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ルクセンブルクの独立14

「兵を動かせ」


  先に動いたのは王国軍の方だ。実質的な大将である辺境伯の指示に従い、彼らは自分たちの軍を三つに分ける。そして三方向から同時に敵を攻撃するという、さして珍しくもない作戦をとった。


「さて……この数の差をどう覆そうとしてくるのかな?」


  今回の戦は、双方の間に数的及び戦力的優位が存在している。実際王国軍は自分たちの軍を三つに分けているが、それでも一つ一つの軍の人数では王国軍の方がいまだ上回っている。


  軍を複数に分けるというのはよく使われる作戦である。しかし今回のようにかなり数的優位のある、具体的に言うなら三倍以上の数の差を誇るほうが使うと、それはものすごい脅威になる。


  ルクセンブルク側は自分たちも軍を三つに分けて対応しようとすれば、当然数に差がある一つ一つの軍隊同士の戦いで負けてしまい、逆に軍を分けなければ三方向から攻撃され、身動きがとれぬまま潰されてしまう。


  どうすればこの状況を打開できるか、ある意味指揮官にとっては最大の見せ場であった。


「正面に向かって突撃しろ!そうすれば道は開ける!!」

「しかし隊長!正面の敵軍の数は我々よりも多いです。正面から突撃しても負けてしまうのでは!?」

「だったらどうすると言うんだ!? 元々この戦いは我々の圧倒的不利から始まっているのだ!!援軍を見込めない以上時間稼ぎなど無意味なことは考えず、とにかく少しでも勝てる可能性があると思われる方法を即座に実行するしかないではないか!?」


  ルクセンブルク軍にはルナの姿がない。現在この軍の最高指揮官は部下に隊長と呼ばれたこの男であり、彼にはこの戦いにおける全権が与えられていた。


「ならば降伏しましょう!!どうせ勝てる見込みのない戦いなんです。我々が降伏してもしなくても結果は変わりませんよ!」

「しかしルナ様の命が……」

「あんな小娘の言うことなど、無視してしまえばよいのです!それにどうせ王国側が勝利を収めれば、その瞬間彼女には何の権力もなくなります。

  だったらそんな沈むことが確定している泥船ではなく、これからも航海し続けることができる大船に乗るのが賢明ではないのですか!?」

「だが私の家には、ずっと受けてきたルクセンブルク家への代々の恩義がある。そしてなにより、私自身も先代伯爵様には多大な恩を受けた。

  いくら先代様を追い落とした女であっても、私にはそれをあの方の娘であるルナ様に、そしてなによりルクセンブルク家当主に返さねばならない義務がある!だからそう簡単に裏切ることなどできぬし、してはならないのだ」


  この男の祖先は元々奴隷、それも重大な犯罪を犯した者がなる犯罪奴隷であった。


  彼の祖先は濡れ衣や誰かに嵌められたせいで犯罪奴隷になったのではない。その祖先はまぎれもなく自分の意志で犯罪を犯し、その動機も正常な者なら誰しも納得しないものであった。


  だがその者は犯罪者ではあるが戦闘能力は高かったため、単純に死刑というわけではなく犯罪奴隷として戦争などで使われる()となった。

 

  なまじ戦闘能力が高いためそこで活躍していたのだが、どんな人間にも老いというものが迫り寄ってくる。

  所詮は犯罪奴隷のため結局それで死んでしまったのだが、肝心なのはその時になって彼の子供が発見されたということだ。


  母親のほうは再婚していなかったため当然父親はいないが、その女は借金のかたにその子を奴隷として売り捌いた。そしてその子の父親が強かったこともあって、その奴隷にはたくさんの購入希望者が殺到した。


  なんせ戦闘能力だけが取り柄の父親から生まれた子供だ。その血を引いているとなればその子供も強くなる可能性は高いし、何より奴隷という非常に扱いやすい存在だ。

  それにまだ子供な点もいい。今のうちから奴隷として教育を施しておけば、まともな性格で戦闘能力の高い奴隷が出来上がる可能性があるということだ。


  そういう思惑で行われたその子供の主人を決めるオークション、そしてその結果落札したのが、当時のルクセンブルク伯爵であった。


  その代の伯爵は人格者として非常に有名な人物として知られていた。彼は自分の意志や失敗によるものではなく家庭環境のせいで奴隷になってしまったその子供を奴隷としてではなく、一人の人間として育てようと試みた。彼はちゃんとした教育をその子供に施し、その子が成人すると同時に奴隷から解放し自分の家臣として召し抱えたのだ。


  その子供は自身の才能と伯爵から施された教育により、ルクセンブルク家の家臣として十二分な働きを続けた。

  そしてその働きが認められ重臣の末席に加えられるほどになり、それ以降代々その家はルクセンブルク家に仕えている。


  そういった経緯からルクセンブルク家に多大な恩のある彼の家は、これまでの歴史上誰一人としてルクセンブルク家への反旗を示した者はいない。


  そしてそれは今の当主である彼の代でも変わらず、こんな状況になろうがルクセンブルク家を裏切ることはできなかった。


「それは自分も同じ気持ちです。確かに自分の家も代々ルクセンブルク家に恩義がありますし、かの家を裏切るような行為をするつもりは毛頭ありません。

  ですが今回のルナ様の行為は明らかに狂っています!仮にルクセンブルクが王国から独立することを認めるとしても、この状況では無理なことは誰にでもわかります。

  例えば王国がすでに半分以上の領地を失っていて力がかなり落ちていいるとか、王国が内外で大変でここまで手を伸ばす時間がない。それ以外にもたくさんの有力貴族にちゃんと根回しをしている、我らルクセンブルク領にとって理不尽すぎる命令を国から受けたなど、何か根拠やそうせざるを得ない理由があるのであれば、選択肢として独立もやむなしでしょう。

