竜の里 8
優斗たちは三日かけて竜の里の情報収集を続けた。情報収集の過程で配下たちが捕まってしまい、そのせいで自分たちの情報を奪われることの危険性を考慮して里に直接潜入させることはせず、あくまで情報系魔法を使った外からの監視のみを続けていた。
「つまり結論から言うと、竜の里と名乗る共同体にいる彼らが行っている北の森での乱獲が、現在北からモンスターが下りてきている原因の一つであることは間違いない。この点に関して言うと、北の森からくるモンスターたちは自主的に下りてきているわけではなく、竜の里の住人達に狩られないよう逃げてきているわけだ」
竜の里及びそこから外に出た者たちの監視、そして竜の里以外の原因を探るための調査を一段落させた優斗たちは、優斗とシルヴィア、そしてクレアを含めた三人で会議を行っていた。
「そのようです。念のため他の要因がないか探しては見ましたが、調査の結果今のところこれといった要因は見つかっておらず、現状では竜の里が主要な要因とみて間違いないと判断しております」
「モンスターたちを捕虜にとったか?」
「はい。わたくしたちが捕まえてきたモンスターたちも含め、皆逃げてきたか縄張り争いに負けたかの二択だったので、その要因が竜の里である可能性は高いかと」
竜の里が積極的にモンスターを狩っている。また彼らは特に強いモンスターを優先的に狩る傾向があることも調査の結果わかっている。
「竜の里が乱獲を止めればこの騒ぎは収まる。もし収まらなければ別の要因があると言うことだが、それならそれでまた対処を考えていけばいい。できれば一刻も早くやめてほしいのだが……」
「申し訳ありません。彼らがモンスターを乱獲している理由まではよくわかりませんでした。見たところ恵まれた土地であり、人口も多すぎると言うことはなさそうでした。飢饉が起きている様子もなかったので食糧問題ではないのかもしれません」
「……そうか。竜人やリザードマンは大食いの種族……であったとしても、それならば今回だけこうなると言うことはありえないはずだ。もしかして支配体制が変わったとかなのか?うーん、わからん。もともとどんな里だったかすら知らないのだから、そういうことを推測しても限界があるな」
優斗は頭を悩ませる。竜の里は今回の調査で初めて知った里であるのだから、当然何らかの変化があったとしても知りようがない。そのため調査してもわからなかったとなると、推測しようにも難しいものがあった。
「(やはり竜人かリザードマンを何人か捕まえるべきか?いや危険すぎる!敵の戦力がはっきり判明してない以上、やむを得ない理由以外で容易に敵対行動をとるのは愚かとしか言いようがない)どうすれば竜の里を探れると思う?」
優斗は打つ手なしと心の中で嘆きながらも、それを表には出さず問いかける。
「やはり捕まえるか侵入する、いい加減このどちらかを選択するべきではないかと私は思うぞ」
「だがそれは危険が大きい……」
「だとしてもだ!優斗はこの世界に来てから慎重すぎやしないか?『インフィニティ』の時も慎重だったが、この世界に来てからそれに拍車がかかっているぞ!!」
「(そりゃここはゲームじゃなくて現実だからな)」
ゲームと現実は違う。ゲームとは違いこの世界では痛みをしっかりと感じるし、ゲームでは生み出せないリアリティーなどもたくさん感じている。ゲームでも慎重にプレイしていたとはいえ、そこでは失敗してもかかった金と労力が無駄になるだけで、自分の命までとられるわけではなかった。
しかしこの世界での失敗が自分の命に直結する可能性を否定することはできない。またダンジョンコアを壊されてしまえば、ここまで作り上げてきたダンジョンやそこに住むダンジョンモンスターたちがすべて無に帰ってしまうのだ。
この世界の優斗は自分の命はもちろん、それ以外の様々なものの責任を背負っている。そうなれば当然ゲーム時代よりも慎重にならざるを得なくなるのは自然なことだ。。優斗は今更ながら、会社を背負って立っている社長はすごいプレッシャーだったんだなと心から理解していた。
「優斗様、クレアの言うことは若干過激すぎるかもしれませんが、これ以上詳しい情報を得るにはやはり何らかの手段で接触する必要があります。敵対行為をしないと言うなら例えば友好や条約を結ぶために使者を送るなど、そういった手段での接触も一つの手ではあると考えます」
「使者か……。それを送ったとして、どういう約束や条件を話すんだ?ただ友好を深めると言うだけでは、この件が解決するのはかなり先になってしまう可能性があるぞ」
優斗も竜の里と争わずに収めるという考えには理解を示している。しかしちんたらしていたら今の状況が改善するのが遅くなる、もしくは向こうが単純にそれをする必要がなくなったときになってしまう。
確かに今の状況は悪いことばかりではなく、強敵と殺しあいをすることで配下たちのレベルが上がる速度が速くなるというメリットはあるのだが、やはり生産面や外敵に付け込まれるなどの面から考えると森が荒れたままなのはよくないので、優斗としては一刻も早く収めたいという考えは変えずにいた。
「とりあえず貿易などはどうでしょうか?もし彼らがモンスターを乱獲する原因が食糧不足によるものなら、貯めこんでいるダンジョンの作物を売れば解決するのではないでしょうか?」
