襲撃7
「行くぞ!」
第四王子は戦いが始まるとすぐ、王位継承戦では一切見せなかった獣化を使う。王子自身敵の大体の強さはすでに王位継承戦で味わっているため、試合ではなく殺し合いとなれば獣化を使わずにいるつもりは毛頭なかった。
「いきなり獣化か!だとすると、今回は本気のようだな!?」
「殺し合いだからな。本気を出さずに死ぬのはごめんだ」
王子は目の前の敵をその自慢の爪で攻撃する。獣化した王子の爪はミスリルにも匹敵する程の硬度を誇り、またそのスピードやパワーも大きく人間離れしていた。
「速すぎだろ!」
冒険者たちのリーダはそう言いながらも、向かってきた王子の爪を剣で受け止める。それにより金属同士がぶつかり合う音がしたが、王子の爪もそれを受け止めた剣も欠けてすらいなかった。
「普通ならこれで簡単に仕留められるんだがな。さすが白金級冒険者、いや帝国が誇るナンバーズと言うべきか」
「そっちこそその力はなんなんだよ?スピードもパワーも第一王子を優に凌ぐし、それになんでいきなり喋れているんだ?確か準決勝を見た感じ第一王子は獣化した直後は力を制御できていない感じだったし、そもそも最初の数分はうなり声とか鳴き声ばかりで、全く人の言葉をしゃべれていなかったよな?」
「俺と姉上では年季が違うからな。最近獣化を覚えた姉上とは違って、俺はもう獣化を覚えて五年以上は経っている。獣化に関しては、まだまだ慣れてない姉上とは違うのさ」
「やっぱりお前は厄介だよ!」
白金級冒険者たちには数の利がある。四人はそれを生かし、複数で王子を抑えている間に後衛の魔法使いを倒そうとした。
「ちょっとばかし俺の女をなめすぎてねえか?」
「なんだと?」
「まあ見てればわかるさ」
彼らは前衛三人に後衛一人の冒険者パーティーで、一番前にはリーダーの剣士がいて、その少し後ろに槍使いと鞭使いがいる。そして後衛には魔法使いがいるという構成であり、彼らはリーダーと鞭使い、そして魔法使いで一番厄介な王子を抑えつつ、残った槍使いが近接戦で敵の魔法使いを潰す戦法に出た。
「私もなめられたものですね」
彼女も魔法使いとはいえ、その体には獣人の血を半分引いている。彼女に流れているのは兎の獣人の血だ。兎の獣人はパワーはないが素早さが非常に高い特性があり、彼女もその特性を少し受け継いでいる。彼女は魔族の血が強いため純粋な兎の獣人には身体能力で劣るとはいえ、それでも冒険者として鍛えたことも相まってその辺にいる前衛よりもかなり素早く動くことができた。
彼女はその能力を生かし槍使いの攻撃をかわし続け、反対に魔法で反撃までしていた。
「あいつ……本当に後衛の魔法使いか?」
「俺たちは二人組だからな。それにあいつはただの足手まといじゃねえ。俺の相棒なら、あれくらいはできてもらわないと困る」
「なるほど二人か。確かに二人なら後衛でもああなるか……。いやっ!それにしても強すぎるがな!」
基本的に後衛は近接戦闘能力が低い。それも当然で、そもそも後衛になったのは近接戦闘があまり得意ではない、そうでなくとも近接戦闘より遠距離で戦うことが得意だからである。冒険者たちでパーティーを組む場合だと時々パーティー事情で前衛から後衛になる者もいるが、よっぽど器用かそもそも最初から前衛後衛の選択が間違っていないかしない限りそれが成功する例は少ない。
そして二人組である彼らには、わざわざ前衛後衛を変更するメリットはない。足りないところがあるならパーティーメンバーを増やせばいいだけだ。
そのため魔法使いは基本的に近接戦闘の技術は磨かず、ひたすら魔法だけを磨いている者も多い。特に国に所属しているような魔法使いは戦闘時に隊や軍と言った大規模で動くことが多いため、近接戦闘は前にいる騎士や兵士たちに任せ、自分はひたすら魔法だけを放っていくという傾向が強い。