  自分もそういった状況下でルナ様が独立を宣言されたのであれば、当然家臣としてその下につき、この命が枯れるまで戦いましょう」


  副隊長という地位についている彼の家も、隊長の家と同じで代々ルクセンブルク家に仕えてきた家だ。隊長の家ほど複雑なストーリーはないにしても、彼にもルクセンブルク家への紛れもない忠誠心があることには間違いなかった。


「しかし今回の場合は全く違います!確かに公国との戦や隣国である獅子王国の乱れの余波などで、王国は以前よりも力を失っています。

  ですがそれを考慮しても、我々ルクセンブルク軍と王国軍ではその戦力差が膨大ではないですか!?実際ここにいるのは、王国軍の半分の一にも遠く及ばないであろう兵数です。

  敵の半分にも遠く及ばないような兵数が、我々の動員できる限界量の三倍を優に超えているのです。つまり単純に考えて王国は我々の六倍以上の兵数を保有しているということあり、どう考えても勝てる気がしません!!」


  副隊長もルクセンブルク家の当主を裏切りたくはない。だがそういった気持ちに勝つほどに、今回のルナの行動は彼にとって理解できず許せぬものであった。


「それは私もわかっている。それに仮に奇跡が起きてここで勝ったとしても、王国軍にはまだまだ兵が残っているのだ。兵数だけでなく国力の差も考えれば何らかの奇跡が起こらぬ限り、間違いなくルクセンブルクは将来的に王国に敗れてしまうだろう。いやむしろそうなる前に、敵の戦略や不安などからくる同士討ちや内紛で、一年ももたず自滅してしまうかもしれないな」


  隊長の語る未来、それは少しでも知恵のある者なら、誰しもが思いつく未来であった。


「それがわかっているなら!」

「ならばどうしろというのだ!?我々がここで降伏してしまえば、それでルクセンブルク家の歴史は完全に終わりだ!

  確かに降伏すれば我々の命が助かるかもしれん。それにここでの犠牲は両軍ともに減るだろうし、戦が早く終わればそれだけ民も楽できるだろう。

  だがルクセンブルク家はどうする?我々の代々仕えてきた家が確実に滅びるのだ!まさか貴様もこの期に及んで降伏しさえすれば、それでルクセンブルク家が許されるなどと思ってはいまいな!?」

「それは……」


  王国がルクセンブルク家を許す、それは絶対にありえないシナリオである。


  一度王国に背いた、しかも独立宣言までした貴族を許してもう一度ルクセンブルクの統治を任せるなんてことは、誰がどう考えてもあり得ない。王国はそこまで甘々な国ではないし、それにそこまで人材不足でもない。


  つまりこの戦争で負ければルクセンブルク家がなくなることは確実であり、彼らはそのために戦っていると言っても過言ではなかった。


「それならルナ様の首を差し出し、ルクセンブルク家には別の方を当主にすればよいのではないですか?当然外部の王侯貴族からその伴侶が送られることになるでしょうが、それでもルクセンブルク家の血を絶やすことにはなりません。

  ルクセンブルク家の血を絶やさないこと。それが我々にできる最大限の奉公ではないのですか!?」


  彼は副隊長の言葉に対し、ため息をつきながら残念そうに返答する。


「……ルクセンブルク家の血か。それはいったいどこに残っているんだ?」

「それは分家の方たちが……」

「分家はもう残っておらんよ。お前はもうあの粛清を忘れたのか?あの苛烈な粛清を」


  彼の言う苛烈な粛清、それはルナに対し分家や重臣たちが牙をむいた事件で、それを防いだルナが当事者はもちろんその親族までも手にかけたというものである。


  この粛清によってルクセンブルク家の血は大量に失われ、現在ルクセンブルクの名を名乗る資格のある人間はルナ・フォン・ルクセンブルクたった一人しかこの世に存在していなかった。


「ならばルクセンブルク家に忠義を尽くす家の者として我々にできることは……」

「その通り。ここで生き残れるわずかな可能性にかけて、客観的に見ても無謀としかいえない突撃を敢行するしかないのだ」

「つまりルクセンブルク家の生き残る可能性が僅かでも上がるために死ねと……、そういうことなのですね?」

「それしか道はない。それともどうする?納得いかぬようなら今ここで逃げても構わんぞ。長い付き合いだ。それぐらいは目をつぶってやる」


  死ぬことがわかっていながら、自分たちの忠義を尽くす家のために引くことはできない。

  これは忠義を理解せぬ者にはまったくもって理解に苦しむ行動である。それでも主家のために死ぬ覚悟を決めたその姿は、忠義を理解せぬ者たちの目から見ても美しいと心奪われる様であった。


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