閑話 とある悪魔の一日3
ベリアルが森林エリアを歩いていると、三匹の小さなモンスターたちが元気に遊びまわっているのが見えた。
三匹とも非常に楽しそうな様子であり、実に微笑ましい光景であった。
「わふわふ」
「キュキュイ!」
「りゃりゃりゃ?」
彼らは一見すると、どこにでもいるようなただの小さい子供のモンスターだ。しかし見る人が見れば彼らの価値、そしてその将来性と危険度がよくわかる。
「かわいいとは思いますが……、残念ながらまだまだ弱いですね。早く成体になってくれれば、彼もダンジョンにとって非常に大きな戦力になるのですが……」
「りゃ?」
彼ら三匹はそれぞれ超強力なモンスターの子供だ。一匹目は雪のように真っ白い毛並みを携えたフェンリルの子供であり、二匹目は全身が炎でできているフェニックスの子供、そして三匹目が、幼いながらも固い鱗と、まだ小さいが飛ぶことはできるだけの翼を持つドラゴンの子供だ。
三匹とも成長すればかなり強くなれるだけのポテンシャルを秘めているのだが、まだまだ子供というだけあってその力は非常に弱い。
それこそ何の訓練もしていない、そこら辺にある安い武器を持った人間の成人男性にぎりぎり勝てるかどうかくらいであり、このダンジョンの中では最弱の部類に入る弱さであった。
「私も最初は最底辺である下級悪魔から始めたとはいえ、体の大きさは今と同じだったのでここまで弱くはなかったのですが……。
まあこれも、強くなるために成長というプロセスがある生物の特徴というやつでしょうか?我々悪魔とは違い、生物は年を経るごとにある程度までは自動で成長し大きく、そして強くなっていきますが、その代わり生まれたばかりの子供や赤子であるときは弱いようですからねぇ」
ベリアルは王国やガドの大森林で人間や亜人、モンスターの子供を見ようが、それらが微笑ましいともなんとも思わない。それどころかむしろその子供たちを苦しめて、その子たちが苦痛に歪む顔や悲鳴を聞きたいと思うような性格の持ち主である。
しかしながら彼はその三匹には何も危害を加えることなく、むしろ微笑ましい気持ちでその様子をうかがっている。
なぜなら彼にとって自分と同じようにダンジョンで生まれた者は仲間や部下、そして家族でもあるが、それ以外の外で生まれた者たちは皆他人であり敵でもあり、そして自分のおもちゃであるという認識だからだ。
そのため彼はダンジョン内の者にはある程度のやさしさを見せるのだが、それ以外の者たちには厳しさをよく見せている。特に彼の厳しさを感じているのが、彼の管理する裏組織にいる者たち、それもダンジョン出身やガドの大森林出身者ではなく、王国などの他国で生まれ育った者たちだろう。
ガドの大森林出身の者たちは優斗の支配下にあるということである程度のやさしさはあるが、そうではない人間たちはかなりの恐怖を与えられている。
もちろん裏組織だから他の表にある組織よりも力なり恐怖なりでまとめ上げなければいけない面もあるが、それにしても時折やりすぎなくらいの恐怖を与えていた。
「こら~。皆さん何してるんですか!勝手にこんなところに遊びに来てはいけませんよ!!」
大声を上げながら三匹に近づいてきたのは、彼らを含む幼い子供たちの面倒を見ている女性タイプの吸血鬼だ。
召喚されたダンジョンモンスターには、普通の生物のように血の繋がった親がいない。強いて言うなら彼らを召喚した優斗が親なのだが、優斗自身忙しく、さすがにたくさんいるダンジョンモンスター全員の面倒を見ることはできない。
ベリアルのように最初から成体として生まれてきている者はいいのだが、この三匹のように幼い状態で生み出された者たちについては、当然ながらその世話する者たちが必要になってくる。
そこで生み出されたのがこの吸血鬼を含む幼い子供たちの面倒を見る者たち、俗に言う保育士みたいな役割をしている者たちであった。
「りゃっりゃりゃ~」
「わっふー」
「キュー」
「こら待て~!私と一緒に自分たちの住むべき階層に帰るのです!!」
この子たちが普段住んでいるのはここ森林エリアではなく、また別の階層にある保育エリアと言われている場所だ。
そのモンスターの種類によっては特殊な環境、例えばかなり暑いところや寒いところ、それに陸地では生活できず海や川などでしか生きられない者たちがいて、そういった者たちは子供でもそのエリアで生活することになるのだが、この三匹のように普通の環境でも生きられる子供たちは皆保育エリアで生活していた。
「まったく~、どうやって保育エリアから抜け出したんですか!帰ったらちゃんと見ておかないといけませんね」
保育士の声には多少の怒りも混じっている。本気で怒ると子供が全力で逃げていく可能性があるので、彼女はそうさせないように気をつけながら逃げる子供たちを追いかけている
