竜の里 9
「これから竜の里に向かう。メンバーは俺とシルヴィアとクレアと千代、後は高レベルのダンジョンモンスターを十体程度連れて行く」
優斗は竜の里に連れていく予定のシルヴィアたち三人に向かって今後の予定を話す。
「急に呼び戻されたと思ったら……、拙者も竜の里とやらに向かわなければならないのでござるか?」
「ああ。竜の里には竜人が何人も暮らしているみたいだからな。今回は攻め滅ぼしたり強引に支配下におさめるのではなく、あくまで向こうと友好を結びに行くのが目的だ。こちらに親近感を持たせるためにも、一人でいいから竜人を連れて行くほうが何かと都合がいいんだ」
優斗は竜の里に対してはひとまず友好を築きに行こうと考えていた。
「あいわかった。しかしよいのか?以前はガドの大森林を完全に支配下に置きたいと話していたではござらぬか。仮に友好を結ぶことができたとしても、結局ガドの大森林の中に我々の勢力下にない共同体が存在することになるのではござらぬか?」
「わかってるさ。だが奴らはそう簡単に支配下における存在じゃないんだ」
優斗は苦々しい表情を浮かべながら続ける。
「いいか、奴らはこれまでの相手とは桁が違うほどの力を持っているんだ。仮に戦争になったとしたら、よっぽどうまくやらないとこちらも無視できないほどの被害を受けることになる可能性が高い。
もちろんできるなら俺だって奴らを支配下に置きたいさ。竜の里が手に入れば俺たちは強力な戦力を得られることになり、それによってダンジョンの強化とガドの大森林の完全征服の二つが達成されることになる」
「だったら多少の犠牲を払ってでも、戦力を整え次第そうすればよいのではござらぬか?」
「会議でも出たがそれは難しいんだ。さっきも言ったが竜の里はこれまでの相手とは違う。例えばダークエルフたち程度なら正直敵対しようがその気になればすぐ潰せる。
もちろん密かに外の勢力と関係を持ったり、将来的に俺にも匹敵するような強者やすごい兵器が生み出される可能性はある。だが少なくとも現段階では全く脅威ではなく、現段階ですらこちらを迎え撃つだけの力を持つ竜の里とは全然違うのだ」
竜の里を支配下に置くメリットはものすごく大きいが、それに比例して支配下に置くための難易度がかなり高い。将来的に支配下に組み込むことも考えてはいるが、今回はとりあえず友好で済ませておこうという方針だ。
友好を結んだ後に交流という名目で里の調査を行い、里の秘密を探ったりどうすれば軍事や貿易の面で優位に立つことができるかどうか模索する。
そして反対に竜の里からの使者は優斗たちの要であるダンジョンには一切案内しない。いやそれどころか、竜の里にはダンジョンの存在すらも明かさない気でいる。
つまり優斗たちの目的は友好と言う名目での探り合いを行うことであり、竜の里が馬鹿正直に友好を真に受けるならラッキー、そうでないのならお互いに軍事力を用いない経済や文化などによる戦争に突入させようとしていた。
「拙者が呼ばれた理由はよく分かったでござる。しかし拙者までも一緒に行ってしまうとなると、ダンジョンや大森林内の村と街が危険になるのではござらぬか?」
「確かにそれは否定できない。千代が抜けた分はダンジョンから戦力を送ることで補うつもりだが、そうなれば当然ダンジョン内の戦力が減ってしまうことになる。
俺が行かずにダンジョンの防衛をし誰かを使者として送ろうかとも考えたが、生半可な使者を送っても向こうに相手にすらされない可能性がある。仮にダンジョンモンスターを使者として送った場合、竜人たちは自分より劣る相手とは交渉しないと言い出すかもしれない。
そうなるとNPCの中から誰か選ぶ必要が出てくるが、もし竜の里が男尊女卑であった場合、女性しかいないNPCたちの中から使者を選んでもうまくいかない。もちろん男尊女卑の逆で女性が優位の社会の可能性もあるので、当然女性も何名か連れていく必要がある。
友好を結ぶからには第一印象が大切だ。つまり使者には相手になめられないような力を持つ者を選び、なおかつその力を持つそれぞれの性別を加えておく必要がある。また現地で戦闘になってしまった場合の戦力も加えると、どうしてもこの編成になってしまうのだ」
優斗も防衛面の戦力低下は気にしているが、竜の里で戦闘になってしまう可能性があることを考えるとシルヴィア、クレアの二人を外すことは考えられなかった。
「そういうことなら行くしかないでござるな。優斗がそれだけ警戒する竜の里に行くとなるとヒルダが嫉妬しそうでござるので、彼女にばれぬよう早く出発するのが吉でござるな」
「俺もそのつもりだ。もうすでに配下の選抜やマジックアイテムの準備なども終えている。想定外の事態が起こった時のために食料もちゃんと用意してあるし、後はお前の準備が終わればいつでも出発できるぞ」
「拙者の準備?拙者の準備はこれでいいのではござるぬか?」
千代は不思議そうな顔をして尋ねる。彼女は今まで南に赴いて北からのモンスターに対処していたので、当然戦闘用の装備を身に着けている。すでに戦闘準備ができている彼女からすればもう十分に出発できる状態であった。
「言っただろう、今回の相手は今までの相手とは違うと。念のため本気の装備を準備してこい。俺たちもフル装備しているわけではないが、所々に自身最高の装備を身に着けている。また『マジックボックス』には入れてある分を合わせれば、ちゃんと最高の装備をできるだけの準備もしている」
千代はモンスター討伐に際して、本気の装備には何段も劣る力の装備しかしていなかった。彼女は当然レベル相当のステータスやスキル、魔法を持っているので、ガドの大森林の中でトップクラスのモンスターが集まる北からのモンスターであろうが、彼女なら何の装備をしていなくても容易に倒すことができる。
これは彼女だけでなくフレイヤやヒルダなどもそうなのだが、彼女たちは基本的に本気のフル装備をして外に出ることはない。もちろん武器の一部が本気であることは珍しくないのだが、すべてが本気の装備であることは一切なかった。
「フル装備で来いと言うことは……、それだけ本気と言うことでござるな」
「そうだ。何度も言うようだが、今回はいつもよりもかなり厄介な相手だぞ」
「わかったでござる。しかしこうなると……ますますヒルダに恨まれそうでござるな」
千代は戦闘狂でできるだけ強い相手と戦いたがるヒルダのことを思い苦笑する。
「しょうがないさ。今回はたまたま彼女に縁がなかっただけだ。後でちゃんと説明しておくよ」
「そうでござるか。ではそれを信じて、拙者は準備を済ませてくるでござる」
そう言って彼女は自分の部屋に向かった。
「さて……、この判断がどう出るか。こういう展開を少しも予想ができていないわけじゃなかったが、まさか本当に最後の最後でこんな厄介な集団がいるとはな」
北の森はガドの大森林の中で最も危険であり、ブルムンド王国や獅子王国、都市国家群に下りていけば一体でも街に多大な被害を与えることが可能な生物がたくさん存在している場所だ。そうなると必然的にガドの大森林で一番治めにくいところは北の森であり、竜の里のようにそのような生物たちが一塊の集団となっているような組織があれば、そこが最大の難関になってしまうことは予想、というより覚悟できていた。
おそらく今から向かう竜の里が、ガドの大森林全体を支配下に置くに当たって最も難関な場所である。これまでの情報からそう考えた優斗は、普段以上に気合を入れた凛々しい顔つきになっていた。