諦め
「なんでこんなとこになっちゃったんだろう。僕たちは家族、いや村のみんなで普通に暮らしていきたかっただけなのに。
いきなり人間たちに襲われて村が焼かれた。家族は殺されて生き残った自分は奴隷になった。奴隷として調教され、ようやくそれが終わったと思ったら今度は知らない人間たちに売られた。
それで僕を買い取った冒険者たちにこんな森の奥にまで連れてこられたと思ったら、今度はわけのわからない人たちに牢屋に入れられちゃった。僕の人生ってどうしてこんなに不幸なんだろう。もうすべてがどうでもよくなっちゃったな」
この少年の名はクルス。中性的、というよりどちらかといえば少女に傾きそうな非常に整った容姿、そして男でも女でもおかしくない名前により、少年ではなく少女と判断される子供である。しかしクルスの性別は紛れもなく男であり、少女にはあり得ないものがついているのだった。
クルスの故郷である村は人間たちによって焼かれた。幸か不幸か、クルスはその容姿の良さによって生き残った。いや、生き残らされたと言うべきだろう。
その人間たちは、クルス以外にも滅ぼした村で容姿のいい者たちを次々と奴隷にしていった。奴隷として売られた者たちは、その後いろいろな経緯で様々なところに運ばれる。
クルスと同じように奴隷にされた者たちは、誰かに買われたり別の奴隷商に売られたりを繰り返していき、同じ村のみんなは離れ離れになった。クルスもそうやって故郷からは遠いこの街まで流れてきたのである。
クルスは巡り巡ってこの街の奴隷商に売られ、そしてすぐこの冒険者たちに買われた。
初めて奴隷として買われたクルスは、いろいろ戸惑いながらも森で男たちと行動を共にしていた。奴隷として初めて買われたのに、それからいきなり森で行動させられるというのは精神的にも肉体的にもつらかったが、それでも何とかここまで来た。
クルスだって自分がただの駒扱いであり、いざというときは囮にされて見捨てられることもわかっていたが、それでも奴隷である以上従うほかなかった。
そうやっていたら今度は拘束された状態で牢屋にいる。
これは子供には、いや大人にとっても非常につらい経験の数々だ。まだ少年であるクルスの心が折れてしまっても何らおかしくはなかった。
「おい奴隷!これはお前が手引きしたのか!?もしそうだとしたら、帰ったらてめえ、どうなるかわかってんだろうな?」
「そうだ!絶対にただじゃ済ませねえぞ!!」
男たちの一部はこれが少年の仕業だと思っている。いや、むしろそう思いたいのだろう。
こんな森の奥でいきなり襲われ、そして気づいたらよくわからない魔法により厳重に拘束された状態で牢屋にいるのだ。男たちもこれが異常な状況だとは気づいている。そして、気づいているからこそ怖いのだ。
だから自分たちで勝手に解釈して、その原因を作り出してあたかもそれが真実だと思い込み、その原因に対して怒ることでその恐怖を紛らわせているのだ。それがたとえ傍から見ればどれだけ愚かな行為だったとしても、自分たちの心を守るために人間としての防衛本能が彼らにそうさせるのであった。
「そんなことしていませんよ。僕はこの街に来てまだ日が浅いうえに奴隷ですから、そんな手引きできるような知り合いはいません。
そもそもこの森に来たのもここを夜営地に選んだのもあなた方じゃないですか。そんな僕が手引きなんてできませんよ」
少年の言うことは正論だ。理性で判断すれば誰もが納得するだろう。クルスの言い分は男たちだって認識している事実だ。しかし、今の彼らにはそれを理性で判断することができない。
「うるさい!奴隷のくせに主である俺たちに口答えなんて生意気だぞ!!ここから出たら本当に痛い目見せてやるからな!」
「犯人が自分から自供することはないでしょうしね。あなたの言うことが嘘だという保証はどこにもないでしょう?」
「だな。解放された後は犯罪奴隷として鉱山に働かせるか」
「それじゃあ甘いだろ。変態貴族にでも売って調教してもらえばいいんじゃないか?こいつなら相当の高値になる。俺たちだってかなりの額を使って買ったんだからな。たくっ、こんなのを売ったあの奴隷商もとっちめてやらないとな」
威勢よくクルスに吠える男たちは、この状況を直視するということから完全に目を背けている。本来なら、彼らに解放された後の話をする余裕はないはずだ。そもそもこんな風に捕らえた相手が簡単に解放するはずがない。本来なら解放された後の話ではなく、今どうやって解放されるかの話をすべきなのである。
「もうどうにでもなれだよね。死ぬなら死ぬでいいよ。こんな人生、もう終わってくれたほうがこれ以上不幸が続かなくてむしろ歓迎さ。それに、死ねば先に逝った家族に会えるかもしれないしね」
クルスのほうはむしろ生きること自体を諦めているため、男たちよりは冷静にこの状況を受け入れられていた。もっとも、生を諦めているため結局は男たちとあまり変わらないともいえるが。
『カツン、カツン』
誰かがこの牢屋に近づいてくる音が聞こえる。おそらくは自分たちを拘束してこの牢屋に閉じ込めた張本人、もしくはその関係者の誰かだろう。少なくとも、暗闇で襲ってから問答無用で拘束して牢屋に入れている時点で、この誰かたちには友好の意思はない。足音に気づいた男たちの顔は強張り、恐怖からくる震えが隠せないようであった。
そして少年には、この足音が自分のどうしようもなく不幸な人生を終わらせてくれる死神の足音に聞こえた。