聖騎士 7
「団長!ここはすっかり乱戦状態になってしまいました!!これからどうすればよいでしょうか!?敵が奥深くまで入り込んできており、最早悠長にしている時間もございません」
「乱戦……か、お前たちの目にはそう見えているのだな」
「どういう意味でしょうか?」
秘書の女騎士は小首をかしげて不思議そうな顔をする。
「言葉の通りだよ。お前たちの目にはそう見えていないようだが、少なくとも私の目には今の状況が乱戦には映っておらん」
「ですが現に敵も入ってきており……」
「だからそれが間違いだというんだ。森から矢を放ってこられているのは当然理解できるが、それ以外の敵の存在なんて見つからん。少なくとも、お前の言うような敵など見えていないんだ」
「何を言っているのですか!?敵は間違いなく我々の懐まできております。ほら!早速そこにも敵が!」
「これは敵じゃない」
団長はそう言って自分に向かってきた存在(秘書の目には敵に見えている)を素手で制圧した。
「なぜ敵を殺さないのですか!?」
「よく見てみろ。お前にはこれが敵に見えるのか?」
「何を言って……」
そう言って秘書が敵をよく見ると、その敵だと思っていた存在は味方の聖騎士であった。
「なんで!?」
「簡単な幻術だ。冷静になれば見破れるかもしれんが、先ほどまでのお前のように頭に血が上った状態では決して見破ることのできない類のな」
「では今戦っている騎士たちは……」
「よーく見てみろ。あいつらが誰と戦っているのかを」
彼女が目を凝らして見ると、そこには同士討ちを続ける仲間たちの姿があった。
「早く止めねば!!」
彼女が弾かれるように飛び出すが、それは団長によって防がれてしまった。
「なぜ止めるのです!?」
「彼らを止められるのならとっくに止めている。お前に聞くが、向こうに行ったところでどうやって今の状況を止めるつもりだ」
「それは……」
団長に指摘された通り、彼女はまるで無策の状態で飛び出していた。今の彼女が行ったところで、この流れが全く止まらなかったことは想像に難くない。
そしてそれを理解した彼女は、今すぐ行きたい気持ちを抑えて踏みとどまった。
「普段ならこれほどまで見事にはかからなかったであろう幻術、これがかかったのは向こうの作戦勝ちというところだろうな」
「作戦勝ちですか?」
「ああ。私を含め皆、度重なる襲撃により精神面が疲労していた。幻術にかからないようにするには何より精神的な強さが必要になる。うまく我々の精神を削り、機を見てタイミングよく幻術をかけた敵の勝利といえよう」
団長が感心したように頷く。敵を恨むという気持ちがないわけではないが、それよりもあまりに見事な手際に感心する気持ちのほうが強くなったのだ。
「何のんきなこと言ってるんですか!?そこまで分かっているなら、一刻も早く彼らの幻術を解いてやってくださいよ!!」
当然秘書はその態度に憤る。目の前で仲間たちが同士討ちの末死んでいくのだ。それを何とかしたいという気持ちが強いにもかかわらず、横でこんなのんきに感心されていたら怒るのも当たり前であった。
「どうやってだ?」
「それは……あの……団長の力でどうにかしてくれませんか?」
「どうにもできんな。一人ずつ幻術を解いていくならできるかもしれないが、今から全員の幻術を解いていく方法など見つかりはしない。俺にはそういうスキルも魔法もないからな」
「ですが一人一人なら!」
「そうしたい気持ちはあるんだが……今の俺にはそれをできそうにないんだ」
「一体どうしてですか!?」
「わからないか?まあ無理もない。同士討ちが始まった瞬間、今の状況はすでに止められないところまで来ていたのだからな」
「一体何のことですか!?訳が分かりません!!」
「まあつまり……こういうわけだよ」
団長が両手を上げると、その後ろには先ほどまでは見えなかった一人の女性がいた。
「いつの間に……」
「だから最初からだと言っているだろう?いつの間にか後ろを取られていたのさ」
「でもさっきまでは!」
「透明化ですよ。あなたはそんなことも知らないのですか?」
「透明化……」
透明化という能力自体は広く知られており、またその対抗策も開発されている。透明化を行うにはスキルや魔法、そしてマジックアイテムによる手段があるが、聖騎士たる者当然それくらいのことは知っている。
彼女が驚いているのはいくら敵が透明化を使ってきたとはいえ、百戦錬磨の聖騎士団団長が簡単に後ろを取られたことであった。
「まあよく見ていてください。あなたたちのお仲間の方々は、私の仲間たちの幻術と矢にやられてしまうのですから。そしてその後あなた方も……」
「そうはいかない」
「!?」
団長は後ろの女性から素早く距離を取ると、そのまま剣を抜いて戦闘態勢に入った。
