襲撃9
「王子!王子!!」
女騎士が胸を貫かれた次期国王を必死で呼びかける。すでに王子の胸を突き刺した者の姿は消えており、その場には最初からいた七人の姿しかなかった。
「安心しろ。妾はまだ生きておるぞ」
その声が聞こえると同時に、声が聞こえてきた方向から一人の少女が姿を現す。
「王子!?」
「お前の言いたいこともわかるぞ。だが、敵を騙すにはまず味方からとよく言うであろう?まあそもそもこの作戦を考えてくれたのはそ奴らで、しかもその作戦を聞いたのは襲われるほんの少し前だったから、単純にお前たちに伝える時間がなかっただけでもあるがな」
「えーと……、いま私と話しているのが本人だとして、では胸を突きさされたのは一体?」
「もう教えてもいよいのではないか?」
次期国王がそう言うと、これまで女騎士や執事が次期国王だと思っていたものが、彼女と同じ背丈をした衣服も羽織っておらず顔のない、全身が白で覆われたただ人形に変わっていった。
「これは!?」
「まあシンプルに言うと幻術だ。あの黒装束の奴がずっとこちらを窺っていたのは早めにわかってたからな。魔法使いである俺の幻術とこの人形自体が持っている幻術の力を使い、二人やあの黒装束にこの人形が王子だと錯覚させていたわけだ」
女騎士は優斗の言葉にびっくりしながら、何かを確かめるように倒れている人形を触る。
「つまりこれはマジックアイテムと言うやつか。他者に人間と誤認させる効果のある人形は聞いたことがないが、中には私の知らないそういうマジックアイテムがあっても不思議ではないか……。
しかしそれにしてもこの人形はすごすぎないか?あまりマジックアイテムに詳しくない私が言うのもなんだが、姿かたちを真似るだけならともかく、話をしたり血を流すことまでできるなんてかなり高性能だろ」
女騎士は目の前の人形に非常に興味を待った。
「ああ。だがそれは違う、いやもっと正確に言うと、今言ったのは半分正解で半分不正解だな。
話をしたり血を流させていたのは俺の幻術だ。ちゃんと種明かしをすると血を流しているように見せていたのは俺の幻術で、実際に話をしていたのは次期国王だ。細かい技術的なところは省くが、この人形は別のところから出している声を出すことができるというか……。まあともかく、この人形は王子の言う通り話していたということだ。さすがに口を動かしたりしてリアリティーを出すことまではできないが、そこも俺の幻術でごまかしていたんだ。
だからこの人形がやっていたのは姿かたちを真似ることと声を出すところまでであり、それ以外は俺の幻術の比率が大きかったんだ。たぶん俺の幻術がなかったら、二人はもちろんあの黒装束も割と早めに気付いたと思うぞ」
人形は地球で言うスピーカー的な能力も持っており、それによって離れたところからでも次期国王が会話しているように見えたのだ。実際次期国王が隠れていたのは優斗たちの声がちゃんと聞こえるほどの距離であり、会話をすることには何の不自由もなかった。
「しかしいつから入れ替わっていたのだ?それに、なぜ敵が次期国王である王子を狙っていると分かったのだ?」
「いつって言われてもな。まあ強いて言うならお前たちがここにきてすぐかな。あいつがこちらを窺っていると分かった瞬間に準備を始め、それができたと同時に入れ替わらせたんだ。もちろん、入れ替わるときも幻術なりを使いばれないようにはしたがな。
後なぜ王子を狙っているか分かったかだが、それは単純な確率の話だ。そもそもこの中で一番刺客に狙われる可能性が高いのはどう考えても次期国王であり、そのお付きの二人や高位冒険者の自分たちが狙われる可能性がゼロとは言わないが、だとしてもわざわざ次期国王と一緒にいる状況では普通狙われないだろう?」
「確かにそうだ。普通に考えれば、我々よりずっと地位の高い次期国王が狙われる可能性のほうが格段に高いことは認めざるを得んな。一応聞いておくが、あの黒装束が誰かは知っているか?」
「いや知らない。逆に狙われる心当たりが聞いていいか……と言いたいところが、さすがに多すぎてわからないか」
「そうなる。次期国王を殺したいという者は、少なくとも国内だけで二桁は優に超えるだろうしな」
次期国王である彼女が死ぬことで得する者、また彼女に恨みを持っている者は国内外にたくさんいる。特に次期国王になった今となっては、その人数も倍以上に膨れ上がっているはずだ。
