一か月後のダンジョン
「今のところは順調だな。鍛冶と錬金は順調だし、ダンジョンだって大きくなった。地力をつけるという意味では今のところ成功していると言える。そろそろ本格的に動き出してもいいかもしれないな」
優斗はダンジョンが大きくなったことによってできた、一番下の階層にある自分専用の部屋でゆっくり寛いでいた。優斗たちはDPに余裕ができたため、NPCとアコを含む十二人全員に個人部屋が与えられているのである。優斗はその部屋で、階層をまとめるNPCとその配下であるダンジョンモンスターから提出された報告書に目を通していた。
優斗は階層ごとに担当NPCを置き、その下に階層のまとめ役になる比較的高位のダンジョンモンスターを置いた。彼らには報告書を出させるようにしており、すべてを統括する立場にあるダンジョンマスターの優斗は、それらをしっかり見ておく必要があるのだ。
優斗が異世界でダンジョンマスターになってから早一か月、その間は特に大きな出来事もなく日々は過ぎていった。
一か月の間に優斗たちのダンジョンは五階層にまで増え、階層一つ一つの広さが広くなったり、DPを消費して侵入者対策に様々な罠もかけられるようになった。
優斗たちのダンジョンは単純に強いモンスターを召喚しての戦力向上や、気づかれにくく威力の高い罠の配置、そしてダンジョンを大きく複雑にして攻略を難しくするような侵入者対策だけでなく、それ以外のいろいろなことも多く行えるようになっている。
優斗たちのダンジョンは現在全部で五階層ある。そのうち第一~三階層は完全に侵入者対策の場所だ。常にたくさんのモンスターたちがそれらの階層を巡回し、侵入者を見つけたらすぐさま報告するような仕組みになっている。
侵入者を発見することは非常に大事である。そのため、第一~三階層には感知能力に優れたモンスターも多数配置されている。ダンジョンコアのカスタムを使えば、召喚するモンスターに感知能力を与えることは簡単にできる。もちろん相応にDPはかかるが、防衛のことを考えれば必要経費だ。
それ以外にも初見殺しのような難易度の高い罠などもたくさん配置されていて、そこで暮らすモンスターたちの生活はほとんど考慮されていないような、徹底的に侵入者を撃退することだけを考えた階層である。
次に第四階層だが、ここはいわば食糧生産所である。優斗たちには食料が必要である。わざわざ毎回DPで食料を出すこともできるが、それだと食料がたくさん必要になった時は手間もDPもたくさんかかる。
第四階層は食糧生産のために階層をある程度広くし、また農業のために気温はずっと春の陽気に設定してある。DPで家畜を召喚して育てたり、川を作ってそこに魚を流したりしている。それ以外にも人工的に光を発生させて植物の光合成を促したりして、とにかく第一次産業に適した空間にしている。
第四階層を作るにあたっての初期投資は非常に大きい。上記に挙げた以外にも、家畜や魚の餌、農業をする人材もDPで出さなければならない。ある程度軌道に乗ればDPを消費しなくても回るようになるだろうが、それまではDPを使って援助し続けなければならない。
さらに、この階層の性質上常にここは下の階層になくてはならない。この階層は何の防御も考えられていない階層であり、配置されているモンスターも食料生産のためだけにいる者たちなので、侵入者を倒すことがまるでできないのである。
もし優斗がまた新しく階層を増やした場合、今の第四階層は階層の入れ替え機能によって第五か第六階層に移動することになるのだ。
最後に第五階層だが、ここには先ほども述べた個人用の部屋が配置されている。また、この階層にはエリアスの研究所やミアの鍛冶場がある。
そして大事なダンジョンコアもこの第五階層に配置されていて、罠はないしたくさんモンスターがいるわけでもない。しかしそれでもこのダンジョン最強の優斗たちが暮らしていることから、この階層が一番防御が堅いともいえる階層である。
「第四階層での収穫はまだ先だし、家畜は子供を産んだが、それらを食べられるのはまだ先か。放流した魚も当分は餌を与えて数を増やすことに専念してもらいたい。いろんなモンスターを召喚できるのはまだ先になりそうだな」
優斗が第四階層を作った理由の一つに、アンデッドや悪魔、スライムなどの飲食不要のモンスター以外もダンジョンに配置したかったからである。
飲食不要のモンスターたちは確かにコストパフォーマンスがいい。特にそれが睡眠すらも不要だとなればもっと最高である。しかし、それだとダンジョンには同じ種類のモンスターしかいないことになってしまう。
今後どうなるかわからないが、それでも侵入者が来たり外にダンジョンモンスターを連れて行くこともあるかもしれない。そうなったときに、同じようなモンスターばかりだと苦戦する可能性があるのだ。
