閑話ー獅子王国の戦争 2
「アキ殿、少しよろしいか?」
忘れている読者も多いかと思うが、アキというのは新キャラの名前ではなく、冒険者をしているユズの偽名だ(作者自身も偽名の設定は覚えていたが、今まで使わな過ぎてアキという名前は忘れてしまっていた)。
そしてそんな彼女に声をかけるのは、優斗の紹介で第十八王子に雇われている者たちの代表だ。彼らは今回のような会議で決まった情報を、会議に参加する権限のあるユズを通して聞くようになっている。
特にそうしようと誰かから決められたわけではないが、優斗の紹介した者たちということで彼のパーティーメンバーだったユズとも交流があるだろう、もしなかったとしても同じ知人を持つ者同士と言うことで他の者よりは親近感を得られやすいはずだ、という意見によって、彼らのことは基本的にユズに任せようというごく自然な流れから慣習化されたのがこの状況だ。
彼らは全員がダンジョンモンスターとまではいかないが、その構成人数の九割以上がダンジョンモンスターで構成されている集団、つまるところユズと同じ(NPCであることやその力からユズの方が地位が上である)ダンジョンやガドの大森林を支配する優斗の支配下にある者たちだ。
そのため両者ともに意思疎通は欠かさずにしておきたいので、彼女たちにとっては偶然とはいえこういう機会を得られることはありがたいことであった。
「ほんならいつも通り、うちの部屋で話そうや」
スパイが潜り込んでいることを警戒し、こういう話を密室ですることは当たり前だ。それは彼女たちにとっては余計に都合のいいことであり、二人は誰にも怪しまれないままユズの部屋へと向かった。
「ではとりあえず私がいつものように……」
ユズと一緒に部屋に入った代表の男、彼は外で聞き耳を立てているかもしれない第九王子のスパイや、自分とユズを怪しんでいるかもしれない第十八王子及びその取り巻きの貴族やその密偵に部屋での会話が聞こえないよう、いつも通り〈静寂〉や探知防御などを使い盗聴及び盗み見対策を施す。
二人は今やどちらの陣営にとっても重要人物である。味方は追い落とすために、敵は情報収集や二人の弱みを見つけるために密偵を送り込んで来ることは珍しいことではなかったのだった。
「毎度のことながら大変やねぇ。わざわざここまでするなんて、よっぽど用心深いんねんなぁ。自分はそんなことしてへんのになあ?」
「あの方はそういう会話は基本的にあの地でやりますから。まあとは言え、私もこれは少々念を入れすぎではと思うこともなくはないですね。実際ここでの私たちの会話はこれを使いますから」
彼はそう言って〈念話〉を行えるマジックアイテムをちらっとユズに見せる。彼らは部屋に対して〈静寂〉を使い外に話し声が漏れないようにしながら、なおかつ会話は声を使わない〈念話〉で行うのだ。
普通なら〈静寂〉を使うだけ、もしくは〈念話〉を使うだけで十分なはずなのだが、念には念を入れるということで両方使い、なおかつそれら以外の魔法すらも使っている。
確かに『インフィニティ』では、今発動している魔法や念話すらも飛び越えて盗聴や盗み見することができる者がいた。ユズもそのことは知っているのだが、少なくともユズの知る限りそれだけの事ができそうな人物は獅子王国、そして帝国などの周辺国家にもいないはずなのでそこまでする必要はないんじゃないかと思いながらも、やっておいて損はないだろうという考えから無理にやめさせようとは考えていなかった。
『ほんなら始めようやないか。まずは普通の簡単な説明から始めさせてもらうわ』
二人は念話を使い話しだした。
『普通の簡単な説明……、つまり先ほどの会議で決まった事柄ですね?』
『そゆこと。まあ簡単に言うと近いうち敵を責めるから、武器や食料の準備をできる限り早くしとけっちゅう話しや』
『できるだけ早く戦争……要約すると敵より少しでも有利なうちにたたいておく、そうとればよろしいのですね?』
『そうや。あんたらもうちも十中八九以上の確率で呼ばれるやろから、その心の準備だけはきっちりしておかんとあかんで』
『やれやれ、本当に懲りない方たちだ』
彼はお互いに何度も繰り返してきた状況での攻撃を聞いて、呆れながら現在王子がいるであろう部屋の方向に目を向ける。彼女の決定は彼にとって悪いものではないが、それでももう少しなんとかならないのかと呆れたような、憐れんでいるような感情が生まれていた。
『こらこら、そう言うんはいささか酷やで。いくら会議で決めたゆうてもあの子が全部独断で決めたわけやない。他の貴族たちだって賛成してたから選んだ側面もあるんや。
それに今の状況で講和することはできん。何度も繰り返されてきた作戦やろうが、どのみちこうするほか道はないんや』
『……まあそうですがね』
