ルクセンブルクの独立16
「さてと、どうやって乱戦に持ち込……む、か……」
「た、隊長ー!!」
隊長の後ろでは、血走った眼をした民兵が手に持った槍で隊長の体を貫いていた。
「貴様!なぜ隊長を刺した!?」
「もうどうにもなんねえからだ!こうなりゃこっちの指揮官の首をもって、王国軍に頭下げるしかねえだろうが!!」
「馬鹿なことを言うな!王国軍がそれぐらいで止まるはずがないだろ!!隊長は確かにこの軍ではトップの指揮官だが、それでも所詮は平民にすぎんのだぞ!!」
副隊長の怒りはもっともだ。王国は貴族と平民の身分の差が大きく、貴族たちは明確に平民たちを見下している。
これで刺されたのが元とはいえ伯爵のルナであったなら、反逆者のトップとして首を差し出すことで戦を終えられたかもしれない。
しかし刺されたのは今回の最高指揮官とはいえその実態は伯爵家に仕えるただの平民であり、これまでの武勇などを考慮しても彼はあくまで一人の武官にすぎなかった。
だとすれば王国の貴族たちがその程度の首で満足するわけがなく、また今回武功がほしいバルドたちは、むしろ最高指揮官が部下に殺されて混乱しているところを積極的に攻撃するのは明白であった。
「こんなことで戦は止まらん!それどころか、お前たちは唯一生きられるかもしれぬ道をなくしたのだぞ!!」
「だが向こうの使者は俺にそう言わなかった!ルクセンブルク軍のトップの首を差し出せば、自分たちは攻撃を止めると言っていたぞ!!」
副隊長は向こうの使者と言う言葉に一瞬戸惑いを見せるが、なんとなく事情が分かったため改めて民兵を怒鳴りつける。
「そのルクセンブルク軍のトップとは誰のことだ!?」
「それは言われなかったけどよぉ。やっぱりこの軍を仕切っている奴じゃねえのか?」
隊長を刺した男の言葉に、周りの民兵たちは同意していく。
しかしそれとは逆に副隊長をはじめとした民兵以外の正規の軍人たちは、その言葉を聞き皆渋い顔をしていた。
「……やられたな。民兵を騙して軍を混乱させ、なるべく少ない被害で勝つ作戦か」
「どういうことだ?なんでオラが騙されたことになってんだ?」
「わからない……んだろうな。お前たちに言っておくが、ルクセンブルク軍のトップは隊長じゃないぞ」
民兵たちは一斉に不思議そうな顔をする。
「どういうことだ?普通トップは指揮官だろ?」
「違う。このルクセンブルク軍のトップはルナ様だ。これは戦の現場にいようがいなかろうが関係ない。これは他の領地でもそうだから、おそらく隊長の首を差し出したところで敵は止まらないだろう。
もし向こうが単純にルクセンブルクの土地と民が欲しいのなら戦をやめる可能性があるが、武功がほしかった場合はむしろ喜々として攻めるだろうな」
「だったら首を差し出してみればいいじゃねえか!?俺たちだって王国民なんだ。服従の姿勢を見せれば、相手だって攻撃をやめてくれるぜ!!」
「そうかもな。だが、それももう遅い。周りをよく見ろ。すでにチェックメイトだ」
王国軍はすでにルクセンブルク軍に刃が届くところまで接近してきており、彼らは指揮官を失い混乱している軍を容赦なく攻撃している。
王国軍の錬度も決して高くはないが、さらに錬度が低いうえに混乱もしているルクセンブルク軍では全く勝ち目がなく、ルクセンブルク側のみが一方的にその数を減らしていた。
「だったら早いとこ首をもって降伏宣言しようじゃねえか!お前らもそれでいいだろ!?」
「「「「「おぉー!!」」」」」
「だったらそうすればいい。幸いというかなんというか、すでに隊長はこと切れている。だったら首をもって早く降伏をしてこい」
副隊長はすでにこの戦を諦めている。もう負けも死もほとんど決まっている戦だから民兵が勝手に何をしようが興味はなく、最後は自害するか敵に突っ込んでいくか、どっちの方法で死のうかしか考えていなかった。
