ルクセンブルクの独立21
ルクセンブルク軍が出陣してから三日後の朝、店を開ける準備を終えその日も商売に励もうと店を開けた各店の店主たちだったが、目の前の異様な光景を見てほぼ全員が凍り付いてしまった。
「おいおい、こりゃ一体どうなってんだ?」
彼らの前では、何人もの人間が列をなして歩いている。こんなたくさんの人間が列をなして歩くなんて、この街では祭りの時か軍隊が出陣及び帰還した時くらいである。
これはそれ以外ではけっして見られない光景だ。軍隊はすでに出陣してしまっているうえに帰ってきたという報告もなく、また目の前の集団は武装の類を全くしていない。
そして今日は祭りなんて開催される予定はないということくらい当然頭に入れている店主たちは、目の前の集団がどのような集団なのか、そして彼らは何をしたいのかなど全く見当もつかなかった。
「あっ!八百屋さんじゃない!どう?あなたも一緒に、この運動に参加しないかしら?」
驚いている店主の一人に声をかけたのは、こないだその店主の店で買い物をして行った女性客だ。
「いやいきなり参加しないかと言われましても……、あっしにはいきなりすぎて何が何だか……」
「それもそうね。いきなり参加しないかと言われても困るわよね。できれば今からでも一から説明してあげたいところだけど、さすがにもうそんな時間はないわ。
幸いこっちも人手不足と言うわけではないから、あなたは参加したいと思ったら参加してくれればいいわ。もし気が乗らなければ参加しなくても責めはしないし、逆に参加するなら歓迎させてもらうわ」
「いやですから……、あっしからしたらこの集団が何をしたいのかまだわかってないんですよ。なんで最低限そこのところをはっきりしてもらいませんと、参加するしないの判断までたどり着かねえんですわ」
この集団にはさまざまな種類の人が混じっている。年齢も容姿もバラバラな老若男女(民兵として招集されている年代の男はほとんどいない)が参加していて、見ただけでそれが何の集団なのか見当をつけることはできない。
唯一挙げるなら全員の住んでいるところがルクセンブルクと言うことだけだが、そんな当たり前のことが分かった程度で彼が何か察することができるはずがなかった。
「本当にわからないかしら?私のような戦争で家族を連れていかれた者が参加している集団の正体が」
「戦争に家族を連れていかれた?ちょっと待ってください、まさかそれって……」
「そういうこと。私たちの目的はルナ・フォン・ルクセンブルクに会うこと。そして会ってからしっかりと話をすることよ」
「でもそいつは……」
「あなたの言いたいことはわかってるわ!でもね、それでも私たちが動かなければならないのよ!!」
彼女の覚悟を決めたあまりに真剣な顔を見て、彼はそれ以上何か言うことができなかった。
「そういうわけだから私はもう行くわね。あなたもこれに参加するかどうかは強制しないけど、できることなら参加してくださいね」
彼女は最後に笑顔を浮かべた後、また集団に戻りルクセンブルク家の屋敷へと歩を進める。その後ろ姿を呆然と見送った店主はしばらくしてからようやく我に返り、急いで店じまいをした後、家にいる妻に先ほどの話をした。
「そういうわけでな。なんかいろんな人たちがルナ様に抗議しに行くようなんじゃ。あっしはそれにすごい驚いてなぁ。
詳しいことはまだ知らんのやけど、さすがにそりゃ無理だと思うんだが……お前はどう思う?」
「私は成功すると思うわ」
「!?」
店主は自分の妻が迷いなく言い切ったことに驚きを覚える。彼は妻が成功すると予想したから驚いたわけではない。彼が驚いたのは、妻が迷いなく結論を出したことだ。
「なんでそんなに迷いなく言い切れるんだ?」
「だって私も昨日誘われたから。その時にいろいろ教えてもらってるの」
「それって……、つまり今日こんなことがあるとお前はあらかじめ知っていたのか?」
「ええ。本当は昨日のうちにあなたに言おうと思ったんだけど、うまくタイミングが合わなくて言うに言えなかったの」
店主は妻が昨日のうちに言わなかったことに対して不満を持ったが、今はそれどころじゃないと思いそのことはいったん忘れて別の質問をした。
「それで……お前はあの集団に賛同しているのか?」
「個人的には賛同しているわ。でもあなたに黙って参加することも、あなたの賛成を得ずに参加することもしたくなかったから、参加するかどうかは旦那次第と言ってあるわ。
幸いにも参加を強制される団体じゃなかったから、それでも構わないと言ってもらえたわ」
店主はその言葉を聞いて深く考え込む。それは妻が賛同しているのなら……と言うことである。
あのような集団が領主邸に向かっているのだ。すべて何事もなく穏便に片付くと言うのはまずあり得ないだろうし、下手したら参加していない自分たちにも何らかの被害が出る可能性はある。
それに住民の中でもかなりの数が参加しているようだったから、今日はおそらく店を開いても客が来ない、少なくとも、その抗議活動とやらが終わるまで人は来ないだろう。
だとすればこの時間をどうするか、抗議活動に参加するのか、それとも巻き込まれないように家に隠れているのか、どちらかを選ぶ必要があった。
「聞いておきたいことがあるんだ。お前はこの活動は成功すると言っていたよな。直接話を聞いたお前が言うんなら、何も知らないあっしの判断よりは正しいんだろうが、何を聞いて成功すると判断できたんだ?
こういう抗議活動みたいなのはどこでも時々あるみたいだけど、結局どこも取り締まられてうまくいかないパターンが多いイメージなんだが?」
「それはね……」
妻の話す内容を聞き、彼の中でも確かに今回の抗議活動は成功する可能性が高いと思われた。
だがその判断は、あくまで妻に話したものの言葉がすべて真実だった場合である。参加者を一人でも増やすため、その者が嘘をついている可能性を考慮しなくてはならなかった。
「すごい判断に困る話だが……、実際あっしも最近のルナ様には不満がある。今の話を聞くところ表にいる人たちに任せておいてもいい気がするが、やっぱり一人でも参加者が多いほうがいいのは事実だと思う。
一番賢いのは他の人たちに任せて自分は家で静観し、活動が成功すればその利益を受け、活動が失敗すれば巻き込まれないように隠れていることだと思うけど、あっしは残念ながらそこまで賢い人間じゃねえや」
「じゃあ参加すると言うことでいいの?」
「ああ。だがその代わり、お前は参加しねえでくれ。あっしに万が一のことがあっても、お前がいれば子供たちは生きていける。そうなれば俺も、安心して参加できるってもんだ」
彼の言葉を聞き、その妻の顔が見る見るうちに赤く染まる。
「ふざけないで!もう絶対に私を置いていかせないわ!!あなたが危険なところに行くのなら、私も必ず一緒に行くわ!」
彼女は戦争で夫がケガをしたと聞いた時、その報告を受けて非常に悲しんだが、それと同時に安堵もしていた。これで旦那がもう二度と戦争に行かなくて済むと思い、誰にも見られないようひそかに喜んだのは内緒である。
そんな旦那が、また自分を置いて危険な場所に行くと言っているのだ。彼女としてはそれは絶対に許容できないことであり、自分を連れて行かないのなら旦那が行くことも全力で留める気であった。
「……本気なんだな」
「ええ本気よ。絶対一緒に行くわ」
「子供たちはどうする?」
「子供たちも連れて行くわ。他の人たちもそうしているもの。家族、いや住民一丸となって戦いましょ」
妻の覚悟を決めた顔を見て、彼はそれ以上反対することができなくなる。もはや彼女を思い留める言葉はないと知った彼は、妻の言葉を受け入れることを決めた。