竜の里 2
ビャッコが新たに興した国ウエストブルク、その過程で少なからず活躍し、そして疲弊した優斗は、現在ダンジョンで優雅なひと時を過ごしていた。
「やはり衣食住は人間の基本だな。テレビや小説、それにゲームやネットがないからそういう点では退屈だが、それでも日本にいたときはずいぶんいい生活をしている自覚があるな」
優斗はダンジョン内でそれなりに贅沢をしている。彼自身あまり華美なものは好きじゃないのでやたらめったら豪華ということはないが、それでもこの世界では十分贅沢だといえる暮らしをしていた。
優斗も最初は贅沢をしてそれにDPなり外貨なりを使うのはもったいない。それをするぐらいなら階層の追加や新しいダンジョンモンスターの召喚、それに罠の設置などダンジョンをより強化することに用いたほうが懸命だと考え、以前は自分たちの生活に回すDPを最小限度にまで抑えていた。
しかしダンジョンが強化されていきDPにも余裕が出てきたことで、今度は自分や部下たちの福利厚生にも気が向いてきたのだ。外の情報を仕入れ自分たちがかなり強い勢力であることがわかったこと、そして今まで生き残るために節約してきたことへの反動もあったのだろう、最初生活面に力を入れると決めたときは、ついつい使いすぎてしまったものだった。
さすがに今は使いすぎてダンジョンの強化がおろそかにならぬよう、ちゃんとそれを計算して使っている。具体的に言うならばダンジョンの強化に六割、嗜好品の類や温泉などの保養施設の追加などに一割、そして将来のための貯蓄として三割といった具合だ。
一見無駄とも思える使い方だったが、これにより優斗を含めた皆がリラックスする時間を得られたことが仕事の効率性向上につながった。また部下たちを思いやった行動と言うことで優斗の株も上がり、結果的にはうまくいっているのだった。
「これが支配者の生活……。悪くない、悪くはないのだが……、これに溺れてはだめだな」
優斗はこの世界に来てから、自分の中にある支配欲とでも言うべき感情の存在を自覚するようになった。日本では学級委員や部活の部長、会社でのプロジェクトリーダーなどのようにリーダーになってなにかするという経験をしてこなかったので、自分にリーダシップや支配欲があるのかなんてまったくわからなかったが、現実にダンジョンマスターとして支配する立場になって初めて自分の中にあるその感情に気付いた。
そして何よりそれを実感しているのが、ウエストブルクの裏の支配者となった今の状況だ。ビャッコは優斗が生み出したダンジョンモンスターのため、そのビャッコがウエストブルクの支配者となるということは、すなわちビャッコの主である優斗がウエストブルクの実質的な支配者となることと同義なのだ。
これまではあくまでダンジョンと言う与えられたものであったし、何よりそこから出てくるのはモンスターたちであったため、どこかゲームの延長と言う認識が僅かながら存在していたのだ。
しかし今はたくさんの人間を支配するという立場になる。しかも最初から与えられていたものではなく、この立場は自分たちの力で勝ち取ったものだ。そしてそれを支配することに対して、優斗は多少の快感を覚えていた。
「……これに溺れないようにしなくては。いや、むしろすでに溺れているのか?」
優斗が公に国の支配者になって君臨するかどうか、最初それですごく迷ったのだ。現在のように誰か適当な代表者を立てその者を通して裏から国を支配するか、もしくは自分が直接表に出るかどうかで数日は悩んだ。
もちろん表に出ることによるメリットもあればデメリットもあるし、それは裏から支配する場合でも同じだろう。実は優斗としては若干表に出るほうに気持ちが傾いていたのだが、それでも熟慮した結果今回のように表には出ないほうを選んだ。
しかし自分が表に出ようと考えたのはその支配欲を満たしたい、それも支配者として堂々と君臨して民衆を支配したいという欲があったのではないかという考えが離れない。もちろん欲があるのは悪いことではないし、優斗も欲があることはそれによって頑張れるからプラスになる面もあると考えてはいるのだが、その欲に足をすくわれないようにだけはしておかないといけなかった。
「ともかくウエストブルクを興したことで、ようやく外に対して堂々と干渉できる手段を得た。それに税によって財政面も潤うから、デメリットはあっても建国がいいことずくめなのは変わらないんだよなぁ」
優斗がこれからの自分たちの動きについて考えながら寛いでいると、そこに一人のメイドが入ってきた。
「優斗様、緊急事態が起こりました」
「なんだ?」
「はい。なにやら北の森で動きがあったようです」
「ほう」
優斗は少し嬉しそうな顔をする。
「そこでその報告もかねて作戦会議をしたいとクレア様が」
「わかった。今から準備して向かうとしよう」
生息するモンスターたちがあまりに強かった(優斗やNPCたちからすると弱いが、ダンジョンモンスターからすると敵わない相手が多い)ため、優斗もこの世界に来てからずっと支配できずに手を焼いていた北の森。その北の森で緊急事態が起こったことで少しでも今の状況が進展すればいいと思い、優斗は比較的軽い足取りで会議に向かった。