動き出す者たち 3
「……もはやそれしか手はないのか?」
男は悩ましい表情を隠そうとしない。
「それ以外取れる手はないでしょう。ここまで来てしまってはすでに手遅れです。各貴族たちも、皆来るべき時に備え準備を進めております」
「私が許可を出した覚えはないのだがな」
「貴族には自領を防衛する義務がございます。どのみちこうなってしまっては、貴族たちが軍備強化することを非難することも難しいかと」
「あまり気が進まんのだがなぁ」
「お気持ちはわかりますがそろそろご覚悟してください。魔王という地位に就かれている以上、いつかはこうなる日も予想していたはずです」
「……そなたの言う通りであるな」
ここは魔王国の王都にある魔王城の一室、そこには一組の男女が顔を突き合わせて話し合いをしていた。
大きな体躯と他の魔族を圧倒するような魔力に満ち溢れている男が、ここ魔王国のトップである魔王その人であり、そしてもう一人いる魔王国の中でも上位の力と美貌を持つ女性は、魔王が直々に任命した魔王国の現宰相であった。
「……私はどちらかと言うと平和主義なのだがな」
「それを言ったら他の魔族たちだって同じような考えの者はたくさんおります。ただこの世界では、否が応でも戦争をせざるを得ないのですよ」
「まったく、なぜ他国はそこまで戦好きなのか」
魔王国は他国と比べて、どちらかと言えば温和であったり平和主義的な側面を持つ国である。魔王国の側から他国に戦争を仕掛けるといったことはほとんどなく、むしろ他国から戦争を仕掛けられることのほうが圧倒的に多かった。
この世界では戦争はまるで珍しいものではなく、むしろまだ一度も戦争を体験したことのない国のほうが希少である。
この世界では戦力を放棄するから戦争をしないでくれ、などと言った平和主義は通用しない。むしろ武器を捨てた瞬間他国からいの一番に狙われる対象になり、弱い者は強い者に食われていくのが当然の世界だ。
魔王国も本音では戦争はしたくない。しかし戦力を持たねば食われてしまい、また戦力を持っていても敵は勝てると思えば容赦なく攻めてくる世界だ。そうなれば当然各貴族が自分の土地を守るため戦力を増強し、また魔王軍もその規模を拡大させるほかなかった。
「国民を守るためには、魔王としてそれにふさわしい戦力をそろえなければならん。しかしそれでも戦争はなくならん。はぁ~、その行き着く先が全面戦争であったか」
「これまでも小競り合い程度では済まないような規模で仕掛けられたことはありましたが、それでもここまでの規模で仕掛けられたことはありませんでした。敵も相当本気と言うことですね」
今回魔王国が仕掛けられたのは全面戦争。元々敵国ではあったのだが、その敵はさらに魔王国を必ず滅ぼすと公に宣言して戦を仕掛けると宣戦布告してきた。
魔王国側にこの宣戦布告を受け入れないという選択肢はない。と言うより、受け入れようが受け入れなかろうがどっちみち敵が攻めてくるので、領土と国民を守る以上絶対に戦わなければならないのだった。
「我が国と敵国ではこちらのほうが戦力が上のはずであるのだがな。無策で突っ込んでくるわけではないのだとすれば、何らかの勝算があるのだろう」
「我々魔族は皆魔法が得意です。もちろん剣士や戦士も存在しますが、その者たちも魔力を駆使して戦います。そうなると敵は魔法を無効化、とまでは言いませんが何らかの形で我々魔族の魔法から受けるダメージを軽減する方法でも思いついたのでしょうか?」
魔族は種として人間とは比べ物にならない力を持っている。魔王国を攻めると宣戦布告した国は人間中心の国家だ。下手したらちょっと戦闘訓練をした一般魔族にも負けるかもしれない兵士たちを抱えているような国であるにもかかわらず、なぜか魔王国によく戦を仕掛けてきていた。
確かに人口、つまり繁殖力では魔族に大いに勝ってはいたが、それでも兵力には歴然とした差がある。村や小さな街レベルなら数の差で何とかなっても、魔王軍や有力貴族の兵士が相手となると兵一人一人の実力差でたちまち破れてしまうのが常であった。
「それが勝算か……。もちろん敵が無策で突っ込んでくる可能性も否定はできんが、それでもそんな楽観的なふうにだけ考えていては魔王失格だ。
戦いを挑まれた以上、向こうに何らかの勝算があると仮定して動かねばならんな」
「侵攻はどうしますか?」
「確かに。もし勝つことができた場合、反対に敵の領土に踏み込んでいくのも一つの手だな」
「はい。そうすれば我々魔王国の領土も広がります」
魔王は一度黙って考えたのち、宰相に結論を伝える。
