竜の里3
「では報告します。現在北の森に生息していたモンスターたちがどんどんこちら側に流れてきており、各拠点ではその対応に予断を許さない状況です。
流れてきているモンスターたちは北の森出身ということもあって非常に強力であり、派遣しているダンジョンモンスターたちを使っても拠点の戦力や敵モンスターの強さによっては、たった一体相手にするのにも拠点の全戦力を投じなければならないといったような事態になっております」
「そうか……」
優斗は忍び装束のモンスター(忍者として召喚されたダンジョンモンスターで、彼以外にも何体も存在し主に情報収集や護衛、暗殺など忍者がするような仕事を担当している)からの報告を聞き、思っていたよりも非常に厄介な状況に陥っていたことを悟る。
優斗的には北の森でモンスターが減少または増加しているか、もしくは森の中で勢力争いが活発化しているなど、あくまで北の森の中での問題だと思っていたので、北の森がどうなっているかはともかくこちらにも甚大な被害が出ていることで余裕がなくなってくる。
問題が起きているのが自分のテリトリー内のことだと聞いて、先ほどまでの楽観的な態度から一転して真剣に、そして早急に対処しなければならないと気持ちを切り替えた。
「被害状況はどうなっている?」
「派遣したダンジョンモンスターや支配下にいる者たちのおかげで、被害はそこまで大きくなってはおりません。特にエルフの街についてはフレイヤ様がいらっしゃるおかげで被害は最小限に抑えられており、そのフレイヤ様が直接指揮を執っていることで、街だけでなく西の森自体の被害が軽微なもので済まされております」
フレイヤがたまたま街を訪れたときにちょうど北から流れてきたモンスターたちが街を襲ったため、フレイヤはそのまま西の森に留まってモンスターたちを討伐しているのだ。
北の森に住むモンスターがいくら強いとはいえ、さらに隔絶した力を持つフレイヤに対しては数十体が束になったところで敵わない。しかもそのモンスターたちは統率も全く取れていないのだから、なおさらフレイヤに抗えるわけがなかった。
結果的に一人で敵を倒せるフレイヤが中心となって作戦は行われている。一対一では北のモンスターに勝てないエルフやダンジョンモンスターたちは、数の優位を作りと統率された動きでモンスター討伐を行ったり、フレイヤが来るまでの時間稼ぎやその補助など、いくら強いとはいえ体が一つしかないフレイヤでは到底カバーしきれない部分を担当していた。
「東と南は?」
「両方とも現在は何とか持ちこたえてはいるそうです。ただし北から来ているモンスターも一体だけではないので、早急に対処しなければならないことは確かです」
「だとすれば……」
優斗は少し考えた後、すぐさま対抗策を考えそれを指示する。
「ダンジョンの中から強力なモンスターを何体か連れて救援に行かせるのがベストだ。もちろんそのモンスターたちを率いるのはNPCたち、具体的に言うとヒルダと千代だ。ヒルダは東、千代は南に行き北から流れてきたモンスターたちに対処してくれ」
「了解したでござる!」
「……望むところ」
千代は気合の入った顔で、ヒルダは心底うれしそうな顔で指令を了承し、すぐさま行動に移ろうとする。
「ダンジョンから連れて行くモンスターの目途は立っているか?」
「大丈夫でござる。拙者の中では十五体程度思いついているのである」
「……私も同じ」
「それならいい。こうしている間にも被害が拡大しているだろうから、悪いができるだけ急いで現場に向かってくれ。
それともし足りなかった時はダンジョンに連絡をくれ。要望通りとまではいかないかもしれんが、手が空いているモンスターを何体か送り込むから」
二人は優斗の言葉に頷いた後、急いで部屋から出て心当たりのあるダンジョンモンスターたちに声をかけに行った。
「行ったか……。これで東と南もひとまずは大丈夫だろう。彼女たちとそれについていくダンジョンモンスターたちの派遣によってダンジョンの戦力が一時的に低下するが、今の状況ではそれもやむなしと言うところか。
とりあえずそのことについては俺を中心として残った者たちが対応するとして、問題はなぜ北から急にモンスターたちが流れてきたかと言うことだ。それについての報告は受けているか?」
「いえ。仲間の報告では今回のことについての前兆は全く見られず、急に北からモンスターたちが流れてきたそうです。