『てかこの状況を作り出しとる張本人はうちらやんか。うちらの策がうまく嵌まっとるからこうなっとるんやで』
ユズや彼らが優斗から与えられた役目はこの内乱を終わらせないこと。そして第九王子と第十八王子、両者を長いこと争わせるのが彼女たちの使命である。
どちらか一方が一時的に有利になっても、必ず片方が押し返してまた均衡状態に戻る。これを演出しているのが彼女たち、そして第九王子の陣営に忍び込ませている傭兵や密偵などである。またそれら以外にも商会を通じて武器や物資の面などからも操作を行っており、そういった行動が実を結んで今の獅子王国の状況がある。
まあ考えてみると簡単な話だ。ユズがもう少し本気を出せば間違いなく第十八王子側の勝利に終わるし、またシルヴィアや優斗の抱えているモンスターの中には暗殺が得意な者もいるので、その者たちに一言命令すればどちらかを殺すことは難しくない。
そして第九王子を勝たせたいのならそんな面倒な手は使わずとも、最初からユズの派遣などを行わず優斗が全く協力しなければよかった。そうすれば始まってすぐ彼女は第九王子に破れていたことは明白なのだ。それどころか、そもそも帝国の手から助け出さなければ争いにすらなっていない。
つまりこの内乱は優斗たちが介入したことで長期化しており、優斗はそれが続くよう部下たちに命令を出していたのだ。
『そう言われるとそうなんですがね』
彼は苦笑する。自分でもユズの言っていることが正しいとはわかっているのだが、やはり物足りないという気持ちは消えない。
『せやせや。まあ要するにうちらが頑張って策を練って、王子たちが同じ手しか使えんよう誘導しとるっちゅうわけや』
『しかし敵があまりにもうまく嵌まりすぎていて張り合いがないのですよ』
『その気持ちはわからんでもない。せやけど、とりあえず今はうまく行っとるんやからそれで問題はないやろ?』
『はい。念のため問題がないかどうかよく確認や警戒はしていますが、今のところ想定外の事態は何も起こってはおりません』
『そんならそれでオッケーや。新しく報告することはなんかあるか?』
『ええありますよ。些細なことではあるのですが……』
彼はユズにいつも通りの報告を行う。緊急性の高いものは時間や場所に限らずできる限り早く伝えようとするのだが、それ以外の緊急性の低いものはいつもこの場での報告となっていた。
『そういえばユズ様、優斗様が獅子王国の内乱を長引かせようとしている理由、そろそろ教えてはいただけないでしょうか?』
『ん?あんたらは優斗に聞いてへんの?』
『はい。優斗様から初期段階では情報漏洩の危険もあるため、まだ我々には教える必要のないことだと言われました。
あの方にそういわれれば当然我々もそれに不満なく従うのが道理ですが、この戦争が続いてからそう短くない年月が経っております。優斗様からは時期が来ればユズの口から教えてもらえと言われておりますので、もし条件を満たしているのであればユズ様の口からお聞かせ願えませんか?』
『せやなぁ~。確かにもうここまで来たなら、あんたらに話しても問題ないかもしれへんな』
ユズは当然優斗から内乱を長引かせようとしている理由、そしてそれを利用して獅子王国で何をしようとしているのかも聞かされている。優斗からはユズが必要にだと感じたら徐々に教えてやれと言われており、いわば彼らにいつ教えるかはユズの判断次第であった。
『まあ教えてもいいんやけど、ここまでくればどうせあんたもほとんど気づいとるやろ?』
『確かに心当たりがまったくないと言えばウソになります。しかしもし間違った理解をして動けば、そのせいで優斗様に迷惑をかけることにもなりかねません。
最初はただ長引かせるだけであったので理由などは確かに教えてもらう必要はなかったのかもしれませんが、さすがに今の状態でずっと長引くかは保証できません。もし状況が変わったときに、いままで長引かせていた理由を聞いているのといないのとでは行動が変わってくる可能性があります』
内乱がずっと続く保証はない。和解は無理にしても例えば両者がそれぞれ自分の国を作り争ったり、第九王子がレムルス獅子王国という国名を変える可能性もある。
また今まで参加していなかった国や貴族、それに何らかの組織が関与してくるとなれば、それによってパワーバランスが大きく変わる恐れもある。
彼が言いたいのはそうなったときに優斗の考えを知っていれば、その事態に対する適切な行動がとりやすいと言うことだ。
その理由がよく分かったユズは、自分が優斗から聞いた内乱を長引かせている理由を話す。そしてさらにその状況を利用して獅子王国で何をしようとしているか教えてもらった彼は、ユズに礼を言うと同時に今回の任務を完璧にこなしてみせるというモチベーション、そして彼にとって最も偉大で強大な優斗に対する忠誠心の両方が大きく向上していった。