閑話 ー人材登用
優斗はDPを使ってダンジョンの拡張やダンジョンモンスターの召喚などを行い、召喚したダンジョンモンスターたちを使ってダンジョンの防衛及び維持管理をしている。またダンジョンモンスターの中には生殖が可能な者も存在しており、ダンジョンモンスター同士の生殖、もしくは単為生殖や分裂などによって生まれた個体もすでに存在している。
さらに現在ではダンジョン内だけでなく、北側を除いたガドの大森林の四分の三を支配下に置いており、その隣国に当たるブルムンド王国とレムルス獅子王国、そして都市国家群にも商会などを使い手を広げている。
ダンジョンだけでなくガドの大森林や隣国にも手を広げている今の状態では、どうしてもダンジョンモンスターだけでそれらすべてを管理することができない。そのため支配下に置いたエルフやダークエルフ、そして妖精や人間、モンスターなどを使う必要が出てくる。
そういったダンジョンとは関係がない、もっと言うとダンジョン生まれではない者たちは基本的にずっとダンジョンの外で活動しており、ダンジョンに入れないどころかその存在すらも伝えられていない。
優斗は外にダンジョンのことを広めるつもりはまったくなく、それは支配下にいる者たちに対しても同様だ。しかしこれからどのように情勢が変化していくか分からない今の状況に置いては、ダンジョンに全く外の者を入れないという選択肢をとることもまた危険だ。
そこで優斗は部下の報告などから判断して、今の上司であるダンジョンモンスターに強い忠誠を抱いており、なおかつ自分にも忠誠を抱きそうな者を選び出してダンジョンに招き、外に出ているダンジョンモンスターたちと同じようにダンジョンのことを知っている者として、優斗に直接忠誠を誓い働いてもらうことにした。
実際優斗が直接出向いたダークエルフたち以外は優斗の顔すらも知らないので、優斗ではなく他のダンジョンモンスターやNPCに忠誠を誓っていることになる。またダークエルフたちも優斗の顔は知っていても、やはりダンジョンの存在は知らない。
優斗に直接忠誠を抱きそうで、なおかつ有用な能力を持つ者がダンジョンのことを知り、そこでようやくダンジョンを中心に優斗を頂点にしている組織の正式な一員になれるのだ。
現在その制度が適用されたのはたった一人である。しかし今またその制度が適用されようとしており、ダンジョン内に作られたの謁見の間でその見極めが行われようとしていた。
「我が主よ。この者が、今回新たに我らの一員に加えようと考えている者です」
「ベリアル様の部下にさせていただいているカースと申します。この度はこのような場に私のような者を招待していただいたこと、まことに光栄でございます」
ベリアル、そしてカースと名乗る男が頭を下げる。カースは二十代くらいの中肉中背の男で、これといった特徴はない黒髪の男だ。強いて挙げるなら髪以外にも服装が全体的に黒々しいところくらいだが、それ以外はどこにでもいるようなまったくもって普通の男であった。
「ベリアルから話は聞いている。なんでも、呪術が得意だそうだな」
「はっ!ベリアル様のもとで、その力を存分に生かさせてもらっております」
ベリアルは現在ブルムンド王国で仕事をしており、その内容は主に王国にある裏組織のボスとして仕事をすることである。
ベリアルはダンジョンモンスター数体を率いて、王国にたくさん存在している裏組織を時には潰し、時には吸収して大きくなっていった。また当然優斗の作った商会とも繋がりがあり、商会に嫌がらせをした者たちの処分も彼らが秘密裏に請け負っていた。
王国ではレムルス獅子王国や都市国家群と比べて裏組織がたくさんあり、それらも比較的大きくて活発で、ベリアルたちはすでに何度も他の裏組織との抗争を繰り広げていた。中には貴族、それも伯爵や侯爵と言った大貴族とも深い繋がりがある組織もあり、裏だけでなく表から攻められることも何度かあった。
ベリアルの組織も今では裏社会だけでなく貴族社会でも名が知られるほど大きくなっており、傘下も増えてきて現在も絶賛成長中だ。そのためたくさんの敵もいるのだが、それらと戦うのに一役買っていたのがカースなのだ。
元々呪術は王国やその周辺諸国では禁忌の一つとされており、カースのような呪術師が表舞台に出ることは不可能である。本人もそれを弁えて表には一切出ず活動しており、彼の呪術に興味を示したベリアルが自分の組織に雇ったのである。
カースの活躍は素晴らしいものであった。呪術は殺すだけでなくそれ以外の様々なことも行えるため、それによって敵組織に大きなダメージを与えてきた。またその力は敵対してきた貴族にも振るわれ、間違いなく組織にとって大きな戦力の一つとなっている。
ベリアルもそれを認めてこの度組織の幹部に昇進させており、また彼の慎重な性格や呪術師としての実力、そして自分を迫害してきた王国への恨みや上司であるベリアルに対する忠誠心などから、ベリアルが優斗に今回の謁見を申し出たのであった。
