ルクセンブルクの独立11
バルドを大将とした王国軍がルクセンブルクに向けて東進している。隠れることなく堂々と進んでいくその軍を、離れたところから覗いている者たちが数名いた。
「準備はできたか?」
「はい。これからあの軍団に奇襲をかければいいんですよね?」
「そうだ。向こうに不信感を抱かせないためにも、ここらで何度か奇襲をかける必要があるのだ」
「かしこまりました。では早速奇襲をかけましょう」
そう言って彼らは、各々手に持った弓から思いっきり矢を射かける。
「ぐはっ!」
「くっ!やられた!!」
「いった!!」
遠くから飛んできた矢に当たった者たちは、当たり所が悪かった一部が絶命し、そうでない者たちも大小さまざまな傷を負った。
「やはり来たか!」
敵の奇襲を予期していたバルドは、矢により味方の兵たちが損害を受けても何ら動じることなく、冷静に矢が飛んできた方向を見極めようとした。
「殿下。矢はあの方角から飛んできたようです」
「あの距離から矢が届いたのか!?だとすれば敵は腕利きの冒険者を雇ったのだな。
よし!ではまず兵たちに第二射が来ることも想定して防御を固めさせ、それと同時に敵の矢から身を守れるような装備をさせている、もしくは矢を躱したり剣で落としたりできる腕前を持つ者たちを切り離し、敵奇襲部隊の迎撃に向かわせろ!!」
「はっ!かしこまりました!!」
矢が飛んできた方角には全く遮蔽物がなく、人が隠れられそうな場所はかなり遠くにあった。そのことから、敵はその場所に隠れていると推測される。つまり敵の奇襲部隊は、その離れたところからバルドたちの軍まで矢を届かせ、さらに一部の兵士を死に追いやったということになる。
バルドの知る限り、普通の弓ではどんな名手が扱ったところでその距離を届かせるのはほぼ不可能だ。そうなると考えられるのはすなわち、敵が魔法の弓を使い矢の飛距離を伸ばしているということだろう。もちろん弓だけじゃなく魔法やマジックアイテムを使っている可能性はあるが、どちらにせよ何らかの特殊な手段を使い矢の飛距離を上げたのは確かだ。
ただの民兵がそのようなアイテムを持っているはずがないし、ましてや魔法やスキルなんて論外だろう。そうなるとここに来ているのは雇われの傭兵か冒険者であり、奇襲という働きをさせる以上普段から少数精鋭で動いている冒険者に任せた可能性が高かった。
「敵の奇襲の対策のため、あえて道が開けているところに来たのだがな。この距離を届かせるとは、なかなかに高位の冒険者を雇ったらしい」
バルドたちも当然敵が冒険者や傭兵を雇っている可能性も考慮していた。というより、この戦力差を覆すにはそれしか逆転の目はないと考えていたからだ。
彼らも敵が腕のいい傭兵や冒険者を雇う可能性は高いと考え、それに備えて兵を準備させている。彼らの計算では、敵が三千以上の傭兵と白金級冒険者十人以上に匹敵する冒険者を雇わない限り、自分たちが負けることはないだろうと考えていた。
「……奴らが近づいているのに、敵は全く矢を放つ気配がないな」
バルドの命を受け、敵が潜んでいるであろう方向へ馬に乗って向かっている兵士たち、普通なら敵が自分たちに少しでも近づけないよう矢で妨害するはずなのだが、不思議なことに矢が飛んでくる気配はまるでなかった。
「殿下……敵はすでにあの場から立ち去っていました。遠くで馬に乗っている者たちが数名見えたので追うことも考えたのですが、あまりに遠すぎるため追いつくことはできないと思い断念しました」
「ちっ!ずいぶんと逃げ足の速いことだ」
逃げられてしまったものは仕方ない。バルドは兵士たちを呼び戻し、もう一度陣形を組み直した。
「くそっ!これなら玉砕覚悟で来られたほうがましだ!」
「殿下、行軍を広げて対処されますか?」
「それはやめておこう。いくら軍を広げようが、その分敵も矢で狙う位置を遠ざけてくるだけだ。それならこれまで通り警戒し、被害を抑えつつできるだけ早くルクセンブルクまで向かうよう努力したほうがいい」
ルクセンブルクについてさえしまえば、敵もこんなチマチマした作戦はとれなくなる。そう思ったバルドは、無理のない範囲で少しでも早くルクセンブルクにつくよう貴族たちに命令した。
「……行軍スピードを上げてきたか。確かに早く着けば早く着くほど、時間的に奇襲部隊が奇襲をかけられる回数が減ることは間違いない。
それにいつ奇襲されるかわからないというのは、それだけで精神的にダメージが入るからな。兵たちの疲労とのバランスさえ考えれば、なかなかいい手であるといえるな」
「まあバルド王子は王族ながら、いくつかの戦場に参戦したことがあるという話ですしね。こと戦争に関してなら、そこいらの軍人よりもよっぽど詳しいみたいですよ」
「それは面白い!それなら我らも鍛えてきた成果を見せることができるかもしれんな」
彼らは奇襲部隊とはまた別に、遠くから軍の動向を監視して仲間に伝える役目を任されている者たちだ。彼らは仲間がピンチになろうが基本的にそれを助けることは許されておらず、またその存在は奇襲部隊の面々にも伏せられていた。
「そうなればよいのですが……」
「そうなるさ。そうなると信じようではないか」
「それもそうですね。我々にも出番がないと寂しいですから」
二人はその後も監視を続けていく。バルドたちが奇襲部隊に矢で遠距離から攻撃され、追いかけようとした途端にすぐ逃げられるという一連の流れを何度も見ながら、その監視役たちは軍に見つからないようついていく。
結局いくら行軍速度が上がろうが、所詮は人がたくさんいる軍の速度だ。人がたくさんいる分当然速度は落ちる。それにこの軍には普段何の訓練も受けていない民兵や、重い鎧や武器を持った騎士も普通に在籍しているのだ。
全員が馬に乗れれば速度も上昇するのだろうが、乗馬訓練をしていない民兵たちは馬に乗れないし、そもそも万を超える人間のために人数分の馬を用意することなどできない。
その結果いくら速度を上げようが普通に歩くよりもいくらか遅く、監視役の者たちも余裕でついていくことができたどころか、むしろ普通の行軍速度では遅すぎるため、彼らにとっては速くなってくれたほうが都合がよかった。
「そろそろ目的地点だな」
「はい。これでいったん我々の役目も終わりですね。もっとも、数日後にはまた役目が与えられるでしょうが」
「そうだな。だがそれはいいことではないが!それだけ我々が頼りにされているということだからな。むしろ何の役目を与えられぬほうが怖いと思うが?」
「それには同感です。何の期待もかけられない無能よりは、プレッシャーや忙しさがあっても期待をかけてもらえる存在でありたいですね」
彼らにはある地点までの監視役として役目が与えられており、現在バルドたちの軍がその地点を過ぎたため、彼らは一度お役御免となった。
監視役の役目を終えた彼らはバルドたちがその地点を完全に通り過ぎたことを確認した後、自分たちに次に与えられるであろう役目をもらうため動き出した。