突入!神魔界 ~ 遭遇編 part.12 ギンレイ
「あんたがシキレイ?」
手紙にあった場所へ行くとそこには二人の人影があった。
一人は白いスーツに内側が青色のマント、それに白色のシルクハットを被ったお洒落な人狼。
もう一人は派手なもうスーツの人狼とは逆に大人しめのスーツに身を包んだ小柄な人狼少年。
「ヒトに名前を尋ねる時は、まず自己紹介をするものじゃないかな?」
「あァ、そういえばそうだな。私はファウって言うんだ」
「僕の名前はシキレイさ。ウェアファルフテプの一番ボシ~」
「…………はぁ!?」
「それよりもファウくん。その格好、どういった目的があるんだい?」
「えっ!?いきなりなんだよ!?」
「ふむふむ黒を貴重にした身軽な格好は風をイメージしているのかい?それとも動きやすさを追求したうえで疾風のような動きを表現するために……いやいや――」
「なっ、なんだよ。コイツ、何を言ってるんだよ!?」
シキレイは構わずに間近でファウの格好を眺めている。
まるで警戒感や敵意がない。あるのは興味と好奇心のみであろう。
すぐ目の前にいるのだから、そこへ1発必殺の一撃を加えてやってもよいものだが、
(こうも戦う気がない相手じゃ攻撃する気にもならない、か)
ただただ相手の興味に身を任せるのみとなっていた。
「あはは。申し訳ありませんね。シキレイ様はファッションにとっても興味をお持ちなんですよ」
さっと隣に現われたのは付き人と思しき人狼少年であった。
「いやぁ私達って無骨なヒト、多いでしょう?直したいとシキレイ様はいつも行っているんですけどねぇ」
(コイツ……)
それを聞いてアルバが気まずそうに下を向いている。
「あっ、アルバ産。お元気でした?ハイリエッドの件はありがとうございます。帰ったら勲章のひとつでも用意してますから。気が向いたらでいいので帰ってきてくださいね」
「了解したよ」アルバは小さく頷いた。
やはりアルバは裏切り者として認識されていないらしい。それを聞いてファウとテルルは安心した。
(それはともかく――)
ファウは目の前のシキレイをみた。
一通り観察を終えたのかシキレイは距離をとって立っていた。
「それでシキレイ様の目的は一体なんなんだ?なんで私を呼び出した?」
「フフ……」
「それと私達は探しているものがあるんだけど、それについて何か知らないか?」
「…………」
『探しているものが何であるか?』
これをファウは敢えて話さなかった。その理由は至極簡単なものであり、
(アイツが私の質問に何一つ答える気がない)
からであった。
事実、シキレイは不敵に笑うだけでファウの質問には全く答えていない。
そしてそれはアルバから聞かされていたウェアファルフテプの性質である、
『自分より弱い相手のいうことを聞いたりはしない』
その鉄則に適うものである。
それならば話は簡単だ。
「アンタに勝てばいいんだろ。勝ったら私でもそっちのリーダーになれるのかい?」
「もちろんだよ。そろそろ僕も族長から離れてみるのもいいと思っていたところなんだ。キミ、僕の願いを叶えてくれるのかい?」
「だったらその願い、私が叶えてやるよっ!!」
ぱっとファウの身体が地を跳ねたと同時に、
「ちょっと待ってくれないか?」
不意にシキレイが声をかけた。思わずファウの足が止まる。
「なんだよ。今になって自分の地位が惜しくなったのか?」
「違う違う。今の僕とキミとじゃ力の差が大き過ぎると思ってね。ハンデをあげようと思ったんだ」
「ハンデだァ!?」
「そう、ハンデ。キミが僕の服にキズ……いや汚れをつけたらおめでとう!キミの勝ちでいいんだ」
「本当にそれでいいのか?」
それだけで勝ちを譲るというのならば勝利条件としてはとても有利なものだろう。しかしその反面でシキレイが何かを狙っている……
(何かの罠か……?)
