人間?
「何か問題が起きたのか?」
ユズは武装して優斗の部屋に来ている。もしユズがただ優斗の部屋に遊びに来ただけなら、こんな武装をする必要はない。つまりユズは何らかの問題を報告しに来たと思われる。
「もしかして、ついに侵入者が来たのか?」
ユズは非常に優れた盗賊だ。そしてユズはこのダンジョンの中で最も気配感知に優れている。 一~三階層を巡回しているモンスターたちが気づかないことでも、ユズなら簡単に気づけてしまうのだ。
ユズには第一階層の管理も任せている。第一階層で侵入者を見つけた場合は、ユズかその配下のダンジョンモンスターが優斗に伝えに来る仕組みになっている。
そのユズが夜に武装を整えて優斗の部屋に来たのだ。優斗はついに侵入者が来たかと、怖いような楽しみなような感情に支配されていた。
「侵入者ではないと思うで。ただ、うちらにとっては興味深い相手やと思うわ」
「どういうことだ?」
「まあ簡単に言うとな、たぶん人間がこのダンジョンの近くにおるんよ」
「人間が?つーかたぶんってどういうことだ?」
人間がこの近くにいる、これは優斗にとって非常に興味深い内容であった。
狩猟採集組の話では、いまだ人間と遭遇したことはないと言う。もしその人間たちが森にすむ民族とかなら、優斗たちのまだ知らない森の話を聞くことができる。そしてそいつらが森の外から来た人間たちの場合、今度は森の外の情報を聞ける大チャンスだ。
ユズがたぶんと言って人間とは断言しないことは気になったが、それでもこれは優斗たちにとっては外の情報を得るチャンスになるかもしれない案件であった。
「たぶんっちゅうのは、うちがこの世界の人間を見たことがないことと、姿をよく観察せずにまず報告に来たからや。まあほんでも、人型でうちが知っとる人間に非常に似とる存在であることは確かや。それとしゃべっとる感じでは知能もそこそこ高そうやったで」
ここは異世界だ。ユズの言う通り、姿かたちが似ているというだけで自分たちの知っている生き物だとは限らない。
「まあとりあえずそいつらを人間だと仮定して、とにかく様子を見てみようか。場合によったら多少の犠牲を覚悟で捕らえることも辞さないから、ほかのNPCやダンジョンモンスターの準備も手伝ってくれ」
「わかった。ほなみんなも第一階層に呼ぶわ」
そう言ってユズと優斗は行動を開始した。こうして第一階層には就寝中のアコとミア、それと警備のためにほかの階層に残したダンジョンモンスターを除いて、このダンジョンのすべての者たちが集まった。
「お子様二人はそのまま寝かせといても問題はないだろう。それにミアは最近鍛冶師の仕事に熱中していて疲れも出ているようだしな。無理に起こすのもかわいそうだ。ここは俺たちだけで十分だろう」
「だな。そんじゃあ早速奴らの様子を見てみようぜ」
優斗とアシュリー、それとシルヴィアは、遠見の魔法によって外にいる人間たちの様子を見た。遠見の魔法を使えば自分の本来の視力よりも遠くのものを見ることができるので、それによって外にいる者たちの様子を見ることができる。
現在ダンジョンの入り口は結界や幻術などで巧妙に隠されているが、それはあくまで外から見た時だけであり、優斗たちの側からは普通に外の景色がみられる。つまりマジックミラーみたいなものであり、外から見ると幻術で周りの風景に溶け込み、中からだと外の様子がしっかり見えるという構造になっているのだ。
入口がマジックミラーみたいになっているため、優斗たちはダンジョンの中からでも外の様子をのぞけるので、遠見の魔法も効果を発揮するのである。もしこれが岩などで物理的にふさいでいたとしたら、ダンジョンの外に出なければ外の様子を見ることができなかっただろう。
「向こうは何の対策もしていないらしいな」
敵が魔法やマジックアイテムで攻性防壁や逆探知などの情報系魔法対策をしていることも考慮に入れていろいろ準備したのだが、敵が何の対策もしていなかったためその準備がすべて無駄に終わってしまった。そのため、優斗としてはうれしいような悲しいような複雑な気持ちになっていた。
「うちらもできる限り見て聞いとかんとなとかんとな」
「そうね!私も念のためやってみるわ」
盗賊であるユズと弓術師であるフレイヤは、職業上視力や聴力が非常に良い。
人間たちとは距離があるので、普通は姿が見えるだけでよっぽど大きな声で話していない限り話し声が聞こえると言うことはない。しかし、ユズとフレイヤの並外れた聴力なら、ひそひそ話などでなければ話し声が聞こえても何らおかしくはないのであった。