「俺はベリアルを信頼している。だが、だからと言ってその言葉をすべて鵜呑みにするわけではない。まず俺はお前の力を直接見たことがないのだ。そこで、今この場でお前の力を見せてもらうことにした」
「かしこまりました。そこで、私は何を呪えばいいのでしょうか?」
「確かお前は人だけでなく、アイテムすらも呪えるという話だったな。だったらまずはそれを見せてもらう」
優斗はあらかじめ用意させていたアイテムをカースの前に出し、彼に呪いをかけさせた。
「かしこまりました」
カースは用意されたアイテムのうち、二つを除いて呪いをかけることに成功する。カースが呪えなかった二つは元々呪いに対抗するための処理が施されたものであり、カースの力の限界を図るために用意されたものであった。
「なかなかやるではないか。呪い対策を施しておいたアイテムのうち、一番対策が弱いアイテムとはいえ一つを呪うことに成功するとは。さすがベリアルが選んだだけはある」
「もったいないお言葉ありがとうございます」
「さて次は人にかける呪いだが……せっかくだ。俺を呪ってみろ。触媒が必要であれば、髪の毛一房くらいなら渡すぞ」
「「「「「「「!?」」」」」」」
優斗の言葉に周りにいた者(謁見の間には三人だけでなく他のダンジョンモンスターやNPCもたくさんいる)が驚いた表情を浮かべる。
「何を仰います!あなた様が呪いをかけられる必要はありません!あなた様が呪いをかけられるくらいなら、ぜひ私が変わらせていただきます。いえ、変わらせてください!!」
「まあそう焦るな。お前にも俺の意図が分からんわけではあるまい。聡明なお前なら、俺がここで呪いをかけられる意味が分かるだろう?」
「ですが……」
ベリアルは苦悶の表情を浮かべる。彼だって当然優斗の意図はわかっている。今大勢の部下たちがいる前でカースが優斗に呪いをかけ、それが通じなければカースが優斗を害することはできないということになり、他の部下たちには安心感を、カースには実力差を知らしめることができるのだ。
「万が一があっても大丈夫だ。もし呪われたとしても、ここにいるイリアの手にかかれば解呪もお手の物だろう」
「はい。たぶんないでしょうけど、万が一があれば解呪させていただきます。最悪死んでしまっても、その時は私が生き返らせればいい話ですから」
「そういうことだ。これでもまだ心配はあるか?」
「いえ……大丈夫です」
ベリアルも渋々了承する。
「そういうわけだ。ぜひ呪いをかけてもらおうか。遠慮することはない。全力でかけてきていいぞ」
「かしこまりました。よくはわかりませんが、私はあなた様に全力で呪いをかければよろしいのですね?」
カースはそう言って優斗から譲り受けた優斗の髪一房を使い、自分の使える限りもっともかかりやすい呪いをかけた。この呪いはもっともかかりやすい代わりに、呪われた相手にも一切の命の危険がないほど影響力の小さい効果しかなく、またその効果時間非常に短い。カースとしても自分の上司の主、つまり自分にとって絶対の主となる優斗に自分の力を見せたいが、だとしても万が一にも殺そうとは思っていない。この呪いは、そう言う点では非常に都合がよかった。
『バチーン!』
「嘘だ!?」
カースは呪いが弾かれた、つまり呪いが効かなかったときに生じる音を聞いて、思わず驚きの声を上げた。
「安心しろ。俺に呪いがかからなかったからと言って、お前を不合格と言うつもりはないぞ」
「……なぜこれがかからないんだ。すみません陛下!もう一度やってみてもよろしいですか!?」
「陛下か……まあそれでもいいか。ああわかった。もう一度とは言わず納得するまでやってみよ」
カースは優斗の言葉を聞いてから何度も呪いをかけようとする。しかしそれらはすべて防がれてしまい、呪いを弾かれる音が何度も響き渡った。
「もういいかな?」
「はい陛下……。どうやら私の力では、逆立ちしても敵わないようです」
カースは今まで自分の力にはそれなりの自信を持っていた。それにもかかわらず自分の力がまったく通じなかったのはショックであり、優斗の狙い通り実力差を強く突きつけられていた。
「まあそう落ち込むこともない。呪術師としてはなかなかの腕前だと思うぞ。今まで通りベリアルの下についていてもらうから、これからもこれまで通り、いやうちの本当の一員になった以上これまで以上に励んでくれ」
「はっ!非才の身ですが、精一杯頑張らせていただきます」
「うむ。それと、これからこのダンジョンを見学していくがよい。案内はこいつに任せるから、その言うことをよく聞くように」
優斗に言われて出てきたのは、ダークエルフの老人であるオルガだ。彼が外からダンジョンに入ることを許された記念すべき一人目であり、カースが来るまでは唯一無二だった男だ。
「では儂についてこい。先輩として案内してやる」
「よろしくお願いします」
こうしてカースという新たな人材を登用したダンジョンは、着実に戦力を増強していくのであった。