襲撃8
「三対一だからと言って油断するなよ。敵は超強力なモンスターだと思え。例えばそうだな……二年前、パーティー史上これまでにないほど苦戦をし、そしてそれによって俺たちがいつ死んでもおかしくないような傷を受けながらもなんとか討伐に成功した、あの化け物と同じだと思え。」
「わかったわ。さすがにあれ並だと思えば、三対一で数の利があろうが一切油断はできないわね」
「準備はできたか?」
三対一の状況だが、両陣営の顔を見ると、なぜか三人よりも一人のほうが余裕そうであった。
「俺はこれでもナンバーズに入ってんだ。あまりなめねえでくれよ」
「なら見せてみろ。確か、『呪装剣士』と言うんだったか?その大層な二つ名に恥じぬ戦いをな」
「それも知っているのか!?」
冒険者の中には稀に二つ名を持つ者がいる。二つ名を持つのはよっぽど優れた能力や実績を持つ者、もしくは何か目立つ特徴を持つ者に与えられる。中には侮蔑を込めて与えられる二つ名もあるが、そうじゃないちゃんと尊敬や畏怖によって付けられる二つ名を持つ者は皆能力がある程度は高く、彼の『呪装剣士』も尊敬や畏怖というプラスの感情から来ているものであった。
「いいから見せてみろ。いや、もうすでに見せているのかな?」
「ああそうだ。お前みてえな天才と戦闘をしなくてはならないかもしれなかったんだ。当然、二つ名通りの装備を付けてきているさ」
「やっぱその剣は呪いの剣か」
王子はその見るからに禍々しい剣を見て、それが呪われた剣だと判断する。
「剣だけじゃねえ。俺が装備している鎧やブーツ、アクセサリーなどもそうさ」
男はそう言って得意げに自分の装備を見せつける。彼の装備している物はそのどれもが大なり小なり禍々しさを兼ね備えており、どう見てもまともなアイテムだとは思えなかった。
「やっぱり噂は本当だったのか」
「そういうこと。そしてだからこそ、こんなこともできる」
男はそうやって禍々しい黒色をした、見るからに体に悪そうなポーションを飲み干す。すると彼から発せられる雰囲気がどんどん変化し、明らかに先ほどよりも強くなっていた。
「さすが。だがそんなことをしたところで、俺にはまだ勝てねえよ」
王子はそう言って、先ほどよりももっと速い速度で敵のリーダーに突っ込む。
「はぁっ!」
しかし敵もそれが分かっていたのか、またもや王子の爪をその剣で受け止める。
「うおぉぉぉぉ!!」
しかし今度の王子は一撃では終わらない。そのパワーとスピードを生かした連打を繰り返し、その勢いで敵をドンドン追い詰めていく。
「私たちもいるぞ!」
彼女たちも、自分たちのリーダーが追い詰められていく様子を黙って見てはいない。横から王子に向かって鞭を繰り出し、そして魔法使いはリーダーと鞭使いを魔法で強化した。
「来たか」
王子は皆から天才と称されているが、それは彼の才能と努力、そして戦闘力だけでなく、その類まれな戦闘センスにも由来している。王子は敵リーダーを攻撃している最中だったにもかかわらず、自分の死角から飛んできたはずの鞭の先端を掴み、そこから一気に自分のほうへ引き寄せた。
「嘘……」
王子が鞭をつかみ、そして引き寄せる姿を端から見ていた見た魔法使いは、そのあまりの出来事に呆然としてしまう。
彼女たちのパーティーリーダーである『呪装剣士』は、白金級冒険者パーティーである彼らのチームの中でも最強の力を持つ。特に一対一での近接戦闘なら、少なくとも帝国の冒険者で彼に敵う者はいなかった。
帝国はブルムンド王国などとは違い国の所有する騎士団などの軍事組織がかなりの力を持っており、そういう組織に属している者の中には彼よりも強い者も数名はいた。だから彼女も彼が負けること自体はまだ理解できた。しかし目の前の王子は、近接戦闘に関しては彼女が見たことがないほどのすごさだった。
まずあれほど敵に攻撃を集中させていながら、死角から飛んできた鞭に反応できることがすごい。しかも王子はそれだけでなく、飛んできた鞭の先端を掴んでさえいた。
鞭使いだって立派な白金級冒険者だ。その実力は曲がりなきにも最高位冒険者にふさわしいものであり、その鞭の速度は恐ろしく速い。それこそ並の冒険者では鞭を視認することすら難しいほどだ。しかも彼女の鞭には属性付与がされており、鞭に触れるだけでもダメージを負ってしまう。
