閑話ールクセンブクル家の変
ブルムンド王国で最も東に位置するルクセンブルク伯爵領。この領地は現在、一人の若い女当主によって支配されていた。
「お父様たちったら、私が知らなかっただけで裏ではかなりあくどいことばかりしてたみたいね。これじゃああの方たちに滅ぼされるまでもなく、結局いつかはどこかから手酷いしっぺ返しを受けていたかもね。
まさかあれら以外にもこれほどのことをしでかしていたとは、あの時は夢にも思わなかったわ」
現在伯爵家のトップにいるのは、以前ガドの大森林で行方不明になったと処理された冒険者の一人でもある、前伯爵の娘のルナ・フォン・ルクセンブルクだ。
彼女は森で何とか生き延びることができ、その後帰ろうにもまた敵に襲われることへの恐怖心やそもそも森で迷ってしまい方向がよくわからなかったため、慎重に恐る恐る森から出ようとして遅くなってしまった。
また森から出ることには成功したがその出た先がブルムンド王国領ではなくレムルス獅子王国領だったため連絡などもうまくいかず、紆余曲折あって最終的にルクセンブルクについたのがかなり遅くなってしまった、と言う設定である。
もちろん彼女は自力で生き延びたのではなく優斗たちに捕まってしまっていただけなのだが、当然彼女はそのことを言っていない、というより言うことができなかった。
「でも私が当主になるなんて……数年前にはまるで考えられなかったわ。それもこれもあの方たちの力がすごかったことと……お父様たちの野心が強すぎたせいね。あとは私の悪運かしら?」
「お嬢様、あまりそういうことを言うのはよろしくないかと。疑うわけではございませんが、万が一の時は我々も容赦できませんぞ」
「あら怖い。そう言うあなたは、古参の家臣や使用人たちと仲良くできたのかしら?」
部屋に入ってきたのはルナが重用している一人の執事だ。彼はルナが屋敷に帰った時に彼女の紹介で雇われ、それからすぐに重用されている執事であるため、ずっと昔から伯爵家に仕えている者たちには嫌われていた。
「それは無理でしょう。ですが幸い私にも仲間がおりますので、むしろ彼らにとっては藪をつついて蛇を出したような気分だったでしょうが」
そう言って執事は悪い笑みを浮かべる。
「へぇー。あいつらが突然失脚したのはやっぱりそう言うことだったのね。さすがはあの方の部下なだけあって優秀ね」
「ですからそういうことはなるべく言わないでください。誰かに聞かれて面倒なことになってはたまりません」
「大丈夫よ。ここはお父様が作らせた部屋で盗聴対策も万全だわ。それに屋敷にはあなたのお仲間もたくさんいるんだから、もし聞かれてもどのみちすぐに対処してしまうんでしょ?どうせ私が知らないのもこの屋敷には何体もいるんでしょうから」
「だとしても気は配っていてください。それで、ここの経済状況はどうでしょうか?」
「やっぱり悪いわね。残念ながら今の伯爵家は火の車よ」
先代当主のゲイルはガドの大森林開発に失敗して資金を失ったが、それはあくまで大きくない問題にすぎず、もっと大きな問題が彼には降りかかっていた。
ルクセンブルク領ではエルフの奴隷がたくさん手に入る。それはガドの大森林で冒険者などがエルフを狩って奴隷にし、それを奴隷商人に売るから成立している。そしてゲイルは、この取引に一枚噛むどころかむしろ中心人物として率先して行ってきたのだ。
エルフは男女ともに見目麗しいものが多く、寿命も人間より長いので非常に高く売れる。そのためエルフの奴隷売買でゲイルは多くの利益を得ており、それは彼の大きな財源でもあった。
しかし開発失敗以降、もっと言うなら優斗たちがエルフたちを支配した以降は、ルクセンブルクに新たなエルフの奴隷が出荷されることはなくなった。エルフたちはこれまでとは違い一つになり、エルフたちの力と強力なダンジョンモンスターたちの抵抗により、エルフを狙う者たちは容易に手を出すことができなくなった。
しかもそれだけでなく優斗たちの支配が森に浸透されていった結果、森に入って仕事をしようとする者たちもダンジョンモンスターやエルフたちによって排除されるようになり、それに加えて野良のモンスターも当然いるので、ルクセンブルク領のガドの大森林で仕事をする者が急激に減っていった。
結果的にルクセンブルク領の人々が森で得ていた恵みの大半が供給されなくなり、そのせいで森で生計を立てていたものが苦しみ、また領内の経済自体にも影響を与え始めた。
また冒険者の中にもガドの大森林があるからルクセンブルクで活動していた者も複数おり、その者たちは別の稼ぎ場を求めて他領に活動拠点を移し始める。
こうしてルクセンブルク領の景気は徐々に悪くなっていき、それが徐々に伯爵家の財政を圧迫し始めたのであった。
「それはよくありませんね。できれば普通くらいにしてもらいたいのですが」
「普通っていうのは、全体的に少し黒字と言うことでよろしいのかしら?」
「ええ。お嬢様にはぜひ名君になってほしいですから」
「確かにこの状況から立て直せれば名君と言われてもおかしくないわね。でもどうするの?言っておくけど、今の私にあまり汚い手は使えないわよ」
「ええそうでしょうとも。なんせお嬢様は、手を真っ黒に汚した先代伯爵の支配から民衆を解き放った英雄なのですから。ここで先代と同じ手を使われては困りますとも」
「よく言うわ。確かに決断したのはお父様やお兄様たちでしょうけど、そういう状況に持って行ったのはあなたたちでしょうに」
ルナは皮肉気な笑みを浮かべる。
「はてなんのことでしょうか?それより、何か策はないのですか?」
「ごまかしたわね。まあ致命的になった原因があなたたちだとしても、そもそもあなたたちが関与する前からいろいろあくどいことはやっていたみたいだから悪いのは完全にお父様たちなんでしょうけど。
作戦なら一応考えているわよ。でもそれをするには、森の恵みを独り占めしているとある商会に話を通す必要があるけども」
「お嬢様の言うことならきっと聞いてくれると思いますよ」
「そうね。私があの方を裏切らない間はきっと言うことを聞いてくれるのでしょうね」
「では手配いたします」
そして執事は部屋から出ていく。また部屋で一人っきりになったルナは、窓から見える街並みを見てつぶやく。
「ごめんなさいね。私は自分が幸せになるためなら、あなたたちがどれだけ傷つこうがだまされようが構う気はないわ。恨むのなら、どうにもできない自分たちの力のなさを恨むことね」
こうしてルナは不正を繰り返してきた先代伯爵の手から民を救った英雄として、そして伯爵家の財政を立て直した名君として、どんどん民からの信頼を得ていった。