「それが原因だった時はな。しかしシルヴィアが自分で言ってたように、原因が食糧不足だとは考えにくいんだろ?」
「それは……」
「まあとは言え友好や条約を結ぶと言うのは悪くない意見だ。しかし友好だけならともかく何んらかの条約を結ぶと言うなら、なおさら竜の里のことを知っておかねばならんよな」
シルヴィアがそれを聞いて考え込んでいる間に、クレアが別の意見を切り出す。
「支配するのはどうだ?ダークエルフの里の時もそうだったが、私たちが出向いて力を見せれば降伏する可能性もあるんじゃないか?」
「確かに力で支配するのが一番楽だ。それに彼らはガドの大森林の奥地に生活している存在だから、おそらくほかの組織とのつながりはほぼ皆無といっても言いだろう。
しかし問題は力で支配できるかどうかだ。あのリザードマンたち程度なら何体いても力で押さえつけることはできるが、竜人に関してはわからん。竜人の数や強さによっては、下手したら俺たちが負ける可能性もあるんだ」
調査結果によれば暮らしている竜人はおそらく百人前後、そしてリザードマンは千人以上はいるだろうが一万には間違いなく届かないだろうという見込みだ。もちろん竜人、リザードマンともに調査しきれなかった個体がいるだろうが、それも踏まえてのこの予想である。
竜人は明らかに未熟な者以外はほぼ全員現在最強のダンジョンモンスターよりも強く、一対一で勝てるのは優斗かNPCしかいない状況だ。
またその者たちをはるかに凌ぐ竜人最強の者がいたとすれば、いくら優斗たちだろうが正面から戦っても勝てない可能性もある。
魔法での監視がうまくいっているように、おそらく竜人たちはこういった対策を全くしていない。優斗の予想では竜人たちはこんな辺鄙な場所にいるため、他の組織と戦う機会がまるでなかったのだろうと考えられる。
森にいるモンスターは優斗たちのようにしっかりと情報収集をしながら策を練るなんてことはしてこなかったため、そういった魔法への対策を全くしてこなかったしそもそもする必要がなかったのだろう。
そのため不意を突けば勝てるかもしれないが、それで負けたとしても竜人たちは優斗を支配者とは認めないだろうし、またそれが失敗すれば竜の里を完全に敵に回してしまう。
もしかしたら竜の里にものすごく強い竜人がいるかもしれない、そういうことを考えると、力で支配することができるのか怪しくなってくるのだ。
「私たちが負けるほど強いのか!?」
「その可能性もあると言うことだ。もちろん戦争するとなったらこちらが負ける可能性は低いだろう。一対一では竜人に劣るとは言え、こちらにはダンジョンモンスターやガドの大森林で支配した数々のモンスターたちが支配下にいる。
また俺たちの力もあるしイリアの蘇生魔法で蘇ることもできる。そしてダンジョンがあれば新たなモンスターや武具、それにマジックアイテムの生産などができるから、こちらの物資が不足することは考えにくい。それに今ではガドの大森林の外に国や商会、組織なども持っているから、そこから援軍や支援を頼むこともできる。
だから本気で戦争をすれば持久力の問題で俺たちが負ける可能性は限りなく低い。しかし問題なのは、その戦争の結果多くのものを失う可能性があることだ」
優斗の考える戦争の一番の怖さは、それによって勝敗に関係なく国力の衰退する可能性があることである。
戦争で国民が死ねばその分戦力の低下、そして働き手が減ったことによる生産力の減少が起こる。また武器を作るのにも金が必要であり、それが損傷してしまえば修理する必要が出てくる。また兵たちへの粗食があることなども考えると、戦争をするだけでものすごい費用がかかることになり、そしてその内容によってはさらに費用がかさむことになるのだ。
今回だってアンデッドなどの飲食不要の存在以外には食料が必要だし、優斗が開発させている武具やマジックアイテムも大量生産する必要が出てくるかもしれない。またいくら蘇生魔法があるとは言え仮に全員を回復させるとなるとそれなりの時間がかかるうえ、復活するまでの間の戦力及び労働力の低下は避けられない。
超高額の兵器を使い環境も大きく破壊する地球の戦争ほどダメージは大きくないが、それでも竜の里と戦争することによってダンジョンの力が一時的に衰退することは可能性は高い。圧倒的に格下だったダークエルフやロンバルキア辺境伯中心の王国軍との戦争とは違い、優斗たちに被害を与えられるポテンシャルを秘めている可能性が高い相手との戦争はあまり乗り気にはなれなかった。
「ではどうなさいますか?わたくしも考えてみたのですが、やはりどこかで何らかのリスクはとる必要があるかと。もちろんこのまま情報収集を続け動かないと言うのも選択肢の一つであるとは思いますが、それを選んだとしても結局リスクは付きまといます」
「わかっている。何を選んだところでリスクが全くないと言うことはありえないし、逆にリターンが全くないと言うことも言えない。
選択肢としては正面から接触し友好や条約、もしくは力で強引に支配すること。もしくは潜入しより詳しい情報を得るか不意打ちで滅ぼすか、はたまたこのまま動かずに静観し続けること。これまでに集めた情報から、一番いいと思うものを選べと言うことだな?」
「はい。何を選ぶにしろ、そろそろ方針を決定されるべきだと考えます」
優斗は悩みながらも一つの選択肢を選ぶ。これでダンジョンの方針は決まり、優斗とその配下たちはそれに向けて一斉に動き出した。