敵を攻撃中に死角から高速で飛んできた鞭を掴み、なおかつその鞭を掴むことにより受けたはずのダメージに全く堪えた様子はなく、掴んだ鞭を引き鞭使いを自分のほうに強引に引き寄せる。たった一瞬の出来事ではあったが、それは彼女たちに驚きを与えるのには十分すぎるものであった。
「まず一人」
王子はその爪をふるい、いまだ現実を受け入れられていない鞭使いを切り裂いた……はずだったのだが、なぜか目の前にいる鞭使いはノーダメージであった。
「一体どういう……」
「隙あり!」
リーダーがその禍々しい剣を王子に向けてふるう。
「ちっ!」
王子もそれを察し素早く身を引いたがかわし切れず、皮膚にかすり傷を受けてしまった。
「これくらい……!?なんだこれは?」
王子は自分の体が先ほどより重くなったことに気づく。それはわずかな変化でしかなかったが、王子の敏感な感覚はそれを確かに感じ取っていた。
「これが呪われた剣の力か」
「ああそうだ!この剣は切りつけた相手のスピードを一定時間低下させる能力でな。斬りつければ斬りつけるほど敵のスピードが落ちていく。そして斬られてスピードが遅くなった敵はさらに斬られやすくなり、スピードが遅くなって斬られたせいでまたスピードが落ちていくという、俺に好循環を、敵に悪循環をもたらしてくれる素晴らしい剣だ。
しかもこの剣は敵のスピードを低下させるだけでなく、敵の体力をわずかに吸い取って使い手の体力を回復させることもできる代物だ!どうだ?相当いい剣だろ?」
リーダーは興奮した様子で自分の剣のすごさを語る。
「確かにすげえ剣だ。その剣には、さぞ強力な呪いがかかってたんだろうな」
「ああそうだ。いい剣、いや強力なアイテムには、それなりの呪いがついてるもんなんだぜ」
彼の言うことは間違いではない。少なくとも呪いのかかっているアイテムと言うのは、基本的にそのかかっている呪いが強ければ強いほど、それを使用することによって得られる効果もまた強いものになることが多いのだ。
中にはプラスの効果が少ししか、最悪の場合はプラスの効果がまったくないくせに、その呪いの効果だけでかいような大外れのアイテムもあるが、そんな嫌がらせみたいなアイテムは少なく、大抵は呪いの強さとその効果の強さは比例する。
例えば今彼が持っている呪われた剣は、まずそれを装備した途端持ち主のスピードがかなり落ちる。それこそ最初からこの剣で二十回以上斬りつけられたようなスピードの低下であり、この剣を持った者はものすごく遅くなる。
さらにこの剣は持っているだけで持ち主の体力が徐々に吸われていき、計算上敵を一秒間に一回は斬って体力を奪い取らなければ、回復よりも剣に吸われてしまう量のほうが多くなってしまう。
彼の使用しているアイテムはそのほとんどがこのように呪われているものであると同時に、効果が大きく彼のよく使うアイテムであればあるほど、その呪いも大きいものが多い。
ではなぜ彼はそんなアイテムたちを使っていても平気なのか?それは彼のスキル、いやスキルと言うよりはもはやその特殊な体質のせいであり、その体質によって彼は呪われたアイテムも平気でたくさん使っていた。
彼は自分でもわからないが、なぜか呪いの類をまったく受け付けない体を持っていた。別に彼の家が代々そういった体質と言うわけではなく、なぜか彼だけがその異常ともいえるような体質で生まれてきたのだ。
彼はその生まれ持った体質を生かし、効果が大きい代わりに強い呪いがあるようなアイテムを次々と使いこなしていった。またそういった呪いがかけられているアイテムを積極的に集め、それを使いどんどん自分を強化していき、最終的に彼は白金級冒険者までのし上がった。
実は彼はもともと大した冒険者ではなかった。しかし幸いにも呪いのアイテムは手に入れたところで結局使えない物が多く、それらは裏の市場で大量に出回っている。しかも呪われているのは身に着けることができるアイテムだけではなく、彼が戦闘中に飲み干して力を向上させたように、体内に入れることで自分を強化できるようなものすらあった。
素質で言えば赤級、どんなに頑張っても緑級になるのが精一杯だと言われていた冒険者は、呪われたアイテムを装備することで力を得、また能力の底上げが行われる代わりに何かしらの呪いにかかってしまうアイテムで地力を上げていった。
「さっきそこの鞭使いが死ななかったのも、お前の持つ何らかの呪いのアイテムのせいか!?」