確かにここはダンジョンの中で、生息する者たちは皆自分たちの味方だ。だが、それでも子供たちに危険が全くないわけではない。
ダンジョンの中には溶岩地帯などの危険な場所や、毒などを持った生物もたくさんいるのだ。まだ分別もあまりついていない子供たちだと、間違ってそれらの被害にあってしまうこともあるのだ。
そのため彼ら保育エリアの子供たちは、彼女たち保育士と一緒でない限りほかのエリアや階層に行くことは禁止されていたし、また勝手に出ていくことができないよう見張りなども立てて監視していたのだった。
「大変そうですねぇ」
「あっ!ベリアルさん!!そうだ!ちょうどいいから、あの子たちを捕まえるのを手伝ってくれませんか?」
「うーん……、まあいいでしょう。彼らも今はまだ子供ですから、私の能力を使えば簡単に捕まえられるでしょうとも」
戦闘力の高いベリアルが保育士に協力することで、楽しそうに逃げていた三匹は簡単に捕まってしまった。
「まだまだ子供ですね。遊び疲れて寝ちゃったのかな?」
三匹は保育士の腕の中でぐっすりと眠っている。成体になれば何メートル、何十メートルとなる彼らでも、今はまだ一メートルを超えるかどうかぐらいの大きさでしかない。
そして身長と同じように体重もまだまだ軽いので、普通の人間の女性と変わらない身長、そして吸血鬼であるため普通の人間よりは強靭な筋力を持つ彼女なら、容易に彼ら三匹を同時に持ち上げることができていた。
「それではこれで失礼します。ベリアル様もお気をつけてくださいね」
「気を付ける?王国での活動のことでしょうか?」
「それもありますが、何より今はガドの大森林に現れた侵入者たちのことですよ?かなり大規模な人数で攻めてきたようなのですが、まだ聞いていませんでしたか?」
ベリアルはその言葉に、僅かながら驚いた表情を見せる。
「侵入者!?それは初耳ですね。冒険者なり森で生計立てていた狩人なりが時折侵入してきていることはよく聞くのですが、大規模と言うことは今回はいつもとは違うのですか?」
「ええそのようです。私もあまり詳しくは教えられていませんが、先ほど一応警戒はしておくようにと言われました」
「知らなかったです。知っている範囲でいいので、その教えてもらったこととやらを聞かせていただけませんか?」
「いいですよ。この子たちを捕まえるのも手伝ってもらいましたし。
ただ私にもわかっていることは少ないですから、もし詳しいことが知りたかったら他のもっと詳しい人に聞いてくださいね」
保育士が自分の聞いたことをベリアルに話し出す。彼女が言うには現在二千人規模の聖騎士たちの集団がガドの大森林に侵入してきており、ダンジョンでは今彼らを迎撃する方法を考えているというのだ。
見たところ聖騎士の集団はあまり強い者たちの集まりではなく、せいぜい金級冒険者並の力を持つ者たちが十人いるかどうか、そしてそれらとは別に白金級冒険者並の力を持つ者が多くて三人いるかどうか程度であり、ダンジョンの保有する戦力からするとあまり脅威とは呼べないレベルの戦力しか持ち合わせていないらしい。
そのためダンジョンサイドとしてはあまり脅威と感じてはいないのだが、万が一上手いこと力を隠している者たちが多くいる、もしくは一人ものすごく強い者がいるなどのケースを考え、念のため用心しながら攻撃を仕掛けると言うのだ。
敵が力を隠している可能性、そして敵の数が二千人と過去最大の人数であることも考慮して、ダンジョン内に下手したら何人か聖騎士が侵入してくるかもしれないと、皆に警戒を促しているようであった。
「それは知りませんでした。(ですがそうなるとケンシンがやっていた訓練は聖騎士対策ですか?しかし一万人と二千人は大きく違いますし、今回の場合戦場はガドの大森林かダンジョンの中になる。
そうなると草原での一万対一万の訓練ではまるで方向性が違いますし、この場合は大は小を兼ねると言う理論も当てはまりません。だとすると、やはり今回の件とケンシンたちの訓練は別物なのでしょうか?)」
ベリアルは今回の件とケンシンたちの訓練とで関係性があるかないかで疑問を抱いたが、目の前の保育士がそれを知っているとは思えなかったので、その疑問は自分の胸にしまっておいた。
「私が知っているのはここまでです。それではこの子たちを布団で寝かせたりといった仕事がありますので、私は職場に戻らせてもらいますね」
「ええわかりました。わざわざ教えていただいてありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、この子たちを捕まえる時に手伝ってもらい感謝しています」
二人はお互い笑顔を浮かべながら分かれた。
ベリアルにはまだ行きたいところがあったので、彼はその目的地に向かいまた歩き出した。