさえしなければそれでいい。もし反撃することになっても、相手から仕掛けてきている以上こちらに落ち度はないのだからな。むしろそれを利用していろいろ譲歩を引き出してやればいいのさ」
優斗の警告と方針に皆頷く。仮にきちんと意味を理解してない者がいたとしても、優斗からの命令である以上自分から攻撃を仕掛ける者はいないと断言できた。
「無断で里の中に入っては印象がものすごく悪くなりそうだ。とりあえず里の入り口まで行き、その後そこから呼びかけてみることにしよう」
優斗たちは転移した場所から里の入り口まで歩いていく。入り口につくまで誰とも会わなかったため、向かっている途中に里の者と遭遇し、向こうが驚いて攻撃を仕掛けてくるという不幸な遭遇戦にならなかったことに安堵しながら、門番?と思われる里の入り口にいるリザードマンのところまで行った。
「お前たちは何者だ?この辺では見かけない顔だが、この里に何か用があるのか?」
リザードマンたちはあまり質の高くない槍を構え、警戒をあらわにしながら慎重に問いかける。彼らの同僚だと思われるリザードマンが里の中に向かって走っていったことを横目でちらっと確認した優斗は、おそらくそのリザードマンが呼んでくるであろう竜人やほかのリザードマンたちが来る前に間違いが起こらないよう配下たちに軽く釘を刺した後、不審に思われすぎないよう穏やかな口調で返答した。
「質問に質問に返すようで悪いが、先に一つ聞かせてくれ。お前たちはこの里の門番……という理解でいいんだよな?」
「ああそうだ。我々がここ竜の里を最初に守る役目を持つ門番だ」
リザードマンたちが誇らしげな表情で答える。
「わかった。それでさっきされた質問の答えだが、我々はこの森で暮らしている共同体の一つに属している者たちだ。君たちは自分たち以外にもこの森に集団で暮らしている存在がいることは知っているかな?」
「いや知らない。この森に我々のように集団で暮らしている者たちがいることは聞いたことも見たこともない。もちろん我々が知らないだけで他の住人、特に里の外に出て仕事をする者たちなら知っているかもしれないが、少なくとも我々は知らない。我々以外のモンスターたちは基本的にあまり群れを作らない傾向にあるとは聞いているが……」
「そうか……知らないか」
優斗の目には目の前のリザードマンたちが嘘をついているようには見えない。もちろんリザードマンの表情や態度から優斗が判断できるかというのは怪しいものがあるのだが、それでも目の前のリザードマンの態度とわざわざこんな嘘をつくメリットがあまりないように感じられることから、とりあえず信じてみることにした。
「(つまり彼らは北以外の情報をあまり知らないのか?)この森が何と呼ばれているか知っているか?」
「それくらいは知っているぞ。この森は竜の森と呼ばれる大規模な森林なんだろ?」
リザードマンたちはごく当たり前といった態度で答える。
「(なるほど。そういうことか)」
優斗は竜の里が北の森以外とは全く、少なくとも下っ端レベルではほとんど接点を持っていないことを確信する。もちろんこのリザードマンたちの話を全て信じたらの話だが、おそらく竜の里の住人は北から全く出たことがないのだ。
考えてみればおかしな話ではない。実際優斗も竜の里があったということは最近になって知ったし、もし北からモンスターが降りてこなければ、そしてもし優斗が将来的に北も支配下に加えようと思っていなかったら、おそらく優斗が竜の里の存在を知るのはもっと遅れた、いや下手したらずっと知らないままだったかもしれない。
優斗たちが竜の里を発見した後、支配下にいるエルフやダークエルフ、そして妖精などにガドの大森林で竜人やリザードマンのことを見たり聞いたりしたことがあるか尋ねてみたが、聞き取り調査の結果誰も彼らのことは知らなかった。
優斗はその結果から竜の里は北から全く出てこなかった、もしくは出てきてはいたが誰にも見つからないよう密かに出てきていたので、その存在を確認できた者が誰もいなかったのであろうと推測はしていた。
エルフたちはこの森のことをガドの大森林と呼んでいた。リザードマンがこの森を竜の森と呼んでいるのは、おそらくこの里の者たちがそう名付けたのだと思われる。外で呼ばれているガドの大森林という名称を知っているにもかかわらず竜の森と呼んでいるのならともかく、ガドの大森林という名称自体を知らないのであればますます北以外とは関わりを持ってこなかったという推測が真実に近づく。
問題は北のほうが生息しているモンスターが他の場所と比べて圧倒的に強いと言うことを彼らが知っているかだ。もし知っていたとしたら、そこに拠点を築いている優斗たちを下に見てくる可能性があった。
「先ほども言ったように俺たちはお前たちの言う竜の森、そこで共同体を作り暮らしている者たちだ。俺たちの共同体はこの里からかなり離れているのでお互いに存在を知らなかったようだが、最近お前たちを頻繁に見かけるようになったから、俺たちはこの森にお前たちのコミュニティーがあるとわかったんだ」
「……最近よく見かけるようになったか」
リザードマンたちも優斗のように、相手の話す情報からなんでもいいから相手のことを知りたいと思っているのだが、いかんせん元から持っている情報量が違いすぎて相手にならない。
里の一門番に過ぎない彼と、ガドの大森林の中どころかその外でも活動している組織のトップである優斗とでは、入ってくる情報の量も質も桁違いである。また竜の里の存在を知り自分たちなりに情報収集をしてきた優斗たちとは違い、彼らは今日初めて優斗にあったため下調べや心の準備なども当然できていない。
そしてリザードマンたちはそもそもこのように外部の組織と接触すること自体が初めてだったので、そういった情報戦にはてんで疎かった。
「どうやら来たようだな」
もう少し目の前のリザードマンたちと会話をして情報収集をしておきたかった優斗だが、里から複数の竜人が来ているのが見えてリザードマンとの会話を一旦打ち切る。
「優斗様、念のためお下がりを」
優斗の連れてきたダンジョンモンスターたちが、自分たちよりも強いであろう竜人、しかもそれが複数人いるのを見て、優斗の身を案じ彼の前に出ようとする。
彼らの目的はもし竜人がいきなり優斗を攻撃しようとしたときにその身をもって盾となるためであり、竜人たちの強さが聞いていた通りだと理解した彼らはさらに警戒を強めた。
「不要だ!と言いたいところだが、相手はまだ未知の存在、しかも目の前の門番とは違い里でもある程度の地位を持っている可能性の高い者たちとなると……、万が一の備えとして必要か」
優斗は自分の前に立つ者たちの行動を承認する。日本での感覚ならやめてくれと言いたいところだが、今の優斗は彼らのトップに立つダンジョンマスターだ。自分の命がほかの命よりも格段に価値が高いことを理解すれば、感情的にはともかく理性的な判断をすればこうなるのは必然であると納得した。