商家の息子を救え!オガー島 襲撃作戦!! part.3
「クォー!クォォォ……」
鉄仮面を付けた猿が現われた。仮面からは呼吸音が漏れている。
「なんていってんだ、アレ」
「私は犬ですが、モンキーラングエッジにも精通しているのです。ふむ……」
シャーベリアンによると「ここは俺の縄張りだ。お前は強いのか?俺、ワクワクしてきたぞ」
と言っているらしい。つまるところ喧嘩を売っているようだ。
「どうやら死にたいらしいな」
「アレはこの辺りに住んでいるアイアンモンキーです。もっぱら好戦的なことで有名です」
おっし分かった。とファウはアイアンモンキーに殴りかかった。アイアンモンキーは鋼鉄を全身に纏っているものの、不思議なことに木の枝の上に佇んでいる。
アレでは鉄の重みで木の枝が落ちてしまいそうだが、これは一体?
(反重力魔法か?いや重量軽減魔法?……どっちにしても魔力媒介で重量を軽減してんだな)
それだったら魔力解除魔法を使えばアイアンモンキーは動けなくなるだろう。しかし、魔王少女のファウはそんなことはしない。
向かってくる相手は殴り倒す!!というのがファウの考えた魔王道である。
普通の人間なら木の上まで跳躍することはできないが、魔族の身体能力なら楽々だ。
一気に木の上にいるアイアンモンキーと間合いを詰めると、ファウは鉄仮面目掛けて拳を突き出した。
「コーホー……」
アイアンモンキーはそれを見切っていたように素早く後ろへ飛び退くと地面へ着地した。
その最中に腕を振るい、小手に仕込まれたツメを開放した。
「ツメが仕込んであるのか。中々面白いモン持ってんな」
アイアンモンキーは積極的に距離を詰めると疾風のごとく斬撃を繰り出した。
(私相手にこれだけ距離をつめて攻撃してくるとは……たいしたヤツ)
魔界ではもっぱら近接格闘攻撃を行う魔族は少なくなっている。武器や魔力、身体能力を利用した攻撃方法を行うことが多くなっているからだ。
ただそんな魔族の中でもファウは近接格闘を得意としている魔王少女なのだ。ツメによる斬撃を避けることも難しいことではない。
(でもコイツ、ツメになんか塗ってんな……)
格闘専用のツメ武装にしては、ツメが妙に長い。これは大なり小なり相手に手傷を負わせるための工夫だろう。
手傷を負わせることが目的ならばダメージよりも付随効果を重視しているということになる。
さっとツメが伸びてくるところを、ファウは掴んで上へと持ち上げた。
「クク……ハァッ!?」
アイアンモンキーの驚きの声が鉄仮面から漏れてきた。それと同時に手元にズシりと重量が加わった。
「あっ、えっ……オイ!!」
アイアンモンキーが重力制御魔法を解除したようだ。アイアンモンキーの重量はおよそ70kg、それが空宙で解除されれば、地面へ向けて力が加わりながら落ちてくる。しかも、それを支えているのは、ツメを掴んでいるファウの右腕一本である。
これはアイアンモンキーの作戦だったようだ。
『肉を切らせて骨を断つ』アイアンモンキーを倒すために手傷を覚悟でツメを掴み、宙へ放り投げたり地面に叩きつけようとする相手に対して、急に重力制御魔法を解除することで隙を作り出す。もしくはツメを掴ませることで麻痺毒を与えるのだろう。
鉄仮面から覗く瞳が細く光った。
勝ちを確信したのだろう。こうした戦法で不意を突いて勝利した戦いは彼にとって数多くあった。
しかし、それは相手が人間や普通の魔物に限った話である。
「ちょうど砲丸みたいになったな。体育の授業はこれでドッジボールやるんだぜ」
ファウはドッジボールが得意であった。必殺『ダークグレネード暗黒玉』は必ずシュウへと飛んで行った。
今度も投げるならシュウのところへ飛ばしてやりたいが、生憎、今回は人間界なのでシュウのところへ飛ばすことはできない。
「ハスキード、お前、アイツの代わりに受けてみるか?」
「私はドッジボール、苦手なんですよ。得意な球技は大玉ころがしでしてね。故郷のシャーベリアではよくやっていたんですよ」
「じゃあしょうがねぇな。この猿ボールは……」
ファウは木々に向き合うとゼンリョク投球でアイアンモンキーを投げつけてやった。
もちろん木に叩きつけられた程度では到底止まらない。これはゲームなのだ。
「さて、ここで問題だ。私が投げつけた猿ボールはいくつの木をなぎ倒すことができるだろうか?」