その自覚は本人にもあるのだろう。本人も心当たりがありすぎて、容疑者をまったく絞れないと言った様子であった。
「とりあえず城に戻ったほうがいい。何やら王都が騒がしいが、それでもこの王都内では王城が一番安全だろうからな。俺たちも、面倒ごとに巻き込まれないようにさっさと帰らせてもらうわ」
そう言って優斗たち三人は早急に王都を出ようとするが、次期国王たちと別れる前にそれを妨げる声が聞こえた。
「お待ちください!……『インフィニティーズ』の皆様を……将軍がお呼びです」
そこには、息を切らしながらもなんとか言葉を発する兵士がいた。
「えーと、この国の兵士……であってるんだよな?俺たちはこの国の将軍をよく知らないんだけど、それがいったい何の用だ?」
「現在王都は、正体不明の集団による襲撃を受けております。そこで、あなた方にもその撃退に参加してほしいのです」
「この騒がしいのはそういうことだったか。しかし国が襲われたとなると、普通はその国の兵士だけで対応するものじゃないか?自分で言うのもなんだが、こういうことに所属のはっきりしない冒険者は使わないほうがいいんじゃないか?」
冒険者は冒険者ギルドに所属しているが、それと同時に国や貴族、組織なりに所属しているケースも少なくない。
例えばナンバーズの一員である白金級冒険者は、冒険者ギルドに属していながら帝国にも属していると言える。より正確に言うとナンバーズは皇帝には忠誠を誓っていても帝国には属していないという形にはなっているが、それでも冒険者ギルドと並行して別の組織に属していることには変わりない。
その他にも商人をしながら冒険者もしている者や、貴族に何らかの役職で雇われていながら冒険者としての身分も持っている者などがいる。
正式に騎士団や軍に所属している者は自分が所属する組織を明確にするために、冒険者の身分を持っていたとしてもそれを捨てる場合が多いが、そうではなく相談役なり指南役なりで雇われている者はわざわざ冒険者の身分を捨てる者は少ない。
つまり場合によっては自分たちと敵対している組織に所属している可能性がある者もいる冒険者は、基本的に治安維持などで使われることがない。対外戦争などでは傭兵のように使うこともあるが、自分たちのことを知られる(軍の戦力や王都の地形、緊急時の動き等)ようなことは極力しないことが基本だ。
それにそもそも、国の兵士たちは国民を守るために雇われているのだ。普段給料をもらっておいて緊急時は冒険者に頼るようだと、兵士たちの存在価値がなくなる。むしろこういう時こそ、兵士たちは自分たちの力を示さねばならない。もちろん兵士たち自身もそのことは重々把握しており、この国ではよっぽどのことがない限り国の危機は兵士たちで対応する。
また普段からモンスターと戦うことの多い冒険者の中には、モンスターを相手にすることができても対人戦が苦手な者も少なくない。それ以外にも国同士の戦いに参加すると後でいろいろ面倒になるからと断る者も多く、結果こういう時冒険者はあまり雇われないのだった。
もちろん国によっては大なり小なり方針の違いはあるが、少なくとも獅子王国はずっとそういう方針であった。
「確かに我々国に雇われている兵士には、こういった時に率先して命を張る義務があります。しかし現在王都を襲っている集団は我々だけで対処可能な者たちではなく、すでにたくさんの冒険者の手を借り対処している状態なのです!」
「すでにそれだけやばい状況なのか……。そこでギルドを使い王都にいる冒険者たちは使ったと。それで俺たちにも、この事態の鎮圧に動いてほしいというわけか」
「その通りです」
優斗たちのもとに来た兵士はいまだ忙しない様子だ。彼は彼で、一刻も早く『インフィニティーズ』に動いてもらいたかった。
「ならその将軍とやらは俺たちに何をしてもらいたいんだ?どこかで襲撃者たちと戦うのか?それとも、ここにいる王子の護衛か?」
「あなた方には外にいる敵と戦ってもらいたいのです。どうか『インフィニティーズ』の四人で、外にいる敵と戦ってもらえませんか?」
優斗は少し考え込む素振りを見せる。それを見た兵士は、さらに言葉を続ける。