「そうだ!絶対に呪われない男がパーティーにいるからこその技だ!!俺はこの能力でさらにのし上がってみせるぜ!」
「全く嫌になるな。こいつで十番目なら、それより上の奴らが王都に来れば大変なことになる。王都もいろいろ大変なようだし、これからめんどくせえなぁ」
「なら逃げますか?」
王子に話しかけてきたのは、彼の相棒である女魔法使いだ。
「もう倒したのか?」
「はい。一対一ならあれくらいの相手には負けません」
見ると槍使いのほうはとっくに戦闘不能に陥っている。まだかろうじては生きてはいるようだが、よっぽどの回復魔法がかけられない限り戦闘復帰は難しいだろう。
「とどめを刺さなかったのか?」
「刺さなかったのではなく、させなかったのです。いいところであの二人が邪魔してきましたから」
見ると敵の魔法使いと鞭使いが槍使いを回収している。リーダーがペラペラと自分の能力を王子に話していたのは王子の気を自分に向けさせるためであり、その間に二人が槍使いの回収をしていたのだ。
「誰かさんが敵と長々と話し込んでいなければ、すぐにでもとどめをさせたんですが……」
「悪かったな!だがおかげで、いろいろ興味深い話が聞けたじゃないか」
王子も敵が槍使いを回収するために自分から離れていったことは気づいていた。だが彼は槍使いを確実に仕留めるよりも向こうがわざわざ話してくれた能力のほうに興味があったので、あえて敵の鞭使いと魔法使いを見逃していた。
「第四王子様、少しよろしいでしょうか?」
戦っていた王子のもとに、唐突に獅子王国の兵士が現れた。
「なんだ?姉貴のとこの伝令兵が俺になんの用だ」
「はっ!現在王都は正体不明の集団により襲撃を受けており、多数の冒険者や兵士、それに騎士や貴族たちがその対処を行っております。そこで何卒、王子の力を貸してもらいのです!どうか私と一緒に来てはいただけませんか?」
「すでに力は貸しているんだがな。後、おそらく敵は帝国だぞ」
王子はそう言って目の前の冒険者たちを指差す。
「彼らは確か帝国から来た冒険者の……もしや彼らも襲撃者の仲間ですか!?」
「たぶんそうだ。それで合ってるよな!?」
「今さら隠しても仕方ないな。ああ合ってるぞ。俺たちはその襲撃者とやらの共犯者だ」
「そんな……白金級冒険者パーティーすらも敵だなんて」
伝令兵はわかりやすいぐらい肩を落とす。
「まあそういうわけだから、今からすぐお前と一緒に行くことはできない。ここは任せてもらっても構わないが、他の場所はお前たちのほうで頑張ってくれ」
「それではだめなのです!現在王都には、推定で万を超える大軍が迫ってきております。それを迎え撃つには、どうしてもあなた様方のお力が必要なのです!!」
伝令兵は叫ぶように懇願する。
「よく戦況は知らないが、確かにいまだ騒がしい王都に万を超える軍が攻めてくるとなると、それだけでほぼここは終わりだろう」
「そうです!!すでに将軍は一足早く敵軍に向かっておられます。そのため、あなた様にも早く援護に来てもらいたいのです」
「余裕があればそうしてもいいんだが……そうなると目の前の敵はどうすんだ?もしかしてお前が倒してくれるのか?」
「それは……」
伝令兵とて目の前の白金級冒険者たちが脅威であることはよくわかっている。そしてそれを倒せるのが目の前にいる王子たちしかいないことも。そのことを理性ではちゃんと理解できているのだが、どうしても一刻も早く将軍を援護しに行ってほしいという感情が強く訴えかけてくる。
「俺たちは無理だが、もう一組強いのがいるだろ。この話はそこに預けてくれ。俺たちもここが終り次第助けに行ってやるから、お前はお前で自分のできることをやれ」
「……かしこまりました」
兵士自身いつまでもここにいてもしょうがないことはとっくに理解できていたので、何とか頭を切り替えて自分のすべき仕事、つまり一刻も早く『インフィニティーズ』を見つけ、そして将軍の援護をしてもらうために動き出した。
「行ったか……。しかしお前ら、よっぽど壮大な計画を立てていたらしいな。こりゃ他にもナンバーズが来ていそうだな」
「正解だ。俺以外にも何人かナンバーズは来ているぞ」
「だとしたら……この戦いもさっさとけりつけてしまわねえとな」
「お前たちにそれができるか?」
「できるさ。もっと頑張ればな」
お互いに笑顔を浮かべた男たちは、再びその剣と爪を激しくぶつけ合った。