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ルクセンブルクの独立20

  時は少し遡る。王国軍を迎え撃つために民兵たちが招集され、午前中にルクセンブルク軍として街から男たちが出陣していった。

  これはその当日の午後、つまり軍が出陣してから数時間経った後の出来事である。


「やっぱり納得いかない!!なんでうちの旦那が、こんな無謀な戦争に行かなくちゃならないのよ!?」


  三十歳前後だと思われる少し恰幅のいいその女性は、買い物に来ていた八百屋で自分の不満を盛大にぶちまけた。店主と話しているうちに、我慢できなくなっていきなり叫んだのだ。

  とは言えこうなるのは彼女だけではない。自分の旦那や息子、恋人など、大切な人がほぼ負けると言われている戦争に行くことになって、残される側の者たちは時折こうやってその不満を吐き出していたのだ。


「落ち着いてくださいよ奥さん。徴兵制をとっている以上、それがどんな無謀な戦争だろうが容赦なく招集されて戦わざるを得ないんですよ。

  それにこんな表でそんな危険なこと言わないで下さいよ。幸い今のところ捕まった人はいないそうですが、そんなことばかり言ってると、下手しなくても捕まっちまいますよ」


  店主が苦笑しながら女性を窘める。買い物に来る女性客の半分近くが毎回こうなるので、彼も「またこうなった」と慣れた様子でいつも通り対応した。


「それはあなたが戦争に駆り出されなかったから言えることだわ!もしあんたが戦争に行かなければならなくなったら、あなたの奥さんも間違いなく私とおんなじことを言うわよ!!」


  店主はまだ四十手前であり若いとは言えないがけっして年寄りとは言えず、普通なら間違いなく招集されているはずであった。


「まああっしの右膝はもういかれちゃってますからねぇ。戦争になんて駆り出されても、戦地につくことなく脱落しちまうのが落ちですわ。

  この傷も戦争のせいによるもんだし、奥さんの言う通り戦争に行ってほしくないと言う気持ちは重々承知できますがね」


  彼はそう言って、いまだに跡が残っている右膝を見せる。

  店主は十五年前の戦争で右膝に矢が突き刺さり、それ以降戦争には呼ばれていない。リハビリの末何とか日常生活に支障は出なくなったが、いまだに全力ダッシュと長時間歩くことはできないでいた。


  彼のようにまともな機動力がない者は軍において足手まといにしかならないので、彼のような戦争に支障をきたすほど深刻なケガをしている者や年老いた老人、そしてまだ体の全然できていない子供は招集対象にはなっていなかった。


「……そうよね。あなたもあなたで大変なのよね」


  結局彼の店で不満をぶちまける者は、その右膝を見て皆トーンダウンしていく。皆店主が昔右膝のことで苦しんでいたことは知っているのだが、それでも目の前で戦争に呼ばれていない三十代の働き盛りの男がいると、どうしてもため込んでいた不満をぶちまけたくなってしまうのだ。


  店主は店主で不満をぶちまける客に対して言いたいことの一つや二つあるのだが、そこは客商売、自分のところの野菜を買ってもらうためにも、自分の言いたいことを我慢してお客の言うことを聞いていた。


「奥さん、こう言っちゃあなんですけど、今はルクセンブルクにいる全員が大変な時です。みんなで力を合わせて頑張りましょうや」

「そうよね。確かに私やあなたを含めて、この戦争に苦しんでいる人はたくさんいると思うわ。あそこにいるであろう連中を除いてね」


  そう言って彼女が睨む先には、この領地の中心にそびえたつルクセンブルク家の屋敷があった。


「いやいや奥さん、領主様たちも彼らなりにつらいことはあると思いますよ。実際戦争をするには人だけじゃなく、その人たちへの武器や食量も必要になってきますから。もちろん商人などからの寄付などもあるでしょうが、それでも半分以上は領主様のお金で賄われているはずですよ」

「それだって所詮は私たちの税金でしょ。今回はなかったけど、私が子供のころは戦争のために増税したことも何度かあったわ。それに私が子供のころだけじゃなくお父さんやお爺ちゃんのころも合わせると、戦争のための増税はもっとたくさんあったそうよ。

  つまり領主は自分のお金だとか言いながら、結局は私たちから税と言う形でお金を搾り取っているだけで、それが足りなくなれば簡単に増税して、すぐにそれも自分のお金にしているのよ!!」

「そう言われてもですねぇ……」


  こんなことを言われてもさすがに反応に困る。貴族が税金を自分たちの懐に入れるのはある種当たり前のことだ。この国では貴族の権力が強く、その土地の領民たちは領主の所有物のようなものである。


  もちろん店主も貴族を恨みたくなることがいくつもあるが、結局それに逆らうような気概はない。自分は平民で相手は貴族、その身分差がある以上、これまでの教育や慣習から反逆など諦めるしかなかったのだ。


  それに彼女の言っていることは、もはや庇い切れないほどのルクセンブルク家、及び貴族制への大批判だ。

  家の中だけでならともかく、さすがに表でこんなに堂々とした批判をされるとマズ過ぎる。ここは民主主義国家ではないのだ。こんな会話を聞かれたら、さすがに彼女が逮捕されても何らおかしくはなかった。


「どうなの?私が何か間違ったこと言っているかしら?」

「いや奥さん、それ以上はさすがにまずいですよ。あんたには小さい子供もいるんですから。その子のためにも、これ以上危ないことは言わないでください。今ならあっしも聞かなかったことにして、外に出さず心の中に留めておくだけにしときやすから」


