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ルクセンブルクの独立29

「……もう終わりだ」


  バルドは次々に王国軍がやられていく光景を見て、自分が王になることはもうできない、この失敗によって、自分が王位継承レースから脱落するであろうことを悟る。


  彼にとってこの失敗はあまりにも大きすぎる。王国から独立した反逆者であるルクセンブルク元伯爵を討つことも、独立されたルクセンブルクを取り返すこともできなかった。

  もちろんこの二つも大きな失敗だ。だがそれ以上に痛いのは、この敗戦によって受けるであろう嘲笑とロンバルキア辺境伯およびその派閥の弱体化だ。


  バルドは紛れもなく王族一の剣の使い手であり、彼はそのことを前面に押し出し強い王子というイメージを作り上げてきた。そんな彼が戦で負けるというのは大きなイメージダウンであり、また今回の経緯や戦でもここまで完敗したとなると、もはやこれまでのように強い王子のイメージを維持することは難しくなる。


  そして何より今回の戦によって、辺境伯の派閥の兵士や貴族たちが多大な被害を受けた。こうなれば当然その貴族家の力は落ちるだろうし、それによって当然その派閥を後ろ盾としているバルドの力も落ちると言っても等しい。


  つまりこの失敗によって、名実ともにバルドの力が落ちるということになる。次期国王になる争いがすでに最終段階を迎えているこの時期に、ここまで大きな失態はもう継承レースから脱落することは免れない。もう王になることは不可能であると悟ったバルドは、意外と冷静なのかこれからどういう風にふるまっていけばいいか考えるまでに至っていた。


「うおぉー!絶対に生きて帰ってやる!」


  勇み足で敵に向かって言った兵士は、いとも簡単に敵にやられてしまう。それを見て愚かだとは思うものの、かと言って自分がどうすればいいのかはまるで思いつかない。


  当然逃げようと試みた者は何人もいたが、その者たちも全員逃げることに失敗している。どうやら敵は攻めてくる前に包囲網を完成させていたらしく、逃げようとした者は巨大なクモの巣に絡まったり、全長三メートルを超える巨大なカマキリの鎌によって首を切られたりしていた。


「やるしかないか……」


  バルドは自分が王族であると同時に、誇り高い武人でもあると思っている。すでにこの戦場では負けることが決まっているし、万が一逃げられたところで王宮に帰ればいい笑い者になる。

  どうせ生き残っても苦しい状況に追い込まれるだけなのだ。それならばいっそ死んでしまった兵たちの分まで武人として最後まで戦って、正々堂々戦った結果死のうと考えていた。


「さて、そろそろ俺の出番かな?」


  残り少なくなっていた兵士たちも、すでに敵の手によってほとんどが倒れてしまっている。バルドは覚悟を決めると、はるか前方でこの様子を優雅に眺めているビャッコめがけて馬を走らせた。







「自棄になった……のでしょうか?王国の王子がこちらに馬を走らせて来るぞ」

「そのようですね。どうなさいますか?あれでも紛れもなく王国の王子です。やはり捕らえておいたほうがいいでしょうか?」

「そうだな。捕らえておいて……いや我自らが捕らえよう。我が聞いたところによると……、あれはいいスケープゴートになるそうだからな」


  バルドは王国レベルで言うと、トップクラスの個人戦闘能力を持った人間である。また王族としての権力や富により集めた魔法の武器も一級品であり、彼自身その力には自信を持っていた。


「どけどけー!!」


  バルドは剣を振り回し、自分の前をふさごうとするモンスターたちを蹴散らそうとする。


「どけど……本当にどいていくな」


  バルドもどけとは言っているが、まさか本当にどくとは欠片も思っていなかった。おそらく正面からぶつかっても自分と互角やそれよりも強いかもしれないモンスターが何体もいるにもかかわらず、なぜかそれら全員が自分に道を譲ってくれる。


  バルドはそのことに不信感を抱きながらも、それを考えたところで今の自分にできることは一つしかないとわかっているので、考えないようにしてビャッコのところまで馬を走らせ続けた。


「覚悟ー!」


  予想に反して何の障害もなくスムーズにビャッコのところまでたどり着いたバルドは、ビャッコに向けて手に待った剣を思いっきり振るった。


「遅いな」


  ビャッコはバルドの剣を簡単に摘まんで止めてしまう。


「な……にを……」


  バルドは目の前で起きている光景が全く信じられない。剣を防いだり躱したりしたのならわかる。だが目の前の女は、自分が振るった全速力の剣をつまんでいるのだ。


  バルドも白金級冒険者に代表されるような、自分よりも明らかに優れている戦士の存在は知っている。しかしそんな猛者たちでもこれほどまで常識外れの行動はできないはずだし、なにより自分の鍛えてきた剣がこんなにも通用しないものだとは信じたくなかった。


「この剣は……ふむ、Rレアに属する魔法の剣か。この世界の戦士にしてはなかなかいいものを使っているじゃないか。他にもその鎧や靴などは……なるほど、お前の実力にはもったいないくらいのマジックアイテムたちだな」


  バビャッコは剣をつまみながら、バルドの装備を見て感心した声と呆れた声を上げる。バルドの実力は冒険者でいう銀級程度であるにもかかわらず、その装備は総合的に見て白金級並である。人間にしては多少腕が立つことは認めこそすれ、ビャッコからすれば金持ちの子供が身の丈に合わない道具を買ってもらい調子に乗っているようにしか見えなかった。


「くそったれー!!」


  バルドが剣を動かそうとするが、当然ビャッコの力には敵わず剣はピクリとも動かない。やがてバルドの装備しているマジックアイテムをすべて鑑定し終えたビャッコは、いきなり立ち上がりバルドの持つ剣を離した。


「くっ!」


  バルドは急に剣を離されたことで、勢いに耐え切れず尻もちをついた。


「この戦争において、我が真の姿を住民たちに見せておく必要があるらしい。お前は特等席で見られるのだ。その幸運に感謝するがいい」


  バルドが顔を上げると、ビャッコは巨大な白い虎の姿になっていた。全長何十メートル、下手したら百メートルにまで届いているであろうその虎は、その巨大な姿のまま宣言する。


「我こそがルクセンブルクの新たな支配者、ビャッコだ!これからここは私とその部下たちが守る。不安に思うことはない。強大な白虎である我が力を持って、ルクセンブルクは永遠の繁栄を得るのだ!!」


  ビャッコの真の姿を見た者たち(ビャッコの部下以外)は皆固まってしまう。誰もこれほど巨大な虎を見たことはなく、その虎が持つであろう力は強大なものであることが容易に想像できる。またビャッコのような生物は誰も見たことがないので、その強さや姿が知られているドラゴンとはまた違った怖さがあった。


  ビャッコは詳細不明なモンスターの上に、その力は明らかに強いということがわかる。そんな存在が人間の世界に現れて、なおかつ国を統治すると宣言されれば、誰だって驚きすぎて理解不能になってしまうのは避けられなかった。


「王国軍の責任者である辺境伯よ。そなたはどうするのだ?もう一人しかいないようだが……まだ続けるか?」


  バルドがビャッコのところに行っている間にも王国軍は順調に数を減らしており、またビャッコの真の姿があらわになったショックから動きを止めてしまった王国軍は、その隙に辺境伯以外が全員やられてしまった。


  間近でビャッコの変身を見てしまったバルドもとっくに気絶しており、現在王国軍で意識を保っているのは辺境伯だけになってしまっていた。


「……これで戦えるわけがない。降参だ」


  この降伏宣言によって、ついに戦争は終結した。


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