準備
「見たところあれはたぶん、いやきっと人間で間違いないようだな。
構成は大人の男四人と首輪をしている子供が一人か。見たところ子供のほうは男たちと仲間って感じじゃないな。もしかして奴隷か何かなのか?それに、なんとなくだが種族も違うような気もする。外見的には同じ種族っぽいけど、なんかひっかかっているんだよな」
男たちの容姿は、優斗の知っている人間と特徴が一致している。
彼らは武装に身を包み、その身からは暴力を生業にしている者特有の空気を醸し出している。首輪をつけられている子供のほうは中性的で美しいというよりはかわいらしい顔立ちであり、外から見ただけでは少年なのか少女なのかわからないような容姿を持つ子供である。
この子供なのだが、優斗からすると人間と言うには何か違う気がしているのだ。美醜はともかくとして、外見的には他の男たちとは何も違った様子はない。しかし、優斗はなぜかその子がただの人間じゃないと感じたのである。
そう感じたのは優斗だけではなかったようで、ユズなども優斗の言葉に頷いていた。
「でもこんなところまで何の用でしょうか?あのくそ虫どもは、見るからにこの森に棲んでいるような連中じゃないです。それよりはもう少し文明的な生活をしていると思われる服装ですね。それに装備は何らかのマジックアイテムの可能性が非常に高いですしね」
「だな。あれらはほぼ確実にマジックアイテムであることは確かだろうぜ。それにここまで来たっていうことは、この森の中ではそこそこ強いっていうことだろうからな」
このダンジョンの半径100キロメートル以上はすべて森である。
そしてこの森には動物だけでなく、多種多様な能力を持つモンスターたちも生息している。それらは優斗たちにとっては雑魚モンスターだが、それでもそこそこの知能や能力を持っていることには間違いない。
この森はまるで人の手が入っている感じがしないことから、おそらくこの森は人の支配下にはない森なのだろうと思われる。そんな場所にわざわざ武装した男たちが危険を冒してまで来ると言うことは、確実に何らかの目的があってきているはずだ。
「考えられるとしては特別なモンスター退治かここにしかない薬草採集か……まさかこのダンジョンのことがばれたわけではないだろうな。それなら奴らを決して逃がすわけにはいかないが、このダンジョンのことがばれる理由もないからな。たぶんそれ以外の用事だな」
木を伐りたいなら森の入り口付近で伐ればいいし、食事や加工品などのためにモンスターや動物を狩りたいのなら、それも入り口付近で狩ればいい。それなのにわざわざここまで来ると言うことは、この辺にしか生息していないモンスターや動物、もしくは薬草なりが目的である可能性が高い。
極々わずかな可能性でこのダンジョンことがばれたということもあるが、さすがにそれはないだろうし、もしそうだったとしたら絶対に彼らを逃がすことはできない。どちらにしろ、優斗の中では男たちを捕えることだけは確定していた。
「へぇー、なんでこんなとこにおるんか不思議やったけどそういうことやったんか。何のためにそんなことをしとるんかまでは知らんけど、わざわざここまで来るとはご苦労なことや」
「何か聞こえたのか?」
優斗たちにはまったく聞こえてこなかったが、常人離れした聴力をもつユズの耳には彼らの会話が聞こえてきたようである。
「せや。こいつらは冒険者ギルドとかいう組織から依頼されてきたみたいで、その依頼内容はこの森の調査みたいやで。何のためにそんなことをするかのはいろいろ理由があるんやろうが、とにかくこいつらは依頼されてきただけみたいや。
後、たぶんこいつらにはこのダンジョンのことはばれてないっぽいで」
「それなら一安心、でいいのか?」
この森は大きいうえにまだ人の手も入っていない。森には木材や動物、そして薬草や水など、様々な資源が眠っている地である。それに単純にこの森は広い。まだ森の外に暮らしている者たちが見つけていないものだっていくつかあるだろう。
この森にはおそらく彼らにとって未知のものもあるはずだ。冒険者ギルドがどのような組織なのかはまだわからない。しかし、それでもどこかの組織がこの森を調査しようと思う気持ちは理解できる。
何はともあれ、もし本当にこのダンジョンのことがまだ彼らにばれていないのであれば、とりあえずは安心である。もっとも、この辺を調査されればダンジョンのことが彼らにばれる可能性があるので、ずっと安心していることもまたできないのだが。
「その調査に来た奴らがここまで来ているということは、このダンジョンとその周辺も調査範囲になると言うことだよな。実際ここまで来てるし、この辺をまるで調査しないというのはおかしいもんな。
そうなると、さすがにその調査は見逃せんな。この森が調査されていけばそれだけこのダンジョンの見つかる可能性が上がることになる。この森のどこも調査させないというのは、この森の規模と俺たちの人手を考えたらさすがに無理がある。
だが、この辺を調査されることだけは避けなければいけない。あいつらはもちろん、他の人間もここまで調査に来る可能性はあるからな。これはあいつらにいろいろと詳しく聞く必要があるな」
このダンジョンの性質上、ダンジョンとして外部勢力との共存関係を作ることは難しいと言わざるを得ない。
一部のラノベなどの設定のように侵入者がダンジョン内にいるだけでDPが入ってくるならその方法も取れたが、このダンジョンの仕組みではそんなこと不可能である。そうなると一つの勢力として別の勢力と交渉することができたとしても、ダンジョンとして外部勢力と有効な関係を作るのは難しい。
ダンジョンというのは非常に有用な施設だ。外部からDPに変えるものを調達してきさえすれば、そのDPを使ってダンジョンは様々なことができるのだ。
農業のために一年中季節を春にすることもできるし、雨や晴れ、雪だって自由自在だ。海や川、砂漠などの地形を編み出すことはできるし、土地だってDPさえあれば無限に増えていく。そしてDPで生み出せるダンジョンモンスターはダンジョンマスターに忠実ときた。ダンジョンとして外部との友好関係は難しいかもしれないが、外部の勢力がこのダンジョンを狙う可能性は大いにある。
優斗の理想はこのダンジョンの存在を決して表に出さないことだ。そしてそのために一番必シンプルな答えが、このダンジョンの場所および存在が誰にもばれないことである。そのため、このダンジョンが発見されるリスクを高める森の調査などは絶対に見過ごすことはできないのだ。最低でも、この周辺以外での調査しか見過ごすことはできないのである。
「ほなやっぱりあいつらは捕らえる方向で決まりやな」
「ああ。これは絶対に成功させなければいけないミッションだ。行動開始は奴らが寝静まったころから、準備はやりすぎなくらいやるぞ。やってみたら拍子抜けするくらい簡単だった、っていうのが理想だからな」
優斗たちは所持しているアイテムを確認して武装をしっかり整え、全員の配置や役割などを決めた。それからどういう段取りで人間たちをとらえるか、もし予想外の事態が起こったらどうするかなどしっかりとシュミレーションしながら、人間たちが寝静まるのを魔法などで監視しながらずっと待っていた。