閑話 とある悪魔の一日4
ベリアルが次にやってきたのは、階層内にたくさんの研究施設が点在しているエリア、通称研究階と呼ばれている階層だ。
ここでは日夜それぞれの研究所で様々な研究が行われており、その成果はいろいろな面でダンジョンの発展に貢献していた。
「やったぞ!これでよりうまい牛肉を食べることができる!!」
「やりましたね所長。我々も二年間研究してきたかいがありました」
「これはあのお方にも褒められますね!!」
ベリアルがふと訪れた研究所で、研究員たちが抱き合って喜んでいた。それに興味を持ったベリアルは、早速そこに行って声をかけることにした。
「楽しそうですねぇ。何かいい成果でも出ましたか?」
「おおベリアル君か!君がここに来るのは珍しいな!?」
「たまたま気が向いたのですよ。それより、先ほどは何に喜んでいたので?」
その研究所のトップである所長は胸を張り、自慢するようにベリアルに自分たちの研究成果を話す。
「いいかねベリアル君。我々は今回、新しい品種の牛を生み出すことに成功したのだよ。そして計算上その牛の肉は、これまで食べていたどの牛肉よりもおいしくなるという結果が出ている。
もちろんまだ生まれたばかりのため大人になるまで待たなければいけないし、その途中で何かしらの問題が起きて牛がうまく育たなかったり、味が思ったよりも悪かったりするかもしれない。
だがそれでも!我々は従来の牛を超えるかもしれない牛を生ませることに成功したのだ。これが完全に成功すれば我々だけでなく、偉大なる我らが主もその恩恵に預かることで、これまでよりもうまい牛肉を食すことができるのだ!!
研究者として、なによりあの方の忠実な下僕として、これを喜ばずに何を喜ぶというのかね!?」
所長はものすごい勢いで話す。ベリアルはその圧を涼しい顔で受けながら、平然と会話を行う。
「それはよかったですねぇ。しかし研究が成功したのなら、それを真っ先に管理員に伝えるべきなのでは?」
この研究階には、大きく分けて二つの役割を持った者たちが存在している。一つは彼らのような研究員であり、文字通りそれぞれの専門分野を研究する者たちだ。
研究員はそのレベルや経験、技術によって地位が変化する。具体的に言うと一番下が見習い研究員で、その一つ上が一般研究員、さらに上になると研究所の所長や副所長になることができる。
こうして見るとどこにでもある普通の研究所のようだが、それらとの大きな違いはやはり研究成果の秘匿性やほかの研究所との関係、そして地位による待遇面だろう。
彼らは当然のことながらすべてダンジョンで召喚されたモンスターであり、全員がダンジョンのため、そして優斗のために研究をすることを理念としており、そのため他の研究所はライバルではあるが決して敵ではないので、よくあるライバルの足を引っ張ったりというような非生産的な行為は決して行わない。
また彼らの研究は全く秘匿性がない。なぜならライバルに自分の研究が知られようが、むしろそれでライバルの研究がはかどればいいと思っているくらいだ。
結局彼らはダンジョンのためにより研究が進められればいいと思っているわけであるから、ライバルの研究所だろうがそれはれっきとした仲間なのだ。もちろんここでの研究成果がダンジョンの外には絶対に出さないよう工夫されているし、そのことは研究員たちも心得ている。
しかし反対にダンジョン内、とりわけ同じ研究員同士の間では、その手の全く秘密がないのだ。
そして彼らは実力による地位の違いこそあれ、基本的には同じダンジョンモンスターとして平等の扱いを受けている。
しかも彼らはほとんど研究にしか時間を費やさないため、仮に待遇に違いがあろうがなかろうが結局同じことであったのは容易に想像できた。
「管理員に報告するのはまだ早いよ。彼らに報告するのは成功だけでなくその過程も必要だからね。
これから成功に至るまでの過程、それこそ過去にした失敗なども含めて論文にまとめないといけないから、管理員に報告するのは明日になるかなぁ」
「そうですか。では論文を頑張って書いてもらわなくてはなりませんね」
この研究階に存在しているもう一種類の者たちが、彼ら研究員たちを管理する立場にある管理員たちだ。
管理員の主な仕事は研究員たちの実験結果やその過程の報告を受け、それらをまとめ他の研究所や優斗たちに報告することだ。
また管理員にはそれ以外にも研究所に配分される予算を決めたり、研究所からくる苦情や要望などを処理する役目もある。
研究階が上手く回っていくためには研究をする研究員はもちろん、彼らが気持ちよく研究できるための環境を整えてくれる管理員の存在が必要不可欠であった。
「まあそうなんだがね。ただ今は眠いので、とりあえず一眠りしてから書くことにするよ」
「ご苦労様です。ゆっくりお休みください」
ベリアルは所長を中心とする研究員たちが眠そうな目で自分の寝室に向かっていく(中にはアンデッドなど睡眠不要の者たちもいたが、彼らも精神的疲労があったのかそれとも空気を読んだのか、所長たちと同じく休みに向かった)姿を見送った。
それからベリアルは他の研究所を回り、それらの研究によってダンジョンがさらに発展していく様を夢想して満足げな表情をしていた。