閑話ーブルムンド王国の受難3
「次の国王はまだ決められん……のだろうなぁ」
「そうでしょうな。少なくとも、今すぐ決めることは難しいでしょう。それに、決めたところで納得もされないでしょうからな」
「そうなると、まだこの座から降りるわけにはいかんな」
この部屋にいるのはブルムンド王国の王と宰相のみ。二人以外には誰もいない密室で、彼らはいつものように王国の未来について話し合っていた。
「できれば今すぐにでも隠居したいのだがなぁ……」
「お気持ちはわかります。ですが今隠居することは何よりも愚策でしょう。今から約三年前に公国に負けた時、現在はその時よりも状況は悪くなっておりますからな。
唯一安心できることがあるとすれば隣国の獅子王国がいまだ内乱中であり、仮に内乱が収まったとしても国内の立て直しなどに奔走されるためしばらくは攻めてこないと言うことくらいでしょうか?」
獅子王国で起きた内乱はいまだ続いている。当初は帝国の力を借りた第九王子側が優勢だとみられていたが、正統な後継者である第十八王子が生きていたこと、そして彼女のもとに第一王子をはじめとした強者が何人も集まったことにより、現在では戦況がどう転ぶかわからないほど拮抗したところまで来ていた。
「それも良し悪しだろう。貴族どもの中にはこの期に乗じて獅子王国を切り取れと言う者たちもおる。それに獅子王国の両陣営から要請されて、どちらかに支援を行っておる貴族どもまでおるときた。向こうからこっちに攻めてくることはないだろうが、隣国が荒れていることによりその余波がうちまで来ることはあまりいいことではないな」
「ですが攻められないことはありがたいでしょう。元々向こうとこちらでは大きな力の差があったのですから。公国との戦もありましたし、戦線を二つ持ってしまう可能性がなくなったことはよかったのでは?もし公国と同調して攻めてこられたら……、我が国は簡単に倒れていたかもしれませんぞ」
「それはそうなのだが……。しかし公国との戦争か……。あれも今のややこしい状況を加速させたな」
約半年前に行われた二度目の王国と公国の戦争。前回の結果から王国不利だと思われていた戦争だったが、なんとその戦争で王国は勝利を手にしたのだ。
それにより以前奪われた領地の一部と賠償金をとることに成功し、王国は、とりわけ王国の民たちはその勝利に大きく沸いた。
しかし民たちがその勝利に大きく沸く中、その勝利を面白く思わなかった貴族たちがいる。そしてその筆頭が三大貴族であり、彼らとその派閥の者たちは王国の勝利を苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。
なぜならその戦争には三大貴族がほとんど関与しておらず、戦は主に第五王子が率先して行っていた。と言うのも彼は最近になってどんどん頭角を現してきた王子であり、三大貴族に支持されていないにもかかわらず今では立派な次期国王候補の一角だ。
そして第五王子が台頭してくるとともに、それとは反対に少しずつ力を失ってきているのが三大貴族たちだ。
三大貴族はここ二、三年でよくないことが何度も起きている。例えば領地で盗賊が増えて活性化したり、自分たちの部下や遠い親戚で事故死や病死する者が増えたり、そして自分たちの財産が盗難にあったり等様々な不幸が降りかかってきた。
いきなり表舞台に出てきた第五王子がいつの間にか身に着けていた金や武力を使い、建国以来ずっと高い権勢を誇る三大貴族たちのことを気に食わないと思っている貴族たちを束ねていく。それに対する三大貴族やその派閥の貴族たちは続々と起こる不幸により力を徐々に削がれていき、そしてその原因と思われる第五王子(もし純粋に自分たちの運が悪いだけだとしても、悪い噂を流すため王子のせいにする)との対決姿勢を強めていく。
しかしそれでもまだまだ三大貴族たちのほうが王子よりも強かったのだが、今回の戦でそのパワーバランスも崩れてきている。
三大貴族は勢いのある王子の力を削ぐため、そして戦争に負けて王子の発言力を弱め、次期国王になる目を完全に消そうとした。そのため兵は前回の戦と比べて三分の一も集まらず、誰もがまた公国の勝ちだと確信していた。
しかしそんな中で王子は勝った。これにより皇太子争いはさらに激化しており、王も国が割れることを恐れて後継者を指名できないでいた。
「しかしあれがここまでの器だったとは。ある意味びっくりだな」
「ですな。失礼ながら、あのお方にここまでの器があるとは思いませんでした。まあそのせいで国がより割れてしまっているのですがね」
「余の予定では今頃皇太子を発表しておいて、それから数年後には隠居だったのだがな……」