「現在我らが将軍と一部の精鋭が、敵の大軍と戦おうとしております。しかし敵はかなりの人数であり、どう考えても今のままでは太刀打ちできません。そこで、王位継承戦を制したあなた方の力がどうしても必要なのです」
「大軍と言うが、それは具体的にどれくらいの数がいるんだ?」
兵士は本当のことを伝えるかどうか一瞬迷ったが、獅子王国の兵士としてここで嘘をつくのはよくないと思い正直な数を言った。
「推定ですが……、おそらく万は超えるかと」
「一万以上か……」
優斗は頭の中で自分たちに対処可能か考える。そこいらの、それこそ目の前にいるような兵士が相手なら、おそらく百万人いても優斗が魔法で攻撃していけば簡単に勝てる自信がある。
しかし話はそう簡単なことではない。例えばその一万人の中に自分に匹敵する強者が混じっていたら?もしくは全員が目の前の兵士とは比べ物にならないほどかなり錬度の高い兵士だったら?そういうことを考えると、気安く了承することはできなかった。
「今この時も戦場は動いております。申し訳ありませんが、できるだけ早くご返答ください」
兵士はこう言っているが、その眼には了承の返事以外させないといった意思が見え隠れしていた。
「返事をする前に聞いておきたいのだが、ここにいる次期国王はどうするんだ?彼女は今しがた、どこのものかはわからぬ刺客に襲われたのだぞ」
「本当ですか!?」
兵士は驚いた顔をして次期国王のほうへ顔を向けると、その顔を向けられた本人は首を縦に振った。
「俺たち四人がそこに行けば、彼女は殺されてもおかしくないと思うぞ。それに俺たちへの報酬はどの程度用意されているんだ?こちらも慈善事業をやってるわけではないからな。さすがにただ働きをする気はないぞ」
「次期国王の命は守らねば……しかし『インフィニティーズ』を連れて行かなかったら、これから戦う将軍たちの勝ち目がなくなる。一体どうすればいいんだ!?」
兵士は自分に判断できる域を超えてしまっている事態に頭を抱える。だが幸運にも、今彼の近くにはこの国でもトップレベルの権力を持っている者が同席していた。
「それは妾が答えよう。妾もこの者たちとともにその戦場に出向く。そうすれば、妾にも将軍たちにも『インフィニティーズ』がついていることになる。
そしてもちろんお主らの報酬も妾が何とかしよう。当然その大小はお主らの活躍具合によるが、爵位も領地も大金も、妾が次期国王の力を存分に使い支払おう。もし今は無理でも何とか支払えるよう努力し、長くとも妾が国王になった暁には必ず支払う。それでどうだ?」
「自らそんな危険な戦場に行くのか?」
優斗は次期国王の判断を聞いて、彼女を信じられないものを見るような目で見る。彼女は王位継承戦でも自分が足手まといだとちゃんと理解していたし、自分の力や立場をちゃんと理解できるだけの頭を持っている。にもかかわらずわざわざ危険な戦場に足手まといとしてついていくのは彼女らしくなく、命を狙われた次期国王がわざわざ自分かあ敵の前に行くという意味でも、到底正気とは思えない提案であった。
「うむ。妾を狙ったのは、おそらくその襲撃者たちの仲間であろう。ならばどこに行っても危険なことに変わりはない。それならばいっそ、相手がびっくりするくらい堂々としていようと思ったのだ」
「いやそれでも……」
「確かにそんな戦場に行くのは危険が多いし、妾の実力では確実に足手まといになるであろう。だが妾と言う足手まといがいるマイナスより、お主らがいることによるプラスのほうが格段に大きいはずであろう?それに今後のことを考えれば、妾がここで勇気を見せるのも悪いことではないはずだ」
「そうか……(彼女なりによく考えて出した答えなわけだ。それにこの国が襲撃者たちにとられたら、せっかくユズたちを貴族として送り込んだ意味もなくなる。まあ襲撃者たちが国をとってこの国が荒れれば国力が落ちるし、場合によっては後から適当な王族を確保して正当性を主張することもできる。だが襲撃者たちの所属や力などが分からない以上そうなったらいろいろ読みづらくなるしな。ここはとりあえず獅子王国に味方するが吉か)」
優斗は他の三人とも顔を合わせ、お互いに頷き合う。
「よしわかった。俺たちは次期国王と一緒に、その大軍とやらに挑むことにするよ」
「ではご案内します」
次期国王と『インフィニティーズ』、そして女騎士と老執事は、兵士の案内に従って王都の外の大軍へ向かった