動き出す者たち 1
ここは大陸各地に教会を持つリーン教の中でも一番大きな教会、つまり大陸中のリーン教の総本山とでもいうべき教会である。
そこには極一部の教会幹部しか知らない地下室があり、現在そこには部屋すべてを埋め尽くすかのような非常に大規模な魔方陣が描かれていた。
そしてその大きな魔方陣の中心にいるのは、歴史を感じさせるような威厳のある顔をした一人の老人と、この世のものとは思えないほどの美貌を持った一人の女性であった。
「女神様、生贄はもう十分に集まったでしょうか?」
魔方陣の中心にいるのは老人のほうがリーン教の教皇であり、もう一人の方はなんとリーン教が崇める女神リーンであった。
信徒たちには当然リーンは実在している者だと思われているが、実際に彼女の姿を見たことがある信徒の数は非常に少ない。そして当然信徒以外の者はもっと見たことのある者が少なく、基本的に女神リーンは本当は存在していないんじゃないかと思われていた。
しかしこの場にはまぎれもなく彼らが崇めている女神リーンが存在しており、その神々しさはまさしく神そのものであった。
「残念ながらまだ集まり切っていないわ。計算ではもっと集まる予定だったのだけど……何人か捕まるか逃げ出すかしたのかしら?」
「ままならないものです。彼らなら女神様のご神託通り見事に全滅してくれると思ったのですが……」
「まあ足りないものは仕方ないわ。一般信徒や聖職者の分はもう十分だから、後は聖騎士たちの分が満タンになればすべてが終わるのだけれども……」
「こうなったら、残りの聖騎士たちも自害させればいかがですか?」
教皇が教会のトップとしてはあり得ないようなセリフを吐く。教会の信徒であり、また協会の保有する大事な武力でもある聖騎士たちを自害させるというのは、その聖騎士たちが罪を犯しているなどの問題がない限り普通の感覚なら絶対にありえないことだ。
また教会という組織の長としても、自分たちの武力である聖騎士たちを自害させるというのは戦力的にも非常に悪手であった。
「それはできないわ。自分から死ぬことで最も大きな力となる一般信徒や聖職者とは違い、聖騎士たちは教会が命じた戦い、つまり聖戦の中で死ぬことによって最も大きな役割を果たすのよ。
だから聖騎士たちを自害させても、いたずらに兵力を消耗させるだけよ。それにこの儀式が成功した後のことも考えれば……、できる限り聖騎士の消耗は抑えるべきだわ」
「失礼しました。ですがそうなると、聖騎士たちはどこの戦場に送り込みますか?私のような者でもさすがに他国と戦争するほど馬鹿ではありませんが、他に彼らを送り込めるようなちょうどいい戦場など今のところございません」
「儀式が成功しても、最初はまだまだ弱いですからね。ただでさえ生贄でリーン教の力が落ちているのに、それに加えて他国と戦争していては、下手しなくてもリーン教が滅びます」
「ではもう一度ガドの大森林に聖騎士を?」
「それはやめておくわ。あなたたちの報告を聞いたところ、ただでさえ今回の遠征に関しては疑問の声が上がっていたのです。これでまたガドの大森林に遠征するといっても、信徒や聖騎士たちの不信感は強まってしまいます」
「ではどこに?」
リーンは教皇の問いの答えに頭を巡らせる。
「どこと戦うかはあなたたち教会幹部に任せます。条件は二つ、敵と戦争になってリーン教の力が大きく落ちそうなところとはしないこと、そしてもう一つはなるべくほかの信徒たちから不信感を買わないような場所や口実を作ることです」
リーンはうまくいきそうなところを考え付かなかったのか、この件は教皇を中心とする教会幹部に丸投げした。
「かしこまりました。教皇として、必ずや神の子の誕生に尽力させていただきます」
「それでいいわ。神の子が生まれればリーン教はさらに発展する。そうすれば今回の生贄たちも、リーン教のための尊い犠牲となりうるでしょう」
教皇はリーンに深く一礼した後、その地下室を後にする。いま彼の頭の中にはどうやって神の子の誕生に必要なだけの生贄を用意するかしかなく、ある意味でものすごく純粋な精神状態であった。
「もう少し、もう少しで生まれるわ。あなたは私の子よ。早く生まれて来ることを待ってるわよ」
そう言って魔方陣を見つめるリーンの目は、本当に慈愛に満ち溢れていた。