「これが指揮官の首だ!約束通りルクセンブルク軍トップの首を持ってきたんだから、俺たちの降伏を受け入れて攻撃をやめてくれよ!!」
民兵が隊長の首を掲げながら大声で懇願すると、王国軍の動きが一度止まった。
「そんな約束した覚えがないのだが……、一応聞いておこう。それは本当にルクセンブルク軍のトップの首か?」
王国軍の中からウルージ子爵が出てくる。彼が前線に配置されていた東の貴族たちの中で一番権力を持っていたため出てきた、と周りには思われていたが、彼こそが使者を使い民兵に指揮官を殺させるよう仕組んだ男であった。
「そうだ!この戦の指揮官の首だ!!」
「その指揮官は男ではないか。ルクセンブルク軍のトップはルナ・フォン・ルクセンブルクであろう?」
「ルナ様はこの戦場に来ていらっしゃらない!だからここではこの男がトップだ!!」
「それは許容できんな。その男はただの平民であろう?だったら、その男が死んだところで価値はほとんどないに等しい。
それにお前はただの民兵だ。そんな男の、しかも指揮官だという男を殺した者に、降伏を宣言されたとしても信じられぬではないか!!」
やはりウルージ子爵は民兵の降伏を受け入れない。そもそも彼は敵の混乱のために目の前の民兵を誘導したのだから、このまま混乱したところを打ち滅ぼし、最小限の犠牲で戦果を挙げるつもりであった。
「兵たちよ!攻撃を再開せよ!!」
「ふざけんな!約束を破るんじゃねえよ!!」
民兵が恨み言を言うが、王国軍はそれを無視して攻撃を再開する、ように見えたが……
「ちょっと待つのだ!その降伏、受けようではないか!!」
王国軍の方からロンバルキア辺境伯、つまりウルージよりも数段偉く、実質今回の軍の全権を担っているに等しい男が兵を止める。
さすがに辺境伯が出てくればウルージの命令を無視してでも兵は止まらざるを得ないので、兵士たちは攻撃を再開することはできない。
「しかし閣下、あの首はあくまでこの軍の指揮官の者であり、ルナ・フォン・ルクセンブルクの首ではございませんよ」
「そんなことはわかっておる!だがそれでも、あの首はここにいる兵たちの中ではトップであることに変わりはあるまい。
であるならば、ここで敵の降伏を受けるのもやぶさかではない。それに彼らが降伏することで、双方犠牲を最小限に抑えられるのだ。これを受けぬ手はあるまい?」
「ですが……」
ウルージの顔が青ざめていく。彼が民兵に使者を送ったのは完全にスタンドプレーであり、辺境伯たちには一切報告していないことだ。
念のためその使者は領内に隠しているのだが、もしばれた時のことを考えると平常心ではいられなかった。
「子爵は一体何が不満なのかな?」
「ふっ、不満などあろうはずがございません!閣下が決めたのであれば、我々は従うまでです!!」
「それならよかった。君が敵の降伏を受け入れず攻めようとしたのでびっくりしたよ。君がいつのまに私より偉くなったのかとね」
「それは違います!!私はあくまで敵の言い分が納得できず、彼らが時間稼ぎをし何か策を練っているのではないかと思っただけです!!けっして、決して私が閣下よりも偉いなどということはございません!!」
ウルージは必死に弁明する。これは彼らしくない失態だ。
自分の策がうまく嵌って気分がよくなったのか、それとも戦場の死の匂いに興奮したのか、普段の小心者の彼なら絶対にやらないような失態であった。
「まあそこは君を信じるとしよう。それより敵の降伏を受け入れる準備をしてくれないか?」
「はっ!今すぐ降伏を受け入れる準備をいたします!!」
「……ふんっ!出しゃばりが」
ウルージを含め、貴族たちが兵を動かしてルクセンブルク軍を捕虜としていく。ルクセンブルク側も民兵を中心にすでに戦う気は失せており、おとなしく王国軍の捕虜になっていった。