我々も早急に北に入り調査すべきであるとも思ったのですが、残念ながら我々の力では北の森で十分に調査するだけの能力は持ち合わせておりません。情けないことに外側から観察することしかできず、調査については二の足を踏んでいる状況です。
もちろん主君であらせられる優斗様がご命令なされれば死地であろうが喜んで赴く所存ですが、我々の力では十分な調査ができないであろうと容易に推測されることが現状です」
北の森のモンスターは強いだけでなく、その厳しい生存競争の中で磨かれた危機察知能力などにも優れている。
そのため彼ら忍が潜入したとしても、まだまだ北に入るには力が足りていないその隠密能力ではすぐに見つかってしまうのが落ちであり、また戦闘になれば絶対に勝てないのが現状であった。
「お前たちを攻めはせんよ。確かにお前たちでは、いやそれ以外のダンジョンモンスターでも北の森で活動できるのは極一部だろう」
優斗は北の森に時々出向いている。強いモンスターの多い北は優斗にとってはいい狩場であり、また強くなったダンジョンモンスターたちのパワーレベリングや腕試しにちょうどいい場所でもあった。優斗たちはそこに出向いて何度もモンスターを狩っていくうちに、北にいるモンスターたちの大体の強さが分かったのだ。
優斗の感覚では北の森の平均レベルがダンジョンモンスターの中の最高レベルとほぼ同一であり、そのレベルに達している極一部のみが優斗の言う北の森で活動できる者たちであった。
「こうなれば俺自らが……いや、しかしそうなるとダンジョンの戦力がさらに落ちてしまう。いっそのことベリアルのようにブルムンド王国などで暗躍させている者、もしくは獅子王国で活躍中のユズたちを連れ戻すのも手だが……、そうなると外での戦略が難しくなってくるか」
「私は北の森は放っておいて、それ以外のところを収めるのに注力すべきだと思うが?」
クレアの提案にも一理ある。北でどんな異変が起こっているかはわからないが、とにかく自分たちに直接関係あるところを最優先に収めようというのだ。
もちろん戦力に大きく余裕があればクレアも北の森を調べようと言い出すだろうが、今の状況ではいくつかに絞る必要があると彼女は考えていた。
「それも一理あるが……」
優斗もクレアの意見は認めている。しかし彼にとって心配なのは北で起きている異変を放置した場合に、近い将来もっと大きな混乱を生むような出来事が起こるのではないかということだ。森で起きている異変の正体がわかることで、それによってこれからどんな問題がもたらされる可能性があるかを予想することができるのだ。
また今の優斗たちは北以外のガドの大森林を治めているだけでなく、都市国家群と獅子王国、そしてブルムンド王国への様々な形での進出、さらにウエストブルクという新しい国まで興しているのだ。これだけ手が広がった状況だと、当然それだけトラブルが起こるリスクも高くなる。
もし他でトラブルが起こっているときに北の森からさらに大きな混乱がもたらされたら……、そう考えると北の森の異変を放置しておく気にはなれなかった。
「やはり放置しておくのは危険だ。そうなると北の森に入り調査する者が必要になるが……しょうがない、俺とシルヴィア、それにクレアの三人で向かうことにするか」
戦闘において単体で最も大きな戦力を誇り、なおかつ魔法により多彩な手段をとれる優斗、暗殺者としての能力に優れており、隠密能力に自信を持つシルヴィア、最後に圧倒的な防御力を持ち、万が一の時には優斗を守れるであろうクレア、残っているメンバーから選んだとは言え、この三人は今回の調査にうってつけのメンバーであった。
「しかしダンジョンは大丈夫でしょうか?」
「報告を聞いている限り獅子王国でもかなり重要な人物になりつつあるユズは無理だが、冒険者をしてるだけのアシュリーなら呼び戻すことができる。
イリアがいれば回復は問題ないし、エリアスとミアも万が一の時は戦える。二人は生産特化のためNPCたちの中では弱いほうとは言え、レベル的に言うとまだまだダンジョンモンスターたちでは敵わないほどの戦闘能力は持っている。それにダンジョンの中には海や溶岩地帯など特定の地形で戦うことで強さを発揮するモンスターたちも配置してあるから、それらがいればそう簡単にダンジョンが落ちることはないはずだ」
ダンジョンでは優斗が絶対的な権力を持っているため、その優斗の指示により皆動き出す。ダンジョンの防衛戦力を確認した後自分たちの装備を完璧に整えた優斗たちは、アシュリーたちにダンジョンを任せ北の森へと入っていった。