プロローグ
あるところに、一人のゲームが大好きな少年がいた。その少年はゲームをするのが大好きで、時間があればゲームばかりしていた。
その少年が特に好きなのはVRMMORPG、日本語では「ヴァーチャルリアリティー大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム」とも訳されるゲームだ。
その少年は小学生のころからずっとVRのゲームばかりしていた。学校の同級生たちが携帯ゲームなどの別のゲームで遊んでいるときも、その少年はひたすらVRのゲームをやり続けていた。
そしてその少年が中学に上がったのと同時に猛烈にはまったのが、infiniteというVRMMORPGだ。
このゲームの特徴は、何よりもその広大さである。ゲーム史上最も広大な世界と、最もたくさんの種類の職業にスキルや魔法、そしてたくさんの強力なアイテムやモンスターなど、ほかのゲームとは一線を画すほどいろいろな意味で大きなゲームだった。
彼はそのゲームにどはまりした。親からもらうお小遣いやお年玉などもすべてインフィニティにつぎ込み、時間があればひたすらそのゲームに没頭し続けた。
そしてそれは一過性のものではなく、始めてから10年以上たった今でもそのゲームを続けている。インフィニティにはまりすぎて一時はやばかったのだが、何とか大学卒業、そして一般企業への就職も決めた。
就職してから数年たった今でも、仕事以外の以外の時間はほとんどインフィニティに使っている。当然、生活費を抜いた彼の給料のほとんどは今もなおインフィニティでの課金に使われている。
そして今日も仕事から帰ってきて日課のインフィニティをプレイしようと思ったのだが、その日はどういうわけかそれは叶わなかった。部屋に入った瞬間まばゆい光に包まれたかと思うと、彼の体は全く見覚えのないところに飛ばされていたのである。
「ここはどこだ?」
見渡す限りすべてが真っ白な空間。彼にとっては全く見覚えのないところだ。
もしかしたら自分の部屋はまだあのよくわからない光に包まれている状態で、ここも自分の部屋なのではないか?それならばこの光を何とかすれば問題ない、そう思った彼であったが、そんな考えは一つの聞き覚えのない声によって否定されてしまうことになる。
「やあ、初めましてだね。あなたの名前は野村優斗さんで合ってるよね?悪いけど、勝手に僕のプライベート空間に招待させてもらったよ。こうしないと、僕の目的が達成できないからね」
ちっとも悪気がなさそうな明るい声で話しかけるのは、短パンにTシャツというラフな格好に身を包んだ、まだ小学生くらいの少年だ。彼は優斗の返事も聞かずに話を進める。
「まあそういうわけだから、さっそく異世界に行ってきてよ。あっ!もちろん拒否権はなしね。もうこれは決まっちゃったことだから。君が何と言おうと、今更変えることはできないんだ」
少年はそう言っていきなり呪文を唱え始めた。
「ちょっ、ちょっと待った!一体どういうことだ!?君は先ほどから何を言っているんだい?それに、いきなり異世界に行けと言われても困るんだが。もっとわかるようにいろいろ説明してくれないか?」
あまりに驚きの連続により思考停止していた優斗が、ようやく少年の言葉を少しずつ理解して話しかけた。優斗の頭の中にはこの少年がただの中二病患者じゃないかという考えもあったが、今目の前にはそれだけでは説明できない様々な不可解な現象が起こっている。
なので、とりあえず少年の話を聞いておくことにしたのだ。少年のいたずらに怒るにしても、この現象を理解するためにまず一度話を聞いてみてからにしようと考えたのである。
少年は少し考える素振りをするが、すぐに笑顔になって優斗に話し始めた。
「まだ少し時間があるからいいか。ねえお兄さん、戦争ってどうやったらなくなると思う?」
優斗はいきなり関係なさそうなことを話し始める少年に少しイラついたが、相手が子供であることとこの場所の情報を持っているのが今のところ優斗の知る限り少年だけであることから、しょうがなく質問に答える。
「俺の質問には答えてもらってないんだが……まあそうだな、この世から生物をすべて消せばいいんじゃないか?そしたら戦争もくそもないだろ」
「それって極端すぎな~い。それにそんなことしたら意味ないじゃん。僕はね、今から君を送ることになる世界の戦争を止めたいんだ。だから君を送るんだよ」
少年が一瞬すごくまじめな顔をした。その雰囲気は優斗が今まで一度も味わったことがないほど神々しかった。優斗は一瞬その雰囲気にのまれかけたが、何とか立て直して話を続ける。
「それは大層ご立派な考えかもしれんが、そんなの俺みたいな一般人を送ったところでどうにもならないと思うぞ。つーかそんなの、どこぞの大統領や国王を連れてきたって絶対に無理だろ」
人という種が存在する限り戦争は続く。そして生物がいる限り食物連鎖による生殺与奪は常に起こりうる。
戦争を止める、こんなことができる人間はいない。なぜなら、人間さえいれば戦争は起こるからだ。どんなにすごい人が世界を治めてもそれはあくまで一時的なものであり、その人が死ねばどうせまた後で戦争はまた起こる。
度重なる人類の争いの歴史がそれを証明しているのだ。少なくとも、ただの一般人である優斗が解決できるような問題でないことだけは確かだ。
「それが無理じゃないかもしれないんだよ!そういうわけだから、君にはこれから異世界に行ってもらうから。じゃあ行ってらっしゃ~い」
少年がそういうと、優斗の体は光に包まれた。
「ちょっと待て!まだ何も質問させてもらってないぞ!俺はこれからどうなるんだよ!?」
「それは君次第だ!人は何者でもなく、また何者にも成れるのである!まあ、詳しいことは向こうで僕が用意した子が教えてくれるから、何かあったらその子に聞いてね☆」
「いやそういうこと聞いてるんじゃないからぁぁぁぁぁー」
優斗は光に包まれてこの空間から消えていった。
「本当に頑張ってよ。僕は君にかけてるんだから」
その少年がぽつりとつぶやいたその言葉は、少年だけになったただっぴろい空間で寂し気に響いた。