  店主が真剣な顔でそう告げる。女性も自分の子供の顔を思い出し、店主の言うとおりこれ以上その話を続けることは控えようと考えた。


「ごめんなさいね。つい我を忘れてヒートアップしてしまったわ。お詫びと言ってはなんですけど、ついでにこれとこれももらおうかしら」

「へい毎度!今後ともごひいきに!」

「ええ。また寄らせてもらうわ」


  彼女はその後も商店街を回り野菜のほかにもいくつか買い物を済ませた後、すっかり重くなった荷物を持ちながら家に向かう。


「なあおばさん、重そうな荷物だな。俺が少し持ってやろうか?」


  そう彼女に声をかけてきたのは、一人の浅黒い肌をした健康的な少年だ。予定よりもたくさん買い物をしたため荷物がかなり大量になっていた彼女は、自分の子供よりもいくらか大きいその少年の言葉に甘えることにした。


「あら親切な子ね。だったら途中まで頼めるかしら?」

「途中までと言わず、おばさんの家まで運んでやるよ」

「あらありがたいわね。そこまでしてくれるんだったら、こっちも何かお礼をしないとね」


  親切な少年を見て彼女は上機嫌になる。


「別にお礼なんていらないさ。でもそうだな……それならおばさんの家に着くまでの間、俺の相談ごとに乗ってくれねえか?」

「ええもちろん。どんな相談か聞かせてもらおうかしら」

「ああそれはな……」


  少年はそこから少年らしい、すでに大人な彼女にとってはかわいらしい相談を投げかけてくる。自分の子供もいずれこういった悩みを持つのかもしれないとほほえましい気持ちで少年の相談ごとに乗っていた彼女だったが、家に近づき人気が少なくなってきたところで、少年がこれまでとはまったく違う類の相談、と言うより質問をしてきた。


「なあおばさん、おばさんが八百屋で買い物しているときに聞いたんだけど、おばさんもやっぱりルクセンブルク家、いやその現当主のルナ・フォン・ルクセンブルク様には、全然いい感情を抱いていないんだよな?」

「え……い、いきなりどういうこと……」


  彼女が戸惑うのも無理はない。質問の内容も内容だが、何より少年の顔が先ほどとは打って変わってものすごく真剣だからだ。


「そのまんまの意味だよ。ルナ・フォン・ルクセンブルクに不満を抱いているかどうかを聞いているんだよ」

「それは……」


  もちろん彼女の中では答えが決まっている質問だ。だがそれをはっきり言葉に出してもいいのか、店主に言われたことを思い出した彼女は、その答えを言うことができないでいた。


「おばさんの気持ちはわからないでもないよ。でもね、今この街は彼女に対する不満が蔓延しているんだ」


  少年の言うことは紛れもない真実だ。戦争のことだけでなく、そもそもブルムンド王国からの独立と言う判断自体が不満の大きな原因だ。

  最初はいきなりの発表に混乱していた者たちも、事態を飲み込んでいくにしたがってルナに対する不満や不信感を抱き始めた。


  多くの者が声を挙げようとは思っていた。しかしそれが今表立って行われていないのは、以前あったルナへのクーデター事件だ。

  あれでクーデター側が失敗し、その後その家族たちまで粛清の憂き目にあってしまった事件は、領民たちの頭に強く焼き付いている。


  もちろんルナが自分を裏切った部下たちを粛正するのは当然と言えば当然なのだが、それでもその家族すら殺していったのは民にとって衝撃であった。


  その結果歯向かえば自分だけでなく家族すらも危ないと思った領民たちは、ルナに対し大胆な行動をとることができなくなっていった。


  そうやって一時は収まったのだったが、戦争に民兵として自分の家族や友人、恋人が連れていかれたことで、またルナへの不満が増大していった。


  そして彼女が八百屋で言っていたように街中で普通にルナを批判する(あくまでルナに対して直接言うのではなく、知人との会話の中で言っている)者もいるのだが、それで捕まったと言う人が聞かないほど、それらについてはまったく取り締まられていない。


  住民たちもそうなると恐怖が薄まり、その分声が大きくなっていく。そういった経緯によって、現在ルクセンブルクではルナに対して悪感情を持つ者がたくさんいたのだった。


「おばさん、僕たちはね、ルナ・フォン・ルクセンブルクを倒そうと思っているんだ」

「そんな!本気で言っているの!?」


  こんな子供が領主を倒そうと計画しているなんて!彼女は驚きのあまり、人生で一番と言えるぐらい瞳孔を開いていた。


「僕は本気だよ。それに仲間たちもね」

「おばさんも詳しいことはわからないけど、さすがにそれは難しいと思うわよ。それに今男たちは戦争に向かっているのよ。

  私たち女子供、それに老人だけで領主様を倒すのは難しいんじゃないかしら?」

「それについては大丈夫。こっちにはとっておきの助っ人たちがいるんだ」

「とっておきの助っ人?」

「そうさ!詳しくは言えないんだけど、つまりこっちにも十分な勝算があるっていることさ」


  少年の妙に自信満々な声に、彼女もそれを信じてみたいと言う感情に襲われる。だがこの話に乗れと囁く彼女の感情に反して、理性はこの話は危険だから乗るなと囁いてくる。


「わかったわ。今は無理だけど、今夜か明日にでも詳しく話を聞かせて頂戴」

「おばさんならわかってくれると思ったよ。了解、じゃあ明日午前中に迎えに来るよ」


  女は理性より感情で動く生き物だ。これはあくまでそういう女性が多いと言う説であるが、どうやら彼女にもそれが当てはまるようだ。

  理性と感情を比べた結果、彼女の中では感情が勝利を収めていた。


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