反対に四、五人単位のパーティーで動くことの多い冒険者は、後衛の魔法使いでも敵の攻撃をかわす技術くらいは身につけるが、それでも近接戦闘を行う戦士などには、仮に魔法で身体能力を強化したとしても、同ランクどころか一つ二つ格下のランク相手でもまるで敵わないのが普通だ。
それにもかかわらず、彼女は槍使いの動きに対応できている。それどころか魔法だけでなく手に持ったダガーで槍使いを切りつける場面も見られ、どう見ても魔法使いのほうが近接戦で押しているのは明らかであった。
「リーダー!あれはまずいですよ。完全にあいつのほうが押されてます」
「さすが二人だけで白金級まで上り詰めたパーティーだ。相方のほうもかなりやべえな」
「何度も言わせるな。あれくらい普通さ」
女魔法使いが前衛でも戦えるのは理由がある。と言うのも、先ほど述べた通り基本的に後衛は近接戦闘を行うことがないのだが、メンバーがたった二人しかいない彼らの場合は完全に例外となる。
なぜなら敵が何体も現れた時、その数が多ければ多いほど後衛のところに敵を通してしまうことになるからだ。しかも普通の四、五人で構成される冒険者パーティーでさえ敵を後ろに通してしまうことは珍しくないのに、本来敵を受け止めるべき前衛がたった一人しかいないようなパーティーだと、敵がすぐ後ろまで来てしまって、後衛でも頻繁に近接戦闘をしなくてはならなくなるからだ。
彼女も元々その素質があったのか、それとも王子といるうちに鍛えられたせいなのかはわからないが、結果として一対一、そして複数対一の近接戦闘もこなせるようになり、近距離だろうが遠距離だろうがその素早さと魔法を使い、どんな状況にも対応できるような対応力を身につけたのだ。
しかも彼女の仲間は天才と名高い第四王子であり、彼はその才能に慢心せず自分を鍛え上げ危険な依頼もどんどんこなしてきた。
彼女はそんな者とこれまでずっと二人でパーティーを組んでいるのだ。当然ついていくためにものすごい努力はしたし、それが報われるだけの才能を持っていた。
その結果彼女自身第四王子には劣るまでも、同じ白金級冒険者たちと比べればかなり上位の力を持つことができたのだった。
そして当然第四王子もそんな彼女の力には信頼を置いている。だから槍使いが彼女に向かっても何ら焦ることはなかったし、むしろ彼女が槍使いを倒すことで自分たちが有利になるからラッキーと思ったくらいだった。
「天才の相棒もまた天才か。なら普通の作戦をとろう。俺たち三人でこいつを倒せばいいんだ」
複数対複数の戦いが起こった場合、その鉄則は弱いほうから倒していくことだ。そうやって敵の人数をだんだんと減らしていき、最後一番強い相手を一対複数で打ち倒すのだ。だが今回の場合その強いほうが本当に強かったので、三人でなんとか足止めして槍使いが一対一で倒すはずだった。
しかし弱いほうが思ったよりもずっと強かったため、四人は槍使いが魔法使いを足止めし、残り三人で一人を一気に叩く方向にシフトチェンジした。
まあ二対四で戦う場合、二人のほうを四人が各個撃破しようと思ったら普通この形を使う。今回は王子が強すぎたため二人で足止めするのは難しいかもと思ってこの形にしたのだが、魔法使いが弱くない以上こうするほか手段はなかった。
「ようやくちゃんとやり合う気になったか!というわけでここは俺に任せろ。お前はそこの槍使いに集中しておいてくれればいいからな!!」
「ええわかりました。彼は私が倒しておきます」
お互い倒す気での戦いと両方が時間稼ぎをもくろんでいた戦いから、一方が倒す気でもう一方が時間稼ぎ狙いとお互い倒す気での戦いに変化した戦場は、戦いの途中から騒がしくなり始めた王都の雑音たちを背に、より一層激しさを増した。