第四階層は食料を生産してダンジョンに食料の必要なモンスターも暮らせるようにするためのものでもあるのだ。それにもし余った食料をDPに変えることができれば、この食糧生産所はさらに高い価値の物になるだろう。
ダンジョンである以上土地を広げるのは簡単であるし、土を肥沃にすることだってできる。優斗はダンジョンが理想的な食糧生産所だと初めから目をつけていたのである。
「そんでもってこれがエリアスの研究成果か。ミアも頑張ってくれているし、ここもこのままで大丈夫そうだな」
錬金術師であるエリアスの研究所は、第五階層に配置されたことにより大きくなった。それにより様々な器具や素材を収納できるようになり、研究がよりはかどっている。そしてミアの鍛冶場だって十分に立派なものだ。
ミアもエリアスもインフィニティから持ってきた素材は使えないことになっているため、いま彼女たちが使える素材は多くない。しかし、それでもそれなりにいろいろ研究して頑張っている。
エリアスはダンジョンコアから出すことができた素材や、森の探索によって入手した素材での研究により、インフィニティでいう中級の回復ポーションにあたる効果を持つポーションの作製に成功していた。
しかし残念ながらそれ以外のアイテム、例えば魔法を封じ込めておいて、それを開けば好きな時に封じ込めておいた使えるようになる魔法のスクロールであったり、ローブやネックレスなどの鍛冶師ではなく錬金術師の領域の装備品や装飾品などを作ることはできなかった。
また、今のところ金より上の金属はまだダンジョンコアで出すことができないままである。そのため、鍛冶仕事と言っても主に鉄を使って道具を作ったりダンジョンモンスター用の低位の武器を作るだけで精一杯なのである。
結局二人は素材や環境の問題により大きな仕事や研究はできていないのだが、それでも十分みんなのための仕事をしているといえた。
「不満があるとすれば情報収集だな。俺たちがレベルアップしにくいのはよくわかるが、この森の調査が全然終わりそうにないというのは予想外だったな。まったく、この森はどんだけ広いんだよ」
狩猟採集組の仕事はDPにするための死体や素材を取ってくることと、この森の広さや生体の調査であることは変わらない。ダンジョンが大きくなったことからもわかる通り、DPを増やすという役目についてはちゃんと成功していると言える。
このダンジョンはダンジョンに生物がいればそれによってDPがたまるというシステムではない。生物からDPを手に入れるには、その生物を殺さなくてはいけないのだ。なので、外部から手に入れてきた動物なりモンスターなりを捕らえておくことでDPを得るということはできない。
つまりダンジョンが発展していると言うことは、狩猟採集組が毎日DPになるものを持ってきてくれているという証明なのだ。
このようにDPへの貢献については申し分ないのだが、反対に森の調査については一か月たっても全体像をつかむには至っていない。森が予想よりずっと広かったため、一か月たってもまだ森から出られていないのだ。森の調査はダンジョンを中心として円を描くように行われている。調査結果によると、最低でもダンジョンから半径100キロメートルはすべて森と言う話だ。
森に住むモンスターたちの情報は集まってきているのだが、今だ森の外の情報は全く集まっていない。オーガやゴブリンなどの会話はできるが知能の低いモンスターとは遭遇したが、残念ながらそいつらから新しい情報を得ることはできなかった。ちなみに優斗は一瞬オーガやゴブリンなどを支配下に置こうとも考えたが、それよりはDPにしたほうがいろいろと便利なのでその時は皆殺しにした。
とにかく、ダンジョンが広くなってきて生活に余裕が出てきた優斗としては、自分のダンジョンがある森の情報はもちろん、その外の情報も非常に欲していた。
「まあ外の勢力を見つけたとしても、そこからがまた大変だがな」
仮に外の勢力を発見できたとして、どのように接触するのかが問題だ。タイミングは?接触するための使者は?上から目線でいく?それともへりくだる?それとも対等な関係で?このように、単純に外の勢力に接触すると言ってもいろいろな問題がある。これらは一つ間違えると大惨事になることがあるから怖いのだ。
自分たちよりも強い集団に上から言って不興を買ったら?自分たちと対等か、それ以下の集団に下からいって侮られたら?文化的違いによる不幸な行き違いがあったら?これらのようなことになると大変なのである。
「この状況ではどのみち今の路線を継続しなければいけないか……」
優斗が結局いつもの結論を出してその日を終えようとしたところ、優斗の部屋の扉をノックする音がした。
「入っていいよ」
優斗がそう言うと、部屋の中にはある程度武装を整えたユズが入ってきた。




