襲撃 11
「ちょっと待ってもらえないかのう?」
この場には似つかわしくないほど穏やかな老人の声を聴いた迎撃部隊の面々は、今まさに突撃しようとしていた足を一度止めた。
よく見ると敵の大軍の足も止まっており、王子たちも無理やりそこに突っ込むことをためらった。
そして足を止めた大軍の後ろから、真っ白な髪に真っ白な髭を携えた一人の老人が出てきた。
「儂のような年寄りになると、若者たちがその貴重な命を散らせることを黙って見ていられなくての。攻めてきている立場の儂が言うのもなんじゃが、どうかその矛を収めてくれぬか?」
その老人は一見ただの年寄りだが、見る者が見ればただ者じゃないことがわかる。老人の格好から見ておそらくは魔法使いなのだろう。老人は見事なローブを身にまとい、見るからに強力そうな杖を持ち、それ以外にも様々なマジックアイテムを身に着けていることがわかる。
またそのマジックアイテムたちも、ある程度見る目のある者が見ればすぐにわかるほど高価なものばかりであり、それらがわかれば明らかに普通の老人じゃないことが明白だ。
そして何より老人はマジックアイテムの効果なのか自分の魔法の効果なのかはともかく、空を飛んで大軍の上を通過してきていた。
「ここにいる以上、あれがただの老人とは思えないな」
「ですね。話しかけてきているようですがどうしますか?内容は一考の価値もないものですが」
「無論話し合いには応じる。我々の役目は目の前の大軍を撃破することだが、それと同時にあれを遅らせて王都内を鎮圧するための時間を作ること、そして味方の援護を待つことでもあるからな。
話し合いの内容に同意する気は全くないが、敵を遅らせるためにも話し合いに応じる方がいいだろう。それにもしかしたら、話し合うことで敵の新しい情報が得られるかもしれんからな」
迎撃部隊のリーダである第一王子が、老人と話をするため前に出る。
「私がこの部隊のリーダーだ!攻めてきたそちらが矛を収めろと言うのはいささか理解しがたい話ではあるが、それはそちらが降伏するということでいいのか?」
王子は内心そうであってくれと祈りながら老人に言葉を返す。
「いや、残念ながらそうではないんじゃ。単純に儂らに降伏してほしいだけなんじゃよ」
「それは受け入れられない。そもそも責められておいてすぐ降参するようでは、私たち軍人がいる価値がないではないか」
「まあそうなんじゃがの……」
老人は残念そうな顔をする。
「おい爺さん!そんな無駄話はいいから、さっさと敵を潰しちまえばいいじゃねえか!?」
老人に文句を言ったのは一人の騎士だ。それもただの騎士ではなく、ワイバーンに騎乗している騎士。つまり竜騎士と呼ばれる者であった。
「あれは竜騎士……」
迎撃部隊の者たちが竜騎士の登場にざわつく。獅子王国周辺ではめったに見ることがない竜騎士だが、その恐ろしさだけは彼らの耳にも伝わっていた。
「まったく……焦りすぎじゃ。まだまだ若いのじゃから、今からそんなに生き急ぐものではないと思うがの」
「はっ!あんたからすると、その辺の爺婆だって十分に若造だろうが!あんたの基準だと、どうせ百歳は超えねえと認められねえだろう?」
「たしかにそうじゃが……だとしてもお前はまだ二十代じゃ。儂からじゃなく、世間的に見てもまだ若い部類じゃろうが」
「二十代は立派な大人だ!成人はとっくに済ませてるんだから、もうそろそろ大人扱いしてくれてもいいだろ」
「お前はまだまだひよっこじゃ。そんなんだから一人前になれないのじゃぞ」
「ひよっこに格下げすんじゃねえ!それに俺はもう帝国の立派な戦力になっている竜騎士で、おまけに帝国最強の証のナンバーズにも入ってんだ。それに番号だってあんたよりは下だが、あんたの弟子よりは上だ。もうとっくに一人前なんだよ!!」
老人と竜騎士が口喧嘩をしだす。二人のやり取りには全く遠慮がないので、おそらく昔から仲の良い知り合い同士なのだろうと思われた。
「ちっ!まあ今はそのことはいいや。とにかく目の前のこいつらは潰す。俺があんたに何か指図する権利はねえが、それでもそうしなきゃいけねえことくらいあんたにもわかるだろ?」
「しょうがないかのう。若い命を摘むのは気が進まんが、それでも国のためやるしかないか」
二人の会話が一段落した時を見計らって、王子が老人に話しかける。
「どうした?全然返答はないが、二人の会話を聞く限り、この話し合いはもう終わったということでいいのか?」
「悪かったのう。やはり儂らは戦うしかないようじゃ。じゃが安心してくれ。儂も鬼ではない。なるべく苦しまぬよう終わらせてやろう」
「それはこっちのセリフだ!総員突撃ー!!」
王子を先頭にした迎撃部隊が、目の前の万を超える大軍に突撃する。
「すまんのう。若い命も大事だが、なによりやはり儂には帝国の者たちの命のほうが大事なようじゃ。戦力的にも感情的にも、ここで大きな被害を出すわけにはいかん。
お主らは強い。それだけの数でもおそらくこの大軍にそこそこの、下手したら千人以上の損害を出すこともできるじゃろう。じゃからこそ、儂もお主らを普通にぶつからせるわけにはいかんのじゃ」
老人はそう言いながら、王子たちに向けて一つの魔法を放つ。
「〈爆裂〉!」
王子を先頭にした迎撃部隊を中心に大きな爆音とまばゆい閃光が生まれ、迎撃部隊は大きな爆発に飲み込まれた。