ルクセンブルクの独立10
「バルド王子がいらっしゃった!総員、出迎えの用意を!!」
辺境伯の要請に従い今回の戦に参加する貴族たちが集まった(遅れていた者もバルドが来る前になんとか全員到着できた)軍に、あくまで名目上ではあるがこの軍の大将にあたるバルドがたくさんの配下を引き連れてやってきた。
彼らは一部がバルドの私兵であり、残りのほとんどは辺境伯から貸し与えられた騎士団の団員だ。鍛え上げられた見事な体躯と高価な魔法の武器を装備し、立派な軍馬に騎乗しながら配下たちを率いているバルドの姿を見た兵たちは、自分たちの大将の偉大さに安心感と高揚を覚えた。
「殿下、よくぞいらっしゃいました」
辺境伯はバルドに臣下の礼をとる。彼自身自分が王家に劣るとは思っていないし、それにバルドは自分の義息子にあたる。
普通は義息子にこういう態度をとらないが、バルドは彼にとって重要な神輿である。いくら普段は義父と義息子として接していようが、こういう公の場ではあくまで臣下として振る舞わなければいけないのだ。
「頭を上げてほしい。私たちは義理とは言え親子にあたるのだ。義父であるあなたにそこまでさせるのは義息子として複雑だ」
「ありがとうございます殿下。いろいろとお話ししたいところですが、まずは旅の疲れを癒していただけると幸いです。軍義はその後にいたしましょう」
「うむ了解した。義父の言うことには素直に従わなければな」
こうして周りの貴族や兵士たちに義理の親子として仲睦まじい姿を見せつけた二人は、共にバルドの部屋が用意してある建物の中に入っていった。
「それで?今回の戦をどのように動かしていくかは決まったのか?」
ブルムンド王国の第三王子バルド、今回王国からの独立を表明したルクセンブルク元伯爵を討伐するために結成された軍、その名目上の大将である彼は少し休んで旅の疲れを癒した後、兵を連れてはせ参じた貴族たちの一部(軍には現在辺境伯派閥の貴族と東のルクセンブルク元伯爵の派閥だった貴族がおり、その総数があまりにも多いため一部の有力貴族たちに絞った)とともに、今回の戦についての軍議を行っていた。
「我々の方針は決まりました。相手がどう動いてくるかは蓋を開けてみないと断定することはできませんが、どのように動いてきても大丈夫なよう準備はしております」
この場にいる者たちはバルドが来る前に辺境伯が中心となって何度も軍議を行い、彼らの中ではすでに結論は出ていた。
今やっているのは最終確認の意味も込めたバルドへの説明と、名目上とは言え大将であるバルドともちゃんと軍議を行ったというアリバイ作りのためであった。
「ふむ。ではこれから我々はどう動く?」
「まずこの戦の大前提として、ルクセンブルク側よりも我々バルド様側の陣営のほうが兵の数が多く、またその戦力差は圧倒的であるという点があります。
ですのでここは特に奇策などは用いらず、正面から正々堂々ルクセンブルクに攻めていくべきだという結論になりました」
「それはつまり……、奇襲などは行わないということか?」
「そのつもりでござます。もちろんいざ戦いが始まったら単に一塊でいるだけでなく、軍をいくつかに分けて攻撃や防御を行うことになると思われますが、少なくともこちらから何か敵の意表を突くような策を行おうとは考えていません」
「なるほど。堅実な作戦だ」
相手の意表を突くような奇策と言うのは、基本的に戦力面で劣っている側がその戦力差を覆すために使う手である。奇策の類は成功すればリターンが大きい場合が多いが、反対に失敗したり見破られたりすると一気にピンチになることもまた多い。
今回バルド王子の陣営は戦力面で大いに優っているので、そんなハイリスクハイリターンの策をとるよりは、むしろローリスクローリターンの策をとり確実に勝ちに行くことが定石であった。
「はい。この戦は最初から勝ち戦なのです。ですから我々は戦力差で上回っていることを必要以上に驕らず、敵の動きをじっくり見極め確実に勝てるよう行動していけばそれでいいのです」
「それは剣と同じだな。俺も格下相手ならリスクはとらず、相手の動きをよく見極めてから確実に勝てるタイミングで動く。実力差がある以上、格上の方はそうしたほうが最も勝率が高い」
「さすが殿下!やはり頼もしいですな!!」
バルドは見え見えのお世辞でも内心では少し気を良くしながら、自分の懸念を伝える。
「世辞はいい。それより我が軍の戦い方はわかったが、俺が心配なのは相手の動きだ。先ほど剣の話をしたが、その場合格下は奇襲でも何でも使ってこちらにいろいろ仕掛けてくるぞ!」
「それは我々も懸念していたところではあります。そのためいろいろな可能性を考慮してきました」
「それでどうすることにしたのだ?」