その思いは捨てきれない。
罠だとしてわざわざ自分に不利な条件を突きつけるものだろうか。
通常の勝利条件はファウがシキレイを打ち倒すというものであり、今回シキレイが提案した勝利条件は、
『シキレイの服に傷をつける、もしくは汚す』
というものでありそれは打ち倒す過程でどうしても通る道であろう。
言うなれば通常の勝利条件の半分の過程でファウの勝利を認めるとシキレイは話しているのだ。
「聞いただろう?コニー、アルバ。僕がウソをついたこと、あったかな?」
「ありませんねぇ」
「ないな」
「ほら間違いない!ウソじゃないよ。僕に勝てればキミがウェアファルフテプの王……いや女王になれるね!」
パチパチと手を叩いて無邪気に笑っているシキレイを見て、
(女王か……魔界じゃヘンなのばっかり担ぎ上げてくるし、こっちでウェアファルフテプのトップに立つってのも……)
なんだか悪くないと思うファウなのであった。
しかし現状の問題はそれではない。
シキレイを倒してプリンセス・アウランを元に戻すための手掛かりを聞きださなければならない。
ウェアファルフテプのトップになることはそのおまけであると考えなければならないだろう。
「それじゃあ今度こそ行くぜ!!」
仕切り直しにファウはシキレイへと駆け込んだ。
シキレイはその場を動こうとはしていない。いやそもそも戦うための構えすらとっていない。
全身隙だらけである。攻撃を避けようともしていないのだから、勢いでぶつかればそのまま吹き飛ばせそうである。
「吹き飛ばせそう……」
そう思った瞬間、ファウはその違和感、いや目を凝らさないと気がつかないような変化を感じ取った。
(なんだ……光?)
バチリ、と僅かにシキレイの周囲が白い光を発したような気がしたのだった。
この感覚、状況は見覚えがあった。
(コレ、ウサギの電光と同じヤツか!?!?)
そう思い立って神経の全てを後ろへ向けた。
あのまま駆け寄ってはいけない。ファウは後ろへ後ずさった。
「おみごと!僕の力をみることはできるんだね。いやぁ挑戦者の8割は気付かずに突っ込んで来て彼に当たっちゃうんだけどねぇ」
シキレイが宙へと指を向けた。その先には電光を纏った羽虫のようなものが浮いている。
サイズにして体長10cmほど、ヘビといえばそれに近いかもしれない。
頭部に羽が生えており体面上はその羽を動かして宙を待っているらしい。
「彼はギンレイ。電撃を使って僕の戦いのお手伝いをしてくれるんだ。どうだい?キレイでいいだろう。普段は色々なシチュエーションでその輝きを堪能しているんだ。特に雪が降っている夜空に舞わせるのが一番キレイでねぇ……コニーの作ったココアを飲みながらそれを眺めるのが最高なんだ。その次に最高なのが、滝の前で泳がせるのがいい。水しぶきが電光に弾けてなんともいえない味わいに浮遊感を覚えるんだ。それにそれに――」
「あのシキレイ様。あまり長く話し込んじゃうとまたギンレイ様が小さくなっちゃいますよ」
「あぁそうそう。彼は非常に儚いんだ。あまり長い時間実体化しているとあっという間に自身の身体を形作っている電光が飛んでいってしまう」
シキレイが話している間にギンレイの身体は5cmほどまで小さくなってしまっていた。
彼の体から発せられている電光も弱々しくなっているのが目に見えて窺える。
(アレなら突っ込んで行っても大丈夫か……?)
そう思ったが油断はできない。シキレイは自らギンレイの特徴を口にしていた。
『あまり長い時間実体化していることはできない』
これはつまりギンレイによる電撃攻撃の弱点だといえるだろう。それをわざわざ口にしたということは――
(私のことを舐めている……!!)
一瞬抑えようのない怒りが湧き上がったものだが、今のファウは違う。
数々の死線を潜り抜けたことにより僅かに自分を見つめ直すことができたのだ。
(あれはシキレイによる挑発だ)
理解すると冷静に相手を見据えたのだった。
ただシキレイの話すことは悔しいが事実である。
実際、シキレイやコニーの話したとおりギンレイは出現から時間を経るごとに小さく弱々しく変化していっている。
恐らくその身に宿している電撃も弱化していることだろう。
しかしながらシキレイから放れたギンレイは計4匹。彼の周囲を踊るように舞っており近づくことは難しい。
(ならもっと小さくなったところを見計らって攻撃を仕掛けるか?)
そう思ったと同時にファウは攻勢に出た。
勿論シキレイが新たにギンレイを召還することは十分に考えられる。
だがそれを言ってはいつまで経っても攻勢に出ることはできないだろう。
勝つ……もとい戦うためには勝負にでなければならないのだ。