閑話 とある悪魔の一日6
「相変わらず頑丈な建物ですねぇ。外ではこれほど頑丈な建物、一度も見たことがありませんよ」
ベリアルはアイテム工房の非常に頑丈そうな建物のつくりを見て、思わずいつものように感想を漏らす。
アイテム工房が行っているマジックアイテムの開発はやはりそれ相応の危険があり、失敗したときに大爆発が起こってしまうということも珍しくない。
生産だけならそう言った危険も少ないのだが、やはりいろいろと実験しなくてはいけない開発になると、注意しても必ずそう言った危険が出てくる。
マジックアイテム及びその材料となる素材や薬品等は、その種類によっては本当に危険なものがたくさんある。
そのため実験が失敗したときだけでなく、普段からその管理が徹底されている。それに貴重な素材もたくさんあるので、それらの素材が劣化したり傷ついたりしないようにすることも大切だ。
アイテム工房は日本でいうところの兵器や危険な薬品を扱っている施設である。そのため工房は様々な金属やマジックアイテム、魔法などを使い、できる限り頑丈な作りにしてあった。
「しかしこの階層は建物に入らない限り静かなんですよねぇ……。普通は逆のはずなんですが……」
鍛冶工房もアイテム工房ほどじゃないとはいえ、やはり念のために頑丈に作ってある。また鍛冶仕事はうるさいうえに昼夜問わず行われることも多いので、とりわけ防音設備は充実されている。
アイテム工房も頑丈さだけでなく防音設備もちゃんと整えてあるので、結果としてこの階層では外にいるときは静かで、建物の中に入ると騒がしいという普通とはまったく逆の現象が起こっていた。
「ではそろそろ入りましょうか。願うなら普通の方が相手してくださればいいのですが……」
ベリアルがアイテム工房の扉を開けると、彼の目の前に白衣を着用し体が枝のように細い老婆が現れた。
「ひっひっひ、お主、アイテム工房に何用じゃ?」
その老婆は奇妙に笑う。とは言えベリアルもアイテム工房にはこういう変わった者がいることは事前に把握していたので、老婆の様子に面食らうことなく話を続けた。
「頼んでおいた品ができたという報告を受けましてね。それを受け取りに来たんですよ」
「はて……そんな品あったかのう?それにお主は誰じゃ?ここに来ておる以上は外部の者でなく、儂らと同じくあの方に召喚されたものじゃろうが……。お主……、最近召喚された者か?」
「これでも比較的早く召喚されたものですよ。とは言え私としてもあなたとは初対面なので、その気持ちはわからないでもないですが……」
老婆の瞳に理解の色がともる。
「なんじゃそうじゃったか!道理で見覚えがないと思ったんじゃ」
「お婆さん、その方は僕のお客さんですよ」
そう言って現れたのは、眼鏡にスーツ、そして背筋をピンと伸ばしたきれいな姿勢を保っている、いかにも真面目そうな若い男であった。
「なんじゃ副工房長の客か。まあ儂は今から休憩がてら食事にでも行こうと思っとったところじゃ。
儂に関係ないならここらでお暇させてもらおうかのう」
そう言って老婆はこの場を立ち去る。彼女はいかにも年老いていて体力や筋力がなさそうな外見とは裏腹に、軽い足取りでアイテム工房から出て行った。
「すいませんベリアル様。うちの工房員が迷惑をかけたようで」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。あのお婆さんも、以前出会ったあの方よりはよっぽど常識的な方でしたよ」
副工場長はそれを聞きため息をつく。
「彼ですか……。彼はうちでも特に問題児ですから。とは言え彼もまた我々と同じくあの方によって召喚された大事な仲間ですからね。あまり邪険にしてはいけないとは思うのですが……」
「そこが悩みどころですねぇ。ですが聞いたところによると、あの性格は別にあの方がそうあれと設定したわけではないそうですよ。これはほぼ全員に当てはまるらしいですが、我々の性格はあの方でも召喚するまでわからないそうです」
ダンジョンモンスターは特別何か設定を加えない限り、基本的にその性格は蓋を開けてみないとわからない。
そのため時折召喚した優斗自身も、「なんでこんな性格の奴が出てきたのか」と悩むことがあるくらいだった。
「だとしても我々の仲間には変わりありませんし、あの方への忠誠という、最も大事な一点では共通しているわけです。
それに僕は副工房長を任されていますからね。他の工房員を統率しなければなりませんので」
「まああまり固くなりすぎないよう頑張ってください。それと頼んでいたマジックアイテムですが……、完成したんですよね?」
「はい。僕も完成品を見たんですが、ちゃんと注文通りの性能を持っていましたよ。今取ってきますね」
副工房長は奥に行き、マジックアイテムが複数入った箱をベリアルの目の前に置いた。
「これが頼まれていたものです。念のためお確かめください」
ベリアルは箱にあるマジックアイテムを一つ一つ確認していく。
「ふむふむ。注文通りよくできていますね。これなら今度の作戦でも問題なく使えそうです」
「喜んでいただけたようでよかったです。念のため使い方を詳しく説明しますか?」
「そうですねぇ。ではこれとこれが少しわかりづらいので、この二つについて詳しく説明してもらえれば幸いです」
「それは……工房長が直々にお作りになられたものですね。たしかそれにはベリアル様がお求めになった機能以外にも、いくつか追加機能がつけてあるそうです」
「工房長様が!?それはありがたい限りですね」
アイテム工房の工房長は、NPCの一人である錬金術師のエリアスだ。彼女は工房長を任されてこそいるがその本質はやはり研究者であり、工房長として他の工房員たちをまとめ上げることなどできないし、そもそも期待されてない。
彼女は能力がずば抜けていること、そしてダンジョンモンスターよりも一段高い地位に置かれているとみなされているNPCであることから、一応工房長の座につけられているだけだ。
実質的な工房長の仕事はすべて副工房長が行っており、工房員たちもどちらかと言えば副工房長の方を頼りにしていた。
「ええ。あの方は他の工房員に劣らず、いやそれどころかほかの工房員たちを圧倒するほどにぶっ飛んだ人ですが、それでも錬金術師としての腕は素晴らしいですから。
我々ではまだまだ背中を見ることすらできていないほどの高みにいらっしゃる方です。そのマジックアイテムも、他の工房員が作るより明らかに性能がいいですよ」
「それは本当にありがたいですねぇ。では早速、これの使い方や追加機能などを教えてくださいますか?」
「ええもちろん。僕はこれでもれっきとした錬金術師ですし、昨日いろいろ見ていたんで使い方もばっちり頭に入っています。まずこれはですねえ……」
そうして副工房長のベリアルへの説明が始まる。 ベリアルも頭は比較的いいほうなので、副工房長の説明を聞きちゃんと使い方や追加機能などを理解することができた。
「では私はこれで。そろそろ王国に戻り仕事をしなければいけませんしね」
「そうですか。お仕事頑張ってください」
「ええ頑張りますとも。これもダンジョンのためですからねぇ」
自分のすべきことをすべて終えたベリアルは、手に入れた武器防具、そしてマジックアイテムを持って、ダンジョンから出て王国にある裏組織に戻った。