「わたくしとしたことが……失敗してしまいましたわ」
「お前が一瞬でも気を抜く瞬間をずっと待ちわびていたぞ」
「それは残念です。ですがよく後ろを見てください。大変なことになっていますよ」
「そんな見え透いた罠に乗ると思うか?」
「信用してもらえませんか……。でも構いません。わたくしの仕事はとうに終わりましたから。最後も彼らに任せるとしましょう」
そう言って女性は姿を消した。
「逃がしたか。しかし後ろを見ろと言われたが、後ろは一体どうなっているのだ?」
団長は目の前にいた女性の気配がなくなったことを確認し、彼女が言ったように後ろを振り向いた。
「なっ!我が部下たちはどうした!?一人も残っておらんではないか!」
彼が後ろを見ると二千人いたはずの部下たちは全員消えており、その場には死体がなく、彼らの装備していた武器などしか残ってはいなかった。
「まさかあの短時間で我が部下たちを全員殺しただけでなく、全員の身ぐるみをはいだというのか!?二千人もの人間の装備を、どうやったらあの短時間ですべて脱がせられるというのか。まさかこれも現実ではなく、これもまた敵の幻術の一種なのか?」
「残念ながらこれは幻術ではないぞ」
団長の声にこたえるように返事をしたのは、今回の奇襲部隊の隊長であるエラムだった。
「エルフか……。つまりお前とその仲間たちが、この森で俺たちを襲ってきていたのか?」
「まあ……おおまかに言えばそういうことになるな」
エルフの言い方には引っかかるものの、今はそれを追及している場合ではなかった。
「ならば聞こう!我が部下たちの装備が消えているのも、お前たちの策略なのか!?」
「それは違う。それに驚くのはそこだけなのか?聖騎士たちの死体が消えているんだぞ。お前はこれを見て何も感じないのか?」
「なんだと……」
団長は非常にうろたえた様子だ。彼は何度も目をこすり目の前の光景を確認すると、先ほど以上に大きく目を見開いた。
「ようやく気付いたようだな。その様子だとお前は死体が消えていることに気づかなかった。そして死体が消えることは、リーン教の中でも普通のことではないのだな?」
「当然だ!!殺されただけで死体が消えるようなことなど、普通に考えてあるはずがない。これはお前たちの仕業であろう!?」
「そうではないのだがな……とは言えお前にこれ以上聞いても収穫はなさそうだ。
お前は二つの道を選択することができる!ここで闘いを挑み敗れるか、もしくは捕虜になってリーン教の情報を我々に教えるかだ!!」
エラムの二択に対し、団長は笑いながらその選択を告げる。
「私はこれでも誇りある聖騎士団団長だ。ならば自分だけが生き残るのではなく、我が部下たちにならって最後まで敵と戦うこととしよう」
「お前たちの約半分は同士討ちで死んだんだがな」
団長は苦笑する。
「それを言われると辛いな。それと最後に一つ、虫がいいと思われるだろうが、あなたたちにお願いがあるのだがいいだろうか?」
「だめだ!という可能性が高いが、聞くだけは聞いてやろう」
「では一つ、この娘だけは助けてはくれないか?器量もよく、私とは違いまだまだ人生これからの女性だ」
そう言って彼は唯一生き残った自分の部下の頭をなでる。彼の秘書であった女性は泣き出しそうになっていたが、彼の顔を見て一転して決意を込めた目を見せた。
「私も団長と共に戦います!!私一人生き残ったところで、団長が生きておられなければ何の意味もありませんから!」
「そうは言うが……、もし生き残れるチャンスがあるなら、這いつくばってでも生き残るべきだぞ」
「愛する人と共にいる!!これが私たち女の幸せです!!」
「そんなこと言われてもね……」
この場面での告白に、さすがの彼も戸惑いを隠せない。
「ここまで来てごまかされるのですか!!」
「ふぅ~、わかった。私もお前が好きだ。だから最後まで一緒に戦い抜こう。さすれば現世はここで死んでしまったとしても、来世には結ばれるだろう」
「良かったです。これで思い残すことはありません!」
彼女は晴れ晴れとした顔で戦場に向かう。その様子を見た団長も、負けじと覚悟を決めた顔で敵を睨みつける。
「最後にこんな茶番が見られるなんて……やっぱり捕虜になる気はないのかい?そうすれば本当の心残りもなくなると思うんだが?」
「「聖騎士の誇りにかけてそんなことはあり得ない!!」」
二人はお互い合図をしていないにもかかわらず、全く同時にエラムのもとに走り出した。
「ただでさえ寿命の短い人間がなぜこうも死に急ぐのか。命は大事にするべきだろうに……。とは言えそれが彼らの選択だ。ならばこちらもそれに答えるほかないない」
エラムが手を挙げて合図すると、森の中から二人に向かって一斉に矢が放たれた。