ルクセンブルクの独立27
「ワオーン!」
ビャッコから命令が下ったのと同時に、一匹の大きな狼が周りから先んじて王国軍に向かっていく。そのスピードは高速に乗った車並、つまり時速にして約百キロ程の速さであり、王国軍からしたら予想外すぎる速さで近づいてきたその狼は、左前足を使い前線の兵士を一撃で数人殺した。
「ワオーン!!」
この狼は孤高の狼と呼ばれる種族である。その種族の特徴としては決して群れることを好まないこと、そしてその圧倒的な戦闘力によって、たった一体でも敵の群れを壊滅できる力を有していることが挙げられる。
実際他のダンジョンモンスターたちとは一切交流しようとせず、ダンジョンやガドの大森林を一匹で行動しているところをよく見かけられていた。
「やられた!あの狼、ちゃっかり一番槍の仕事をやってのけやがった!!」
そう大声を上げたのは、下半身が馬、そして上半身が人間のモンスターであるケンタウロスだ。
戦争における一番槍、どんな戦争でもその名誉は大きなものであり、また今回が初めての戦争となればその名誉はさらに大きなものとなる。
かくいうケンタウロスの彼もその名誉を狙っていた一人だったのだが、それがロウンウルフによって見事に奪われた形になった。
その様子から意図的に一番槍を奪われたと感じた彼は、悔しさのあまり一度舌打ちをすると今度は負けないとばかりに全速力で王国軍に突っ込んでいった。
「狼にばかり負けてられん!我が槍で貫いてくれるぞ!!」
ケンタウロスも下半身が馬であるため、普通の人間よりはかなり早い。ロウンウルフには全然敵わないスピードだが、それでも槍を持ちかなりの速度で突っ込んでいく。
「槍を構えろ!決してあの化け物を近づけさせるな!!」
貴族は半分叫びながら民兵たちに命令を下す。見た感じ明らかに普通の兵よりも数段強そうなモンスターが向かって来るので、貴族もその恐怖心を隠すことはできなかった。
「ムダだー!」
ケンタウロスはその巨体に見合った大きな槍を振り回し、民兵たちを容赦なく殺していく。民兵ごときではその腕力を止めることはできず、皆なすすべなく殺されていった。
「まったく……あの野蛮なケンタウロスには、一度反省してもらわなくてはなりませんね。彼だけでなくミノタウロスやキングブラックベアーなどもそうですが、あのような野蛮な戦い方では決して我が君の尊さを世界に知らしめることができませんよ」
一人の病的なほど白い肌をしたヴァンパイアが、ケンタウロスたちの力任せの野蛮な闘い方に対して独り言で苦言を呈す。
「吸血鬼が!日中に出てきたことを後悔して死んで行け!!」
ヴァンパイアは太陽が苦手だ。これは民兵たちでも知っているような、いわば一般常識ともいえる知識であり、それに従って彼らは、愚かにも太陽の下に出てきたヴァンパイアを殺しにかかった。
「確かに太陽は嫌いです。ですが知らないのですか?我々ヴァンパイアも強くなればなるほど、太陽のことも少しずつ克服していけるものなのですよ」
「なにっ!」
ヴァンパイアは身軽な動きで攻撃をかわすと、すかさず一人の民兵の首元に顔を近づけた。
「うーん、この血はまずそうですねぇ。やはり血は生娘のものに限りますね。こんな汚いおじさんの血は御免です」
「くそっ!俺の血は吸わせねえぞ!!」
「だから吸わないと言ってるでしょうに。あなたたちの血はゴミ同然です。ならばゴミはゴミらしく、せめて美しく処分されてください」
彼が勢い良く両手を広げると、それに合わせてその周りの民兵たちの口から大量の血液が思いっきり噴き出す。
「血液操作による失血死、少しでもまともな存在なら抵抗できるほどの弱い技だったのですが……。やはりゴミどもには抵抗不可能でしたね。安心してください。あなたたちのようなゴミでも、最後は美しく死ねたのですから」
ヴァンパイアが次なる獲物を探す。今度はどう美しく殺そうかと思案している顔は、残酷なことを考えているとは思えないほど美しいものであった。
「あんっ?なんだこのスライムは。どうしてこんなところにスライムが紛れ込んでんだ?」
民兵たちの前に現れたのは、紫色の体をした一体のスライムだ。自分がよく知っている水色でないことが少し気になった民兵だったが、今は雑魚に構っていられる暇はないということで軽く一瞥してから無視しようとした。
「ぴゅい」
「なんだこいつ。なんで逃げねえんだ?」
民兵が無視したにもかかわらず、そのスライムはどこにも逃げようとしない。
「あれじゃねえか?ほら、スライムってかなり知能が低いだろ。だからよくわからずにここにいるんだよ。もうめんどくさいから、お前が一思いに殺してくりゃいいんじゃねえか?」
「しゃうがねえなぁ。スライムを殺すのなんてガキの時以来だけど、久しぶりに殺すとするか」
「いたぶらずに早く終わらせろよ」
「分かってる!」