「はっ!やはりこれだけの大軍となると、全軍で固まって移動するのは難しいです。しかしそうなると、その分各隊が別々の場所やタイミングで敵に奇襲されることになるでしょう。こちらは攻める側とは言え、地の利があるのは向こうです。待ち構えている相手側は、こちらに対し待ち伏せなどの手を存分に使ってくるでしょう。
そして一番最悪なのは、敵の奇襲部隊に殿下のいる隊を襲われることです。そのため殿下のお側には閣下から優秀な部下たちをつけてもらいます。
また殿下の守りは敵に見つかっても構わないくらいとにかく強固にし、殿下の存在を隠すのではなくむしろ厳重にガードしようという結論になりました」
戦において最も恐れるべきなのは、その軍の大将の首がとられてしまうことだ。もちろんすべてがそうなるというわけではないが、それでも敵軍の大将の首をとればそれを決め手として戦が終わることがある。
ましてやその首は今回の戦の大将というだけでなく、辺境伯とその派閥にとっては自分たちがより権力を握るための大事な神輿である。
軍議では影武者を何人か用意することで、どこに本物のバルドがいるか分からなくさせて敵を混乱させようという話も出ていたのだが、影武者がばれた場合のことを考えてその案は廃止になった。
これは敵の諜報能力を恐れたというよりは、むしろ合流させた東の貴族たちをいまいち信頼できないという思いから廃止された案だ。
彼らが裏切って敵に情報を流す可能性が残っている以上、バルドを最も安全に移動させるにはこれが一番であった。
「つまり移動中は敵の奇襲に備えて準備をし、いざ決戦となれば数の優位で相手を押し切るということだな」
「要約すればそうなります。細かいことは置いといて、大まかな方針としてはそれで間違いございません」
「戦場はどこになると予定している?それとも敵が籠城してくるとみているのか?」
「籠城してくる可能性はほぼゼロパーセントかと。おそらく道中奇襲部隊を使いながらこちらの戦力を削いでいき、どこかで自分たちにとって有利な戦場を作り上げ、そこで我々を迎え撃とうとしてくるのではないかと」
籠城戦を行う条件として、籠城する側に援軍のアテがあること、もしくは補給線がちゃんと確立されていることなどが挙げられる。
確かに籠城する側は有利であり、今回のような戦力差がある場合に、弱い側が籠城するケースも珍しくはない。
しかし籠城するとはいっても当然食料の消費は避けられないし、籠城している側には不安や恐怖からくるストレスがのしかかってくる。
つまり籠城というのは士気の面でも食料の面でも永遠に行うことは不可能である。援軍が来るとわかっていればそれまで耐えきればいいという目標ができるし、食料的な不安がなければ餓死するようなこともない。
これらの条件を満たしているのならば籠城することができるが、残念ながら今のルクセンブルクはその条件を満たすことができていない。
まず援軍面だが、ルクセンブルクの周囲には味方がおらず、周囲には王国貴族とガドの大森林しかない。王国貴族が援軍としてくることはないだろうし、あったとしても大した数ではない。そしてガドの大森林のモンスターや亜人が、これまで争ってきたルクセンブルクと協調するはずがない。
そして食料面でもルクセンブルクに援助する者もいなければ、彼らがここ何年かの間に大幅な食糧の増産であったり大量の買い付けであったりを行ったという情報もない。
そういった情報から総合的に判断し、軍議では今回敵が籠城は行うことはないだろうと予想した。
「ならば籠城はなく、どこかで打って出てくるということだな」
「はっ!むしろ向こうが籠城を選択したならば、こちらもいろいろとやりやすいでしょう。時間はかかりますが、それでも想定より少ない被害で決着をつけることができると思われます」
「そうか……」
被害面では敵が籠城を選択したほうがいいのかもしれないが、バルド本人としては敵に籠城を選択してほしくなかった。
彼がこの戦で得たいのは反逆者を打ち破ったという名声であり、籠城している敵を降伏させたという戦果ではなかったからだ。
「ちなみに宣戦布告の答えは来たか?」
人同士の争いだと、お互い、もしくはどちらかが宣戦布告を行ってから戦うケースが多い。今回もそのケースであり、王国側はルクセンブルクに対し宣戦布告を行っていた。
「今のところ返答は無しです。おそらくその返事をしない、もしくはギリギリまで答えを出さないことで、我々の進軍を少しでも遅らせたいのではないかと」
「宣戦布告への返事は無し。そうなるとやはり移動中に奇襲部隊を送ってくるのはほぼ間違いないな。戦場の指定なども伝えてこないとなると、どこかで待ち伏せして襲い掛かってくるつもりだな」
「その可能性が高いかと。裏切る者らしく、実に卑怯な戦い方です」
貴族たちは王国を裏切ったルクセンブルク元伯爵を卑下して嘲笑する。それからルクセンブルク元伯爵への悪口や辺境伯、及びバルドへのおべんちゃらなどをさんざん言った後、軍議も終わったということで皆自分の部屋に帰っていった。