「ちなみに陛下はどなたかに肩入れなさらないのですか?」
「余が肩入れしてこの争いは収まるか?」
「意外と収まるかもしれませんよ。三大貴族たちは、もう自分たちの中から皇太子が出るならそれで構わないと思っているでしょうから。今からでも三人の中から誰か指名しては?」
「余もそのつもりだったんだがなぁ。今の余が誰を応援しておるかはそなたにも分かるはずだ」
「そりゃ分かりますとも。ですがそうなると肩入れするのは危険ですね。今の静観している状況がある意味最高の援護かもしれません」
「情けないことにな。それに肩入れしてしまえば、三大貴族どもがどう出てくるかわからん。それこそ隣国のように内乱が起こるかもしれんぞ」
「まったく厄介なことです」
二人はお互い顔を見合わせてため息をつく。
「しかしあれはいつの間にあんな力を身につけたのだ?国内の政争だけならまだしも、戦争で公国を破るほどになるとは。そんな力は余でさえも持っておらんぞ」
「しかも前回大活躍した『ドラゴンフライ』の面々も雇っていませんしね。もちろん他の冒険者や傭兵は使ったようですが、それでもこの結果には驚きですな」
「公国の油断もあるのか?確か今回は前回よりも兵の数が少なかったのだろう?」
「それもあるでしょう。しかし数で言うとむしろ今回のほうが不利だったかと。三大貴族の力を借りられなかったせいで、数的には前回のほうが有利でしたから」
「だとすれば心理的な面の油断か?前回勝ったから王国を甘く見ていたのか?」
「それは当然あるでしょう。ですがそれを差し引いてもやはりすごいです。王家や従えた貴族たちからの支援があったとはいえ、半分以上は王子の力ですから」
王子は自分の私兵として、数十人の兵を連れてきた。最初はたった数十人を連れてきた程度で何ができる?どうせただの数合わせだろう?と侮られていたのだが、その者たちは戦場でものすごく大きな働きをした。
ある者はたった一人で公国の兵士、それも徴兵した一般人ではなくちゃんとした訓練を受けている兵士を百人以上切り殺し、またある者たちは同時にそれぞれが上級魔法を使い、それによって敵を一網打尽にした。
それほど強力な私兵を何十人も用意してきたのは驚愕であり、その事実は王侯貴族たちはひどく驚愕させていた。
「あんな力、一体どこで手に入れたのやら。三大貴族を中心にして起こっている不幸も……おそらく何割かは関与しているのだろうなぁ」
「ほぼ間違いないでしょう。しかし三大貴族ですら尻尾をつかめないとなると、よっぽど力も頭脳もある者たちがバックにいるのでしょうな」
「あれは頭はいいが武力は全然だったはずだ。それに個人で商会なりを経営していたと言う情報も聞かん。となると他国からの支援か?」
「しかしそれにしてもここまで支援するでしょうか?金ならともかくあれほどの兵士たちを回すとはよっぽどですよ。あれだけの戦力を持っていれば、私なら迷わず他国と自国が戦う時に使いますよ。こんな風に他国での戦争には使わないでしょう」
「国ではないかもしれんか……。だとすると裏の方か?」
「それもどうでしょうか?裏と言っても、あれほど力ある組織なら三大貴族かそれが擁している王子の方にすり寄るほうが、リターンが大きくリスクも労力も少なく済むのではないですか?」
「ならばどこが?まさかとは思うが、何年もかけてあれが用意していた組織とは言うまいな」
「それはさすがに。もしできていてもこれほどまで力を持つのなら、そうなる前に王家か三大貴族が察知しているでしょう」
「ならばどこが……」
二人は心当たりのある組織を言い合うが、どこも納得できるようなところではなかった。
「ともかくあと数年は余が王になって国を繋ぎ止めるしかないな。その間に政争で勝った者を王とする。それ以外とれる作戦がないな」
「あと数年でけりがつけばいいのですが」
「そればっかりは願うしかないな。幸い今のところ我が国を攻めてきそうなところは公国だけだ。この政争にけりがつくまで対外戦争は防衛時のみにして、国内の安定のため働くべきだろうな」
「しかし功を焦った貴族が逸るのでは?」
「そこまでは知らん!と言いたいところだが、王である以上そう言うわけにもいかん。貴族どもにはしばらく対外戦争を仕掛けぬようきつく言っておくか。情けない王だが、これくらいは聞いてもらえるだろう」
「ではその方向で行きましょう。今はどこの貴族も政争で忙しいですから、これに強く反対することもないでしょう」
「どうだろうな。戦争で勝って発言力を増そうとするかもしれんぞ?」
「ですね……。それについてもうまくいっておかなければなりませんね」
そして二人は部屋を出て、また王国のために政治を行っていくのであった。