ルクセンブルクの独立26
「いったいなんだあれは!どうしていきなりあんな化け物たちが出てくるのだ!?」
ビャッコたちが現れた光景を見て、バルドは驚きのあまり近くにいた兵士たちに詰問する。冷静に考えればその兵士たちにもわからないことであるということくらい簡単にわかりそうなものだが、驚きや混乱で埋め尽くされている彼の頭ではそれを理解することはできなかった。
「でっ殿下、殿下とともにいた我々では向こうでの会話なども聞こえてこないので、その理由がわかろうはずがありません。ですので辺境伯閣下やその近くであの光景を見ていた者たちに話を聞くべきではないでしょうか?」
「だったら早くそうしろ!!」
「はっ!申し訳ございません!!」
王国軍は現在、皆バルドのように驚きと混乱に支配されている。バルドに叱咤されたことで若干の冷静さを取り戻せた兵士は、陣形を必死に整えようとしている辺境伯に向かって声をかけた。
「閣下!殿下が現状を把握したいとおっしゃられております」
「ええい!今はそんなことに構ってられる暇はないのだ!!殿下には三十分後にはあの軍団と当たることになると伝えておけ。詳しいことはこの戦が終わってから話す!」
「しかしそれでは……」
「いいからそうしろと言っておるのだ!今は一分一秒すら惜しい。分かったら早く行け!!」
「はっ!!」
これが部下の辛いところだ。特に軍隊においては上官の命令は絶対であり、彼は実質的トップと名目上のトップとの間で板挟みになっていた。
この後バルドのもとに報告に行き予想通り叱られたが、バルドも辺境伯の判断に異を唱えることはできなかったらしく、兵士を叱った後はおとなしく軍が再編成されていくのを眺めていた。
「三十分経った。ロンバルキア辺境伯、準備はできたかな?」
「こちらの準備はできているぞ。いつでもかかってくるがいい!!」
三十分という時間で万を超える軍隊を制御したのはさすが歴戦の将軍と言える。彼の敷いた編成はルクセンブルク軍と戦った時と同様で、前線に自分の派閥以外の貴族たちの軍、そして後方には自分たちが配置されていると言う編成だ。
ちなみに捕虜たちも前線に配置しており、彼らの力も捨て駒としてフルに使うつもりであった。
「これでどこまで持つか……。さすがに今回は後方の軍の出番があるだろう。問題はそれがどの程度かと言うことだな」
今回の相手はさすがにルクセンブルク軍とは別格であり、また敵の姿からウルージのように何らかの裏工作をしている者はいないであろうという計算で、今度こそ前線の軍で疲弊させて残りを自分たちがいただこうという算段だ。
辺境伯も目の前の軍団が強いことはわかるが、それでも最終的に自分が負けることはないだろうと言う自信がある。
また目の前の軍団は確かに強そうなモンスターが何体もいるが、それでも全体としては王国軍どころかルクセンブルク軍よりもかなり少ない。
いくら一人一人の質で負けていたとしても、その分数の暴力で挑めば倒せるはずだ。とにかく大事なのは前線の兵たちでどれだけ相手を削ることができるかだ。
どれだけの損害が出ようが、いやむしろ全滅するくらいの勢いで送り出され、一人でも多く道連れにして死ぬのが前線の兵たちの役目であった。
「……前線は捨て駒か。これが貴族の権力争いというもののようだな」
ビャッコは目の前の軍の編成を見て辺境伯の意図を言い当てる。今回王国軍を相手取るにあたって様々な方面から集めた情報を参考にした結果、彼女には辺境伯が前線の兵士と貴族を捨て駒にしようとしているのがよく分かった。
「王国軍はロンバルキア辺境伯とその派閥の貴族が中心の軍であり、そこに東のルクセンブルク元伯爵の派閥だった貴族たちが合流した。
敵が金級や白金級と行った高位冒険者、もしくはそれに匹敵する傭兵などを雇っている気配はなく、また王国及び他国の暗部、もしくは情報系の魔法で監視等もされていない。
相手はいたって普通の民兵中心の軍隊であり、規格外のマジックアイテムを持っているなどの特徴はない。と言うことでいいんでした……いやいいんだったな?シルヴィア」
「ええその通りです。王国軍に対し特別な警戒措置は何ら必要ないと断言できます」
ビャッコは満足気に頷くと、今回連れてきた者たちに指示を飛ばす。
「さて、今回は我々が表に出て初となる戦争なわけだ。これまでは活動するにしても名前や素性を隠していた我々だが、この戦争を機に一気に表に出ることとなる。
お前たちはこの戦いを戦争ではなく、蹂躙に変えてもらうために来てもらった。一部のメンバーを除きお前たちには積極的に敵に向かっていってもらいたいと考えているし、あの程度の相手にならいくらでもそれができるメンバーを集めたつもりだ。
だから私がお前たちに求めることは一つ!この国に、いやこの世界にお前たちの力を見せつけろ!!お前たちにならそれができるはずだ!!」
「「「「「「「「「「ウオォォォー!!!」」」」」」」」」」
ビャッコの演説により全員が雄たけびを上げ、そして王国軍に向かっていく。彼らの目はやる気に満ち溢れており、士気だけで言うのならば圧倒的に上回っていった。