①10本~49本
②50本~99本
③100本~
どれだと思う?シャーベリアンくん。答えてみてください。
「えっ、いきなりだなぁ。しかしながら、この森、選択肢ほど木があるように見えない。恐らく答えは①だろう?どうだろう」
答えを確認するため、ファウとシャーベリアンはへし折れた木々を数えながら、アイアンモンキーの様子を見に行った。
倒れた木々は27本、意外に木には当たっていなかったようで、案外、自然には優しかったようだ。
最後は木には当たらなかったが岩盤には命中したようで、大きな窪みを作り、そこにアイアンモンキーはうずくまっていた。
「ずいぶん思いっきり投げましたね……これは死んでしまったんじゃないでしょうか?」
「喧嘩を売るほうが悪い。ついでに『死ぬ』のも死んだ奴が悪い」
ファウはそういったが、後者については未だアイアンモンキーは悪くはなかった。
「コーホー……コーホー……」
「おっ、生きてたか」
まさしくアイアンモンキーは生きていた。しかし、衝撃で顔を覆っていた鉄仮面は割れてしまい、その素顔があらわになっていた。
「……あれ、驚かない?アイの顔を見ても」
ぎょろりと大きな目に顔にはちぢれた毛がひょろひょろと生えている。猿というよりはコウモリに近いかもしれない。
「なるほど、彼はアイアンモンキーではなくアイアンアイアイのようですね」
「アイアイアイアン?」
「アイアイアンアイです。いや違った。アイアン アイアイです」
「そうか。アイアン アイアイか。スペース入れると分かりやすいな」
「いやぁ、酷い目に遭いましたわ。お姉さん強いなぁ」
明るい声がファウとシャーベリアンの会話を遮った。この声は察するにアイアンアイアイから発せられたものようだ。
「あれ?お前、喋れるの?ずっとコーホー……とか呼吸音しかしなかったけれどさ」
「そりゃ勿論喋りますで。生きとりますから――というかマスク付けてる時も、こんな調子で喋ってたんですがね。どうも、あのマスク越しに喋ると、外に出るのは呼吸音しかしないそうでさ」
アイアンアイアイは腕を組みながら嬉しそうに語っている。シャーベリアンという喋る犬よりも多く喋っているため、どうも、シャーベリアンは面白くないようだ。ひそかに鼻元にシワが寄っている。
「いや、それにしても貴方様の強さには感動いたしましてん。ここまでやられたのは久方ぶりでしてな。それで良かったら……」
「ああ、いいぜ。ついてこいよ」
「アレアレ!?まだ何も言ってないのにお姉さん、アイの言いたいことが分かるんですか?」
魔界の魔物は『強い相手に付き従いたい』という欲求を常に持っている。
自分が認めた相手を主として認めたい……といったところだろうか。力ある魔王はそうして部下を増やして行き、一大勢力を築き上げるのだ。
なので魔界では、誰にも付き従っていない魔物はごく一部しか存在していない。
どの魔物も誰かしらの勢力下に入っているのだ。それが望んだことかそうでないかは勿論ある。しかし、魔界では力が全てなのだ。
ちなみにファウは未だ父である大魔王の勢力下にあるため、自分の勢力を持ってはいない。妹のキョウティにしても同様である。
「丁度、人手が欲しかったところなんだよ。これからオガー族の島に乗り込むから、強いヤツといっぱい戦えるぜ」
「それは願ったり叶ったり、さすがお姉さんですわ。アイの見込んだお人ですわ」
あれだけ木々にぶつけられた挙句、岩盤にめりこまされたアイアンアイアイなのだが、ファウにいたく感謝しているようだった。
こうなると悪い気はしないファウである。
「おう、ついて来いついて来い。まとめて面倒みてやるからさ」
「それだと私の面倒も見てもらえますね?それは嬉しい!私は暴力沙汰が苦手ときている。喧嘩をやって勝ったことがない……ファウさんに面倒を見ていただければ恐れるものがありません」
「アイアンアイアイが来るから、代わりにお前はここに残るか?」
そう提案したが、シャーベリアンは付いてくると言った。もう既に対価を頂いてしまった以上、約束を果たすのが人間と犬の約束だという。
「なら、私の方からお前はいらねぇって言えば、約束は果たしたことになるんじゃないのか?」
と言って見たものの、シャーベリアンはそれではダメだといって聞かなかったのだった。