スライムは雑魚モンスターの代名詞のような存在だ。実際その中でも最底辺のスライムは子供でも簡単に殺せる存在であり、またスライムは伸びたりして楽しいということも相まって、子供たちにとっては半ばおもちゃみたいな存在であった。
「昔はこれでよく遊んだなぁ。懐かしいな。家に帰ったら、久しぶりに弟たちと一緒にスライムで遊んでみるか」
民兵は軽い気持ちで槍を突き出す。これだけで簡単に死ぬのが男の知るスライムであり、目の前の個体もそうだと確信していた。
「ぴゅい?」
「は?」
男の突き出したはずの槍は、確かにスライムの体を貫通している。しかしそれで完全に死んでしまい動かなくなるはずのスライムは、なぜかまだ元気に動いていた。
「もう一回」
男はもう一回槍をスライムに突き出す。今度もスライムに命中しその体を貫いたのだが、それでも変わらずそのスライムが死ぬことはなかった。いやそれどころかむしろ、そのスライムに槍は全く効いていないように見えた。
「なんで死なねえんだ!?」
男は何度も何度も目の前のスライムに向かって槍を突き出すが、そのたびに同じ結果の繰り返しであった。
「ふっざけんな!こうなったら殴り殺してやる!!」
男は子供のころのように、目の前のスライムを直接殴り殺そうとする。
「ぴゅーい」
男の目には、一瞬そのスライムが邪悪な笑みを浮かべたような気がした。しかし知能のないただのスライムがそんなことするはずないと思い、気にせず全力でスライムを殴った。
「な……んで」
「ぴゅぴゅい♪」
そのスライムに触れた瞬間、男は一気に死を迎える。なぜこうなったのかよくわからないまま、男の命は失われていった。
「どうなっている!なんであいつが死んでんだ!?」
スライムに負けて死んだ仲間を見て、民兵たちに動揺が走る。
「ぴゅいー」
スライムは体を大きくすると、そのまま長くなった触手で民兵たちを攻撃する。
ようやく目の前にいるのが普通のスライムではないと理解した彼らは、必死でその触手攻撃から身を守ろうとした。
「ぐは……」
「ぐっ……」
「ママ……」
その触手に触れた男たちは、次々とその命を散らしていく。触れただけで殺される能力。一人、また一人と死んでいくごとにそれを理解し、そして恐怖のあまり規律を伴わず大急ぎでそのスライムから離れていった。
「逃げるな!戦え!スライムごときに負けたままでいいのか!?」
いくら彼らの領主にあたる貴族が怒鳴っても、彼らはその言うことをまったく聞かない。触れただけで殺されてしまうのだ。もはや自分たちにはなすすべがないことは明白で、それに立ち向かうような勇気を持つ者は徴兵されただけの民兵の中にはいなかった。
「あれは……もしかしてポイズンスライムか?」
民兵たちが恐れてスライムに近寄らない中、一人の騎士が民兵たちのところに合流する。
「何か知っているのか!?だったら早く答えろ!ポイズンスライムとは何だ!?」
「男爵様、ポイズンスライムというのは普通のスライム、つまり子供でも倒せるようなスライムの上位種で、毒を操るスキルや魔法を持ったスライムなのですよ」
スライムに上位種がいるという事実に、それを聞いた民兵と貴族が驚愕した表情をする。彼らの中でスライムとは一種類の雑魚だけであり、それ以外のスライムを知らなかったからだ。
普段戦闘にかかわらない者たちは彼らのようにスライムは雑魚だという意識を持つ者が多いが、戦闘にかかわる者、とりわけいろいろなモンスターと戦う機会が多い冒険者だと、スライムが雑魚だという認識を持っている者の割合は小さくなる。
特に高位冒険者になるほどスライムに警戒心を抱いている者は多くなり、それこそ相対したスライムの種類によっては迷わず逃げることを選択する者も珍しくなかった。
「そのポイズンスライムと言うのは強いのか?」
「そこまで強くはなかったはずです。毒には気を付けなければなりませんが、毒さえ何とかすればそこまで強いスライムではなかったかと。知能や素早さなどの基礎能力もただのスライムよりはましですが、それでもちょっと賢い動物並みだったはずです」
「だったら早く殺せ!あいつには槍が効かなかったのだ。だからお前の持つ剣でとどめを刺すんだ!!」
「……槍が効かなかった?だとするとあいつは……」
騎士が言葉をつづけようとした瞬間、スライムが触手を伸ばしてその騎士に触れる。
「こいつは……ポイズンスライムじゃない。もっと……もっと……」
「ぴゅい」
騎士は民兵とは違い一度はその攻撃に耐えたのだが、立て続けに何度も攻撃され続きを言えぬまま死んでいった。
「この役立たずが!くそっ!誰か!誰かいないか!?このスライムは毒を使うのだ。誰か毒耐性の強い者はいないか!?」
貴族が周りに呼びかけるが、敵の攻撃が本格化してきて皆自分のことで忙しくなり、誰も彼の言葉に従って駆けつけようとはしない。
そうこうしている間にもそのスライムは周りにいる王国軍を殺しつくし、果てはその貴族をも殺すことに成功した。