「やっぱりやめにしておこう。今あの国を得ても魔王国のメリットは少なすぎる。それどころか、むしろあの国を得ることで余計な厄介ごとに巻き込まれかねん」
「ですが領地が広がれば、それだけいろいろなことができるようになりますよ」
「それはそうだ。だが、それを考慮してもあの国を手に入れたいとは思えん。あの国は様々な意味で腐敗しているからな。領地の一部を奪い取ったとしても、そのあとに行わなければならない統治が大変だ」
「ですがそうでもしないと、あの国はまた仕掛けてきますよ。実際あの国は魔王国以外の国とも戦争したことがありますが、その時は一度負けたにもかかわらずまたすぐに再戦を挑んでおります」
「その再戦でも負け、そして戦った国はその領土には一切目をむけず、賠償金などと言った現物を強引にとっていったのだったな」
「その通りでございます」
今回魔王国に宣戦布告してきた国はその経済状況や政治状況がひどく悪化していてる。そのため他国からの評判が非常に悪い国であり、どこの国も戦争で勝ったとしてもそこを支配下に加えることは嫌がっていた。
「我が国はただでさえ他の人間の国とも戦うことが多いのだ。それに加えてあんな国の統治なんぞしている余裕はないわ!!」
「ですが我が国はただでさえ他の国とも戦をする機会が多いのです。何らかの形での国力の増強は必要なのでは?」
「それはもっともだが……、それでもさすがにあの国を手に入れたいとは思えん。むしろあの国を支配下に置くことで、魔王国の国力が下がること間違いなしだ!」
その国は本当にひどい状況であり、庶民(その国では下級民と呼ばれている)の生活は本当に苦しく、毎日のように餓死者が続出している状態である。
そしてそれに比べて上級民と呼ばれる存在は非常に裕福であり、下級民とは雲泥の差があるような暮らしを享受していた。
つまりその国では一部の上流階級がそれ以外の民たちから徹底的に財を貪り食い、自分たちだけはいい暮らしをしているのである。
実際他国から見てものすごく貧しい国であるにもかかわらず、その国の王をはじめとした貴族などの上級民たちは他国の貴族と同等かそれ以上の贅沢を享受しており、その歪さを見た他国からはなおさら敬遠されている。
当然そんな国だからそこを切り取ったところで、餓死寸前の国民たちと貧しさからくる圧倒的な犯罪率の高さを誇る場所を統治せねばならず、自分たちがより大変になることは目に見えている。
そして国がそんな状況にもかかわらず、内政を強化するどころか他国と積極的に戦争しようとするその国の首脳陣たちはバカとしか言い表すことができない。
彼らは他国から戦を仕掛けるくらいなら自国の内政をしろと言われているにもかかわらず、戦争をして敵の豊かな土地を切り取ってやろうということだけ考えていた。
「我々があの国を切り取れば、むしろあそこの国民たちは喜ぶかもしれませんね」
「確かにあの国の民の状況を見かねて、あの国の土地を奪い自分たちが救ってやろうと主張する者も国内にはいる。だがそれをしたら他国が足手まといを抱えていると判断して攻めてくる可能性は高く、また自国の領土を取られたと馬鹿な国の王がしつこく戦を迫ってくる可能性が高い。
あの情勢も悪ければ土地自体もさほど広くない国の領土を支配するのに比べて、それほどの仕打ちは全く割に合わん」
「ではいっそのこと……、あの国と隣接している国々と同盟を組みますか?」
「同盟だと!?」
魔王は宰相のその言葉に、非常に驚いた様子を見せる。これまで何度も戦ってきた国々と同盟を組むという提案に、魔王は自分の耳を疑った。
「本気で言っているのか?」
「もちろんです。そもそもあの国の治安の悪さはすでに国内だけでなく、我々を含めた周辺諸国にも悪影響を与えています。
皆あの国はなくなればいいと思っておりますが、それでもあそこを手に入れた後統治をするのはごめんだと思っております。ならばいっそのこと周辺諸国であの国をそれぞれ分け合って統治してしまえば、その苦労は数分の一までに減らすことができます。
幸いにもあの国は弱いですから、正直潰すだけなら戦力的にどこの国でも容易に可能です。すべての国で集まればもっと容易に潰せるでしょう」
「確かにそれはいい手かもしれん。またどんな形でも一度同盟を結んでおけば、これからの外交もやりやすくなる可能性は高い。正直、戦争などないほうが皆いいに決まっておるのだ」
魔王は満足そうに頷く。
「では動きますか?」
「頼む。それが成功すれば、政治面でもだいぶ楽になれる」
こうして魔王国もまた、本格的な戦争及